王女の魔王との和平交渉①
王女としてのラリッサの覚悟に負けるかたちで、ロスヴァ―王国は、魔界への使者としてラリッサ王女を遣わすことになった。
「おひとりで大丈夫ですか? なぜ私にお供させていただけないのです? 」
「エリアスは勇者として魔族を倒してきたわ。そんなあなたを連れていけば警戒されて、隙をみて武力行使に出るのではと思われるかもしれない。
丸腰の私がひとりで行ったほうが、相手を安心させるはずよ」
そんな理由をつけて、ラリッサ王女はひとり、魔界へ赴くことになった。
ラリッサは、結界樹のある両国の境界までやってきて、言葉を述べた。
「魔王が支配する魔界よ。長き戦いを終わらせるための和平の使者を受け入れよ」
すると、声だけが響いてきた。
「和平の使者という言葉に嘘偽りはないな。もし言葉と真実が違えば、そなたのその口は二度と真実を話せなくなる」
「誓って嘘偽りはない。私を魔界へ、遣わせてください」
「良かろう」
結界がゆらりと歪み、ラリッサは魔界へと導かれた。
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気がつくと、ラリッサ王女は大きな扉の前に立っていた。
そこはどうやら、魔王の城の中のようだった。
ラリッサのそばには、魔王ではないが、黒髪の、鼻が高く耳がとんがって、頭にはらせん状に伸びた角が生えている、とても背が高い男が立っていた。
(なあんだ。魔王じゃない…。まあいいわ。どうせすぐに会えるんだから)
少しガッカリしながらも、ラリッサ王女はお辞儀をして挨拶をした。
「通してくださり、ありがとうございます。私はロスヴァー王国の王女、ラリッサでございます。和平の使者として参りました。魔王様にお目通り願います」
「ラリッサ王女、ようこそ。私は魔王様の側仕えをしておりますモスートです。魔王様はこの扉の向こうです。どうぞお入りください」
ギィ、と音を立てて、扉が開かれた。
(この向こうにいるのね~。ああ、楽しみ♡)
ラリッサの期待は膨らんだ。
扉の向こうは、奥まで細長く広がる謁見の間だった。
最奥の数段高いところに、魔王が豪華な玉座に腰かけている。
その両隣には軍人とおぼしき逞しい魔族がひとりずつ控えていて、段下の両脇にはさらに魔族が、そしてラリッサのいるところから玉座までの両側には、魔族の兵士が等間隔に警護についている。
魔族に囲まれて、さすがにラリッサもごくりと喉を鳴らした。
が、その緊張も、魔王を認識したとたんに綺麗さっぱりほぐれてしまった。
(あの人だわ。間違いない。長い黒髪に金の目ですらりとした背格好。
あー、なんて格好いいのかしらぁ! 来て良かった♡ )
「ラリッサ王女? どうされましたか。どうぞ奥へお進みください」
「あら、失礼」
モスートに促されて奥へ行く。
「魔王様。この度は和平交渉に応じていただき、誠に感謝いたします」
「うむ。長きにわたる戦いは、双方にメリットはないからな」
(ああ~。声も素敵! )
うっとりしながらも、ラリッサはロスヴァー王国からの和平条件を述べるとともに、それをしたためた文書を渡した。
魔物たちの攻撃をやめてくれれば、そのあいだに錫杖によって仮の結界を張ること。
仮の結界を張っておいてから、結界大樹と結界樹の力を回復させ、元通りにするということ。
「ふむ。まあいいだろう」
魔王は頷いた。ラリッサはさらに続けた。
「それともうひとつ条件がございます。それは…」
ラリッサはコホンと咳払いしてから言った。
「それは…ロスヴァー王国の王女である私、ラリッサを、魔王様のお側にお仕えさせていただくことです! 」
言い切ったあと、ラリッサは期待をこめた目で魔王を見つめた。