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勇者と僕


 王とのグダグダした話し合いも、当面の方針が決まって解散となった。玉座の間を出て、そこそこの大所帯である僕等は剣聖であり侍女たるアイリスさんの案内の下、やけに豪華な廊下を随分歩いた。目の端に映る工芸品の数々と、擦れ違う王宮勤めの人々に時間を取られながら進んでいた。時間を浪費しながら進んだのだ。


 大体は見た目が中華なのに京都と大阪の間の子のようなウェンユェさんが足を止めるからで、僕は毎回気付かずアイリスさんのロングスカートの揺れに追従していた。何度もセルフちゃんに袖を引っ張られたからか、若干よれて来ているように思う。そも工芸品に興味を惹かれるのは構わないが僕は無関心な訳で、絵を見ても色合いが豊かで目が痛いなとか、壺も花でも飾れよとか思っちゃう訳で、活き活きする翡翠の瞳にはもう辟易する訳で。


 大体さ、勇者と壺は搾取される側と搾取する側の関係なのだし壊すべきだろう。金とかエリクサーが入っているかも知れないし。勇者と言えば押し込み強盗は欠かせない、古き悪しき恒例だと思うのだけれど。


「お、これはなんやろ」


 やはり古き伝統は尊重して然るべき案件だろう。勇者の十八番は押し込み強盗、不法侵入からの魔王への闇討ちと決まっている。僕は疑問なのだが、魔王の城に押し入って聖剣を突き刺す行いは美化される物事ではないように思うのだ。魔王だってイかれた不審者に正当防衛パンチしているだけではないだろうか、僕なら自宅へ押し入ったイかれた人物が凶器片手に殺しに来たら絶対にぶん殴るのだけれども。


「それは女神様の姿を模した像です、ね!」


「ぐえッ……!」


 襟首をその身丈で引くなこのアマ、とは言えずに。背丈の差があるのに襟首を引っ張りやがったセルフちゃんのせいで、セルフちゃんの体重が乗り首が締まった僕は咳き込んだ。涙すら滲んだが息苦しさを殺し、睨むでもなく金髪を視界に収める。


 足を止めていたらしい。全く気付かなかった。いやだって興味ないし、アイリスさんも止まってなかったし。僕は悪くない、咎められるべきはその女朗だ。琥珀の勇者たる不良君はがっつりウェンユェが腕に枝垂れ抱えているから逃げ場はなさそうだが、ちゃっかり興味がなさそうな黒き勇者や赤き勇者も立ち止まっているのはどう言う了見だ。


 まるで僕が悪いみたいじゃあないか、案内に追従するのが誤りだとでもほざくならば良いだろう、僕がアイリスさんの代打として最前線で拳を交わそうじゃないか。どうせ言えないし、しないのだけれど、爪先程度は気迫を胸に。


「好きなんですか、美術品」


「ん、そうやな。やっぱ金になるし、貴族相手に受ける物品の調査も兼ねれとるし」


 真剣な面持ちで頬を赤らめたままの不良君を引き摺ってウェンユェは答えた。言われてみれば、視座の差異を考慮していなかった。好き嫌いではなく、今後の生きる上で必要な過程なのだから真剣なのも頷ける、僕を巻き込まなければ根っからの商人で現実主義で惚れそうだが、もう無理だ。これで一体全体何回目の立ち往生か分かったものではない、堪ったものでもない。


 良い訳ないから言い訳せずに即座に止めろ、と強気に出られる僕じゃないけれども。無駄を排斥すれば心が荒むらしいし、非効率で緩慢な出来事は大事なのかも知れない。良し、ちょっと前向きに捉えれた。


「あたしは価値がわかんねーなぁ、美術品の護送とかやったことあるが、違いが掴めないねえ。武器とか防具はわかんだよ?」


 赤き勇者は昔を思い出したのか妙に食い気味なのも予想外だが、不良君は美女の胸元に巻き付かれた感触で思考が頓挫したままだし、黒い勇者はぼうっとしている。セルフちゃんは乗り気な様子なので論外。はてさてどうしたものか。王の話よりも長くなりそうだぞ。僕の要らぬ心配が増して行く中、硬質な足音が廊下に響く。アイリスさんだ。


「つもる話もありましょう、されど先ずはご案内させて頂かせても宜しいでしょうか。勇者様方」


「う、そう、やね。部屋に着いてからでええもんな」


 にっこりと微笑むヴィクトリンメイドに分が悪いと悟ったウェンユェが苦笑いで答えるのは、素で迷惑だったからと反省する玉でもないだろうから打算ありきの行動だ。剣聖メイドの栗色の瞳に怯えた訳でもないし、一番は僕達に向けたアピールが過半数の計算的な行動だろうし、不良君はまんまと胸で腕を拘束されて無力化されている。


 だから僕は半歩引いたままなのだ、刀身を思わせる美人でまともな相手は会った事がないからこそ僕はにべたく対応を続けるのだ。年上のお姉さんだったらなんでも良い雑食性の人間でもあるまいに、僕にだって最低限の好みはある。苦手なものが多い世の中だけれど、好きなものってものはある。殆どほんとだ。


「アイリス、この像だけでも知って貰いたいのです」


「はぁ……聖女様が言うのであれば私に異論なぞありようはずがありませんが」


「ありがとう、アイリス」


 ()()の中だと好感を持てる女性は少ない、幼いか未熟か、の両極端ばかりである。幼いと未熟は酷似しているが、全くの別物だ。幼いとは即ち印象としての意味合いが強く、見た目から連想された言葉である。氏族の連中の女性陣は凡そ幼いので困憊してしまうけれども、中身は成熟した者達なので合法じゃないかと喜ぶ人間ならば楽園なのかもな。いや、ないな、あんな幼女達、ないわ。


「この像は、私が聖女として身を寄せる女神教のお方なのですっ」


「女神様ってのはなんだい? 凄い人なのは分かるけどね、三大魔女様みたいなもんかい?」


 堅物の年中無休を喜んで受け入れる社畜幼女とか、無理だろ。花を愛でたりするならまだしも小さな手に添えるのは身丈より巨大な対物狙撃銃だ。あんな、腰脇に軍用ナイフを仕込みサブウェポンに拳銃を引っ提げた万年詰め襟軍服武装幼女に萌えるものか。


 傍目なら、まあ、ミリタリーロリータって存外悪くはないけれど。当事者になってもほざく輩には僕が直々に鉄拳をくれてやる。


「ぐぇッ……!」


 またしてもセルフちゃんに襟首を鷲掴みにされた。無意識で繰り出した歩行モーションによって齎された息苦しさとじっとりした瞳を代価に、僕は思考を止めない。なんだか話しが盛り上がってはいるが関心もないし感心もしないので、言うまでもないけれど歓心なく事態を俯瞰するだけでも譲歩しているのだけれども。


「女神様は、この地を救ってくださりました。魔物に怯える人々に、奇跡を授けてくださったのです」


 セルフちゃん式首輪に従って、僕は皆を視界に入れたまま雑事を頭に浮かべる。


「つまり、請負証を作った、みたいなもんかい? 魔法……魔術の普及って偉業かい?」


 ミリタリー系ロリータの他にも、尊大対等全裸無限質量超長髪幼女とかいる。我等が氏族長()()()()()()()()()()()様には是非泣いて後悔させてやりたいものだ、僕を異世界に送り込んだ元凶だし、あの本質から我儘な幼女に萌えるものか。何度でも言い切るが、僕は年上のお姉さんがタイプだ。


「魔術、ではなく奇跡ですね。私達神官は奇跡(・・)の代行者ですから」


「奇跡ってのが、わかんないねえ……セレスの旦那みたいに回復させるってのとなにが違うんだい? 神官? ってのが使える専用の魔術や魔法なんだろ?」


「いいえ、私達の用いる奇跡(・・)に代価はないのです。そりゃあ、祈りますので時間が必要ですけど……」


「霊力を、使わない事象干渉……? 技能球(スキルボール)みたいなもんかい……?」


「えっと、スキルボールなるものが分かりませんが……教典を音読し祈りを女神様に捧げるだけ、ですので?」


「はぁ、すごいもんだねえ。出鱈目じゃないか、レク坊とかばばあに包帯巻かれてるってのに」


 アイリスさんの栗色の瞳や、清楚で可憐で肌を見せない姿には心が擽られるものである。邪ながら、胸もある。セルフちゃんはなさそうだ、控え目だ。チャジブルの青さに網膜が痛みを訴えたので、斜め右に目玉を逃がす。


「奇跡って言うんは、あての世界にはあらへんなあ。魔術とか魔法って作りもんやろって考えやな」


「むう、しかし奇跡はあるのです。女神様の授けた奇跡が、魔物に怯え隠れる時代を終焉に導いたのですから」


「ああいや、否定したんちゃうやで? 信じる者は救われるってのは商人には通じんから、許してえな。信じる者は掬われる(・・・・)言うんなら分からんでもないけど」


 幼いと言えば代理を父と詐称、ではなく呼称する幼女もいる。見た目通りに幼く、幼い通りに未熟だ。故、力を持つ責任とやらに頓着や自覚がないから手に負えないのだけれど。では、一旦否乃の妹とかを考慮し、無理だな。ない。無理。


「魔法っつーか超能力みたいだな、それ」


「超能力? とは?」


「あー、俺って気力? みたいなのは使うんだが、原理がわからんねえもんでよ」


 僕は会った事がないが知ってはいるので、候補から外す。発育は普通の運動部系だし、幼いよりは初々しい若さ溢れる女子ではあるけれど。馬鹿は苦手だ、それに考えが甘くて未熟なのも苦手だ。


「勇者様がもつと言う力ですね?」


「あ、まあ、そうなんのか? つーか! いーかげん離してくれウェンユェっ!」


「嬉しいくせにぃ、しゃーないなぁ」


「う、うるせえ」


 生産性のない思考の中、僕はやはりアイリスさんだなと結論を出す。垂らしたエプロンの前で手を組む姿こそ理想の淑女だろう、裏表はあってもえげつなくはなさそうだし。女の嘘は許容するが男であるらしいし。


「勇者様の、その力は人々を救う為に女神様が導いてくださったのでしょうね」


「……いや、それはねえよ。力ってのは大なり小なり、ぶっ殺す為の言い訳にならねえだろ」


 鉄錆の臭いのする鋭角な台詞だった、不良君は地雷を踏んでしまったとばかりにタジタジなセルフちゃんに釣られて目線を彷徨わせる。僕に助けを求めるな、止めろ見るな、良いだろう貴様やってやろうじゃねえかこの野郎。唯一の男性同士の以心伝心で、僕は肩を竦めて役を買う。


 酷い押し売りだったけれども。まあ、同郷っぽいし日本人のよしみだ。唯一日本語で翻訳なしに話せる相手は貴重だし一肌脱ぐのも吝かではない。次やったら僕は無視するけれども、願いは叶えるものであるべきだし祈りは届くべきものだし。生温い思想に犯されるのも、偶には悪くない。


「自己紹介もしてないし、早く客間に行こうぜ」


 仕方がないから、僕は皆にそう言った。偶には悪くない、こんな生温くて下らなくて馬鹿みたいな関係も。


 (えん)(ゆかり)も、悪くない。そう、僕は思った。思ってしまったのだ、僕みたいな人間が。


 皆と違って半歩後ろを歩く、人間が。


 間違っているのは、何時も僕なのに。馬鹿で阿呆で、取り返しの付かない事を知っているのに。僕は知っていたのに、この時の僕は忘れてしまっていた。あの頃を忘れてはならなかったのに、過去は過去なんて割り切れないのに。

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