帝都公女 弐
帝都――争い絶えぬ時代を生き抜いて、束の間の穏やかで賑わう平和な都。
帝は先の戦時代を憂う方であった。先々代から受け継ぐ業を背負って、次代に禍根を残さぬよう尽力する一人の人間だった。
隣接する不毛な大地より魔物が跳梁跋扈する時代にあっても、帝都に住まう人々の面差しは明るく活気に満ちている。傭兵として名を上げたいと、小麦畑ばかりな田舎から剣を手に舞い込む若人もいよう。或いはそう、学術書とルーペを手に未知を探求する老獪な知恵者さえも集まる。
帝都は栄えている。三国列強の中で最も人材と資源と知と力を集めた都だ。道行く人は自由を手に己の感性を世間に謳う。それは帝が描く理想である。
かの偉大なりし帝の政策は次代の育成に着目するに至る。叡智者が率いる学術塔は全ての才ある者を招くが、才ある者か分からぬ原石に酷く疎く、冷酷である面が否めない。
取り零した『才』は数えられようか、そうした帝の憂いもあって、であれば次代を育てる施設を作らねばと尽力した。
帝都の一角を切り拓いてでも、新たな一歩、改革を求める。
帝住まう城は荘厳であり強大だ。その威容は堆く此処にある。
――ヴィクトリア大帝国、その中枢、城は既に帝の社に在らず。
――――。
――
人が走れば息を切らすだろう講義室、長椅子と机が雛壇のように並ぶ。講義を待つ学徒の目や興味は見下げた先に集まっていた。
本来はヴィクトリア大帝国が政を行う場所であった。学徒に下賜されても空気に走る硬質さは変わらず、知的遊戯性と感受性を刺激する。学徒達の年齢、性別は様々だ。
「――知っていまして? 数十万しかいない、あの田舎の小国から、らしいですわ」
「……そうした言葉は不適切です。学友ですもの。それに、それは剣聖の威に泥を塗ることに繋がるわ――」
数十年前に遡れば、学徒の目線の先には論法者が立っていただろう。或いは帝か。声を潜めて、如何に珍しいかと皆は語る。
「――黒い、凄く黒いな。挨拶とあろう場に侍女の一人も連れないなんて、やはり田舎者か」
「いやはや耄碌したか学友、とても、綺麗な方ではないか。瞳の憂いは理知っぽくもある、名家で違いない。しかし、どこか――」
「厳粛たれ」
背丈すら優に超えた黒板を背に、彼等を導く偉大な叡智者が一人――整えた白髭を撫で、偉丈夫らしく厳格に片手を上げた。
それは学徒のざわめきを抑える目的であった。学徒の騒々しさは叡智者の制止でピタリと消える。単に若い者の集まりではない、この学園に通う限り『身分』はなんの意味も価値も保たない。叡智者である老けながらも活発さが伺える男が『退出』を指示すれば、それが王でも従わねばならない。
広い講義室の水を打った静けさに満足して、男は学徒を見渡す。手にする杖を鳴らし、再度場の雰囲気を切り替えた。
「――こうして講義に間を設け、敢えて我は意図を詳らかにす。みなも知的好奇心が擽られていよう。この時期、遠路遥々みなと交友を深めに来た友へ、先ずは拍手を」
五十代であろう叡智者の言葉に学徒の拍手が連なる。十秒はしたか、杖が鳴る。また、しんと静に。
「此方の令嬢はアガレス王国からの使者であり、また同時にみなと共に叡智を極めんとする者。この先は我が語るべきではない、譲ろう」
傍らに立つ、女性。安易に微笑むでもなく、軽く会釈した。背筋を見ても粗は見受けられない。学徒からすれば、制服――ローブ等――を纏わず黒衣に包んでいるのは気に掛かる。辺りの色彩を拒絶する黒いルシア、優雅に咲く様子は淡いのにどうにも苛烈だ。
彩りは少ない、否。色を語るなれば、世で一番鮮やかなものは黒であろう。一切を押し潰す鮮やかさは道端に咲くルシアとは肩を並べようはなく、飾り立てる為の壺にも見当が付かない。
頭を下げればボンネット――覆うような頭飾り――に表情は隠される。
「――皆様と、肩を並べ学ぶ機会に巡り会えた事に深く感謝いたします。名を、レイ・グッドゲームと申します」
「ごほぉッ!」
叡智者は目を細め、講義室の奥に座す学徒を見やる。敢えて咎めるつもりはなかったが、異音の発生源は予想とは違った。咳き込んだ学徒は何時もは勤勉にして誠実であったからだ。
傍らの侍女に世話され、素直に非を詫びる所作を見て叡智者は流す。日頃の行いを鑑みて、令嬢の紹介を優先したのだ。
「すまないな、グッドゲーム嬢」
「どうぞお構いなく。私も時折ありますから」
「そうかね。であるならば、そうだな……みなも知るようにアガレスと我らが帝国は友好的な関係を築いている。嘗ての厄災を経て、かの国は困窮を続けてはいるが……む、少々冗長か」
顎髭を撫で、論理の回る灰色の瞳を瞼で拭う。紳士然とした叡智者は己を改め。
「まあ、よい。グッドゲーム嬢、空きの席に座し給え。講義を始める」
「はい、そのように」
侍女を引き連れもしない黒い花は、頭を覆うボンネットの奥で瞳を細める。その視線の先は、講義室の奥のとある公女に向いていた。唇が僅かに歪み、ふとしたらまた無表情へと。
手を前に結って、実にその令嬢は華やかに黒かった。
空きの席は近場にはなく、必然、奥に向かうしかない。学徒の視線を受けながら雛壇のような長椅子の階段を進み、彼女は立ち止まった。それは蝶の舞う瞳をした帝都公女が座す長椅子だ。
「相席、宜しいでしょうか」
「……、どうぞ……お好きになさって」
目を見開き、何度も頭から爪先まで目玉でなぞる。講義室の最奥は空き椅子が多く、態々相席する理由がない。他の目線もある中で隣を選ぶのは『そう言った』意図があると公言するに等しい。
席に座って、レイ・グッドゲームと言えば遥か先で黒板に向く叡智者に目を向けていた。この距離であれば、声を抑えれば叡智者には届かない。辺りも幸い誰も近寄りはしないから、空席だ。
近場の学徒がレイ・グッドゲームの動向を見ていてもリリー公女の隣に近付けば目を背けるしかない。耳を傾ける『不敬』はしないだろう。したとして、軽々しく広める程に浅くはないだろう。そうした打算を済まし、帝都公女は口を開く。
「あなたは……なにを学びに?」
問いは簡潔に、好奇心と探りもある。学友の体裁は崩さずなるべく和やかを意識する。
アガレスとの友好関係は今代の帝が築いている。
要するに、帝国人は王国人を全く知らないのだ。リリーは公務上は直接の関わりはないが、他の学徒よりは周りが見えている部類だ。近況であれば、アガレス王国は魔王を勇者と共に滅ぼしている。その際に別件で帰国していた水銀の剣聖が手を貸してはいるのだろうが、この事実を知る者は限られる。
そして問題となるのが、レイ・グッドゲームの存在だ。
「魔動機に興味がありますね、アガレスにはありませんから」
その声は遠くで耳にするより鮮やかだ。心惹く声。リリー公女はこの儚くて、何処か記憶に触れた声を反芻するがぱっとは思い出せそうにもない。
「そう……なら、この講義を選択するのは間違いかも知れないわね」
「?」
レイは小首を傾げた。丁寧に編まれた黒髪は波のようで、肩にさらさら流れていた。
「あの頑固爺の専門は歴史考証とかだもの」
頑固爺と呼ばれた偉大な叡智者は講義を始めていた。片手に杖、もう片手には小型の魔動機――演奏家の持つ指揮棒のような――を手にしている。黒板に向け優雅に振るえば煌々とする琥珀の文字が走り出す。
『アガレス王国に訪れた悲劇』
《超克四種族の二柱により発生した一連の事変概要》
三百年前程の王都人口は凡そ七十万人と推定される。
終末人種に隷属した当時の王妃暴走により黒死人種が介入。
争いは壮絶であり地形に当時の名残りが散見される。
当時人口の七割以上は王妃に捕食されたと推察される。
「歴史にも興味がありますよ。ほら……アガレスの歴史にも」
声は平坦で、顔もなにかしらの気持ちも映しはしないが。リリー公女は逆に罰が悪くて額に手をやって嘆息する。
「ごめんなさい、あの頑固爺はあんな人なのよ。悪気はないの、ほんとよ。優れた人であるのは疑わないで頂戴な」
「ええ。お気遣いありがとうございます。えっと……貴女の名前をきいてませんでしたね」
「……。リリーと呼んで、構わないから」
まさか意図もなにもないのか、勘繰りが過ぎるのか。リリーは脳裏で考えつつ口にする。
「はい。なら私はレイと呼んでくだされば」
「ええ。所でレイさんは王国の人口を知ってらして?」
公女は別の切り口を模索する、その目的は反応を見たいのもあった。
「……、ええ、まあ……。三十万程ですかね」
「いいえ、四十万くらいよ、潜在的な人を含めれば。帝国より戸籍管理が杜撰だからこうして漏れがあるのよね、王国って列強になれる地力はあるのに――って、悪く言うつもりはないの。三百年で大きく人口が戻ったのは、貴女達の頑張りでしょうから」
両手を小さく振って誤魔化すが、そんなリリー公女へにべたい翡翠が突き刺さった。壁側で控えるキャロルのものだ。
他の学徒には侍る者達が見受けられないが、リリー公女には控えていた。小さな身丈の、やけに眼力の鋭い侍女である。信頼しつつも容赦がない侍女の視線に気付き、リリーはぱたぱたと手で顔を扇ぐ。
後へ手を回し組み、重心をがっちり床に打ち込んだ姿は侍女と言うより軍人のような立ち姿である。主人の無礼に反応し肩を竦めていた。
「――そう、王国って不思議ですわよね?」
公女は無神経であったかと、一旦取り繕う。
「不思議、そうでしょうか。アガレスは列強の方々に及びませんから、縁がないのだと思います」
レイの卑下は嫌味や皮肉を帯びてはいない、唯、事実を述べているようだった。自国と他国の差を理解し、優劣ではなく現実として区別している。帝都公女はその絶妙な匙加減のある言葉にやや首を振って。
「いえ、悪い意味ではなくて。王国は地力があるもの。人口も全盛期には及ばないにしても、大国と言えるまでに戻っているでしょう? なのに、不自然なほどに魔動機がなく、魔法が発展していないのですから」
「それは魔物が少ないからです。つまり、魔石がないのです」
二度目、特別に下げる訳でもない。魔物の数が少ないのは揺らがない事実だ。
「それは……そうでしょうけど。まあ、そうよね。帝国には魔石採掘場があるのを忘れていたわ……」
魔石採掘場――黒き大地――は日夜賑わっている。人類防衛の砦であるが、実利の話では生活に欠かせない『魔石』を潤沢に集められるのだ。当然細かい取り決めはあるが、大部分は帝国が独占している。
故、教壇に立つ叡智者が振るう小型魔動機は有り触れた道具なのだ。帝都は魔動機のメッカ。どの国よりも栄え、滅びの崖縁に立つ国家である。リリーはふとその言い知れぬ不安に押し黙り、思慮する。
「……、……」
魔王が完全に滅んだ世界は平和か――それは漠然とした根源的な盲点。魔石供給を前提に栄えた国家は縋るべき藁を見失った場合、藁を探る手はなにを掴めるのだろう。
「リリーさん、なにか気掛かりでも?」
こてんと頭を傾けた、年相応な反応だ。纏う空気や、平坦な抑揚に反発するような所作である。
「いえ、ごめんなさい。少しだけ……貴女達が羨ましいなと思いまして」
アガレス王国は古臭くはあっても、帝都のような危うさはない。ある日突然、生活基盤を支える魔石がなくなろうとも被害は軽微であろう。帝都ではそうはならない、都市機能が確実に麻痺し文明水準は如実に衰退を辿る。
無論滅びはしないだろう、然し大打撃である。夜の暗さと直面するだろう事は確かだ。
「羨ましいですか。田舎者と揶揄はしないのですね、貴女は」
「そのような無礼者ではないつもりよ。それに、私は貴女達を甘く見た事はないの」
水銀の剣聖の母国。他の小国よりは巨大であり、列強には決して及ばず、同時に平和である国だ。隣接する国家は限られ、列強の支配域を僅かに躱す位置。アガレス王国の実態を正確に把握している人間は少ないのだ、田舎だと甘く見ている者が多数であるからだ。
リリー公女はその多数には属さない。所作田舎と切り捨てられる国力ではない。帝都の近場に存在する国家は大小様々だが、集国――多部族連合国家――とは訳が違う。
「諸君、魔動機の歴史を知っているかね?」
厳格なる杖の音。アガレス王国の歴史をつらつらと並べていた叡智者が、不意に講義の方向性を変えた。
教授の講義にしては珍しい、レイを一瞥してからだ。リリーに頑固爺と評されている紳士が『配慮』で話題を変更する訳もなく、アガレスの民が存在するからこそ『思い付いた』のだ。
一人の学徒が挙手をする。その顔は自信が溢れており、若者らしいものだ。
「ふむ、君に問う。魔動機とはなにかね?」
教授は顎髭を撫で、先を促した。
「魔動機は帝都が発祥の叡智です。遡ると魔動機の前身技術は千年前には存在しています、勇者の時代ですね」
「魔動機、とは多岐に渡る。我が手にするこれも『魔動機』であるからな。前身技術と述べたが、具体的に把握している者は?」
講義室を見渡せば学徒が我先にと挙手していた。学徒の目の輝きを受け、唯一手を挙げていない王国の民を伺う。その傍ら、帝都の民でありながら唯一挙手をしない公女と目線が重なったが、教授に『気配り』なぞ無駄はない。
加虐趣味を疑われるかも知れないが、教授は知的好奇心と遊戯性のある議題にしか関心がないだけだ。教授は手間の学徒に解答を促した。
「先代勇者が作った『爆裂術式』です。偉大な先代勇者様は魔石に術式を付与し『誰でも使える魔の器』を作り上げました」
「魔石へ直接『術式』を付与する試みは先代勇者の為した偉業である。現に、我らは魔石への術式技術を確立させている。然し――我らは『魔石への術式付加技術』を『発展』させてはいないのだがな?」
教授が浮かべる悪辣な笑みは、誇り高く発言した学徒に突き刺さる。偉大な先駆者、彼は学術に誰よりも公平だ。病的なまでに公平である為、嘗て帝にすら円滑な講義を維持する名目で退室を促した恐れ知らずの傑物だ。
教授は顎髭を撫でながら、言葉を詰まらせる学徒を意地の悪い笑みで穿っていた。それを見て、隣席の学徒が助け舟を出す。
「オッカム教授、確かに彼の言は言葉足らずでありました。私が代わり、正しく言い直します。我ら帝都人は先代勇者の『遺産』により『発展』したのだと、それは寧ろ我々の誇りです」
「そうかね。魔動機は素晴らしき『発明』だ。それは揺らがん。だが、みなは魔動機の利しか見えてはおらんな――で、あろう、レイ・グッドゲーム嬢?」
講義室の奥、公女と肩を並べる黒き花。彼女は指を小さな顎に添え、思案を巡らせ瞳を伏せる。周囲の注目の中にあって彼女は長考を恐れず、ボンネットの影に潜ませた顔を徐に上げた。
「叡智者である貴方に敬意を持って、飾りない言葉を口にさせて頂きます。帝国は、『極めて脆弱』かと存じます」
事実を口にする素振り、躊躇いなぞない。リリーが考えた通り、否、公女故に視座の違いから見えていた物事。教授は学徒のどよめきを愉快そうに眺め、灰色の目が先を言えと明瞭に語る。
黒い花は、ドレスの揺れを抑えるようしっとり結んでいた唇を開く。
「魔動機を論じる際、帝都の人々の文明は依存しておられる『魔石』という有限な資源、外部の『魔物』と言う無限ではない供給源に依存している事実を――この論理的矛盾を、帝都の知性はどのように解決なさるのでしょうか? 論じておられますか?」
それは蕾が太陽を見上げ、花弁と言う翼を広げるようだった。鮮やかな漆黒で、誰よりも鮮明に。
「実に、よい着眼点だ。レイ・グッドゲームに異論、反論のある者は?」
教授の扇動があってこそか、学徒の一人が挙手をした後に新参者へ向き直った。
「帝都の魔動機は他の国に渡るものとは違う。根本からだ。先ず、貴女の国に売り出された魔動機は旧世代の型落ち。燃料効率や用いる技術も全くの別物であるが?」
男性、少し老けている。彼はレイに向け言い放つと反論してみろと言いたげな顔だ。だが、レイ・グッドゲームは瞬きを挟んで首を傾げた。
「私は技術論ではなく、持続性の論理を問うています」
平坦な声で容赦なく両断した。袈裟懸けに斬られて尚、噛み付かんと学徒は開口する。
「なにを言うか田舎者ッ! 魔石は簡単には枯渇しないものだ、次世代の魔動機のエネルギー効率は従来の――」
「厳粛たれ、論じるなれば準じよ」
強かに床へ杖を打つ。教授は吟味する、心底に興が躍る面差しだ。学徒の一人、がまた手を挙げた。恐る恐る、ではあったが。
「恐れながら、グッドゲーム嬢が思慮を重ねる案件に明確な解はないと思います。帝国は魔石に依存しているのも事実、魔石なしでは魔動機を動かせません。ですが帝国は不断の研究により、将来的な資源枯渇にも対応する道を探しているのも『事実』です」
「ふむ、魔力結晶かね?」
答えを先読みして教授は問う、学徒は力強く頷いた。爽やかな青年からすると味方になってくれたような安心感があったからだ。
「はい、オッカム教授。魔力結晶は鉱石類など、長い時を用いながらも霊力を蓄積し変質した物質です。これを用いた魔動機は、現状存在はしませんが……」
「であるな、今年の魔動機に搭載された機構であれ『核』は『魔石』であるのが揺るぎない現実だ」
ええ、と爽やかな青年は肯定し、結論を導く。
「つまり我々は、この問題を『解決』出来ます」
場が許容する流れになっていて、誰もが爽やかな青年、優秀な学友に意見を同じくした。
レイ・グッドゲームが挙手をしていた。
学徒は、その静かな極彩色に息を呑む。禁忌に触れる事を厭わない学徒に、オッカム教授のへの字の唇が弧を描く。
「彼の論じる本質は『楽観論』であり、『論理』ではありません。私の故郷、アガレス王国では資源に依存しない事で災厄、または惨劇から受けた被害を軽減した歴史と比較し、帝都の魔石依存傾向は、単一機構の故障に対し極めて非効率で脆弱な設計であると結論付けられます」
「ば、馬鹿にしているのか君はっ!? 我々は魔石に依存しているのではなく活用しているに過ぎない! そうだ! 全く違うっ! 事実、我々はその不変の命題に向き合っているだろッ!」
学徒は憤慨を顕に机を叩き、レイ・グッドゲームを仰ぎ見上げた。奇しくも上下の位置である。教授は喉を鳴らし、くつくつと笑っているだけ、制止をしなかった。
「では、貴方は魔石に頼らずに栄える私の故郷をどう思いますか? 私の国では魔石がなくなり、また――『エーテル』そのものが消え失せようと、混乱は軽微です。それは民が、国が、『エーテル』に完全な依存をしていないからです」
黒い花は、周囲の花とは画する。赤より、青より、黄より、尚も。
「だがッ! 貴国は魔動機を導入しッ! 我が国へランタンも輸出しているではないかッ!」
学徒は転換する、帝都のみの議題ではないと。
「はい、それは事実です。今代の帝様がアガレスの文明水準を上げました。同時に、この問題は世界的に波及しています。貴方の国『だけ』の問題でもないのです。初めからそう申し上げています」
黒いルシアは素直に賛同し、目が醒める議題へ引き戻す。
「し、しかしッ! そ、それは停滞だ。発展の為に多少の害は許容すべきではないか……?」
動揺する学徒は、頭を掻いて気持ちを沈静化する。吠えるだけでは阿呆であり、講義室に居座る資格はないからだ。
「貴方は、もし、この世界から『エーテル』が消失した場合の被害規模を概算出来ますか?」
「……、それ、は……」
尋常ではない被害になるだろう。帝都の水路の水質等の管理、並び街灯や手持ちの照明も、生活基盤を支えているのは『エーテル』である。全て、ではない。否、先進国だからこそ他国より脆弱な弱点なのだ。
学徒が答えに詰まっていると、静かながら確りした拍手が響く。オッカム教授だ。
「素晴らしい、グッドゲーム嬢の指摘は正に帝都の滅びを示唆している。みなには敢えて詳らかに語り、繰り返すが、我は学術に公平である者。此度の議題に於て、グッドゲーム嬢の論に瑕疵は見受けられん――真っ先に滅びるのは帝国、次は……法国であろうな?」
くつくつと笑う紳士と、ゆったりと席に腰を休める黒い花。
「あなた……なにもの?」
リリー公女は己の領地を誇示するように座す黒い花が、帝都の知性を試すかの如く――遥か遠方から舞い込んだ『問』であるように感じていた。その簡潔で明白な疑問に、レイ・グッドゲームは小首を傾げるばかり。
「今日から皆様の学友、になります」
そう断言した。それもまた『事実』である。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
帝都公女の参は今月中には完成の見込みです。




