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n%氏族


 否乃(ひだい)の日課は、自らに割り振られたスケジュールの確認である。n時間軸にて朝となる現在、寝惚けた頭に喝を入れたものの眠気は完全には消えていなかった。本来であれば自らの背負う性質にて眠気を否定(・・)してしまうのだが、今日は定められた休日である。定めた当人が休日を持ち合わせていない事には多少心労を溜めていたが、好意と配慮には素直に従うのが若人の務めだと諌められれば渋々頷くしかない訳で。


 完璧を絵に描いた人物が超人でもあるのだから、天才として畏怖され忌避され孤立していた過去には否乃はやや気恥ずかしさも感じるし、なんだかんだ自惚れていたのだろうと気を引き締める節目になった。


 割り振られた自室にて、ベッドから這い出て洗面所で顔を洗い歯磨きをして、欠伸をしながらデスクに向かう。頭の中では氏族内共有情報が犇めき、上位氏族のアイロニーが通達する統合監視定期報告書を閲覧していた。


 指はPCを操作し、脳裏は別作業。睡魔によって能率は下がってはいたが、どうせ休日の朝方に急ぐ報告もないので否乃は呑気に瞼で瞳を拭う。


「ん? え、あれってまじでそうなったのかよ」


 癖っ毛の黒髪を荒く掻き、睡魔に心地良く微睡んでいた気分が吹っ飛んだ。瞬き数度、レポートをPCに叩き込む手を止め脳裏で過ぎる文章の羅列に意識の七割を使用する。何度読んでも、前回の会議で決まった内容だ。その経過報告には冗談でしかないと考えていた、要望が通ったのが信じられなくて表情が強張った。


「……、ホレイズが話を通したのは分かるが……断られなかったのか?」


 世界には、有の中には悪意と害意のみで存在する者がいるのだ。悪メタ(・・・)と総称される彼等は、その力や影響の質の悪さから殲滅戦闘に至れていない経緯がある。悪意に対して悪意で返せば双方が墓穴に叩き込まれるように、呪いとでも言うべき得体の知れないナニカ(・・・)を持っていた。


 ナニカ(・・・)の正体は明るみにするのも今後の課題だが、否乃を含め氏族全員がナニカ(・・・)を防ぐ手立てを保有してはいない。日夜悪行を繰り返し、平気で世界を滅ぼして、当たり前に壊して、極めて真面目に他を害する彼等を氏族(・・)以外で誰が制止出来ようものだろうか。


 何処にでも例外はあり、例外は此処にもあり、唯一氏族の中で対抗しているのは彼だけで、悪メタに対する防衛戦線を完全に一人で担っている。敵ではないし、味方ではあるものの、蚊帳の外から傍観するような彼だけが悪メタの暴挙を抑止しているのだ。


 そんな彼を突飛な嫌がらせと不満の捌け口として前会議でそりゃもう下位氏族の結束を光らせバッシングしたものだが、当然音頭を取った否乃だからこそ事態の歪さに気付いてはいた。三十八時間にも及ぶ上位と下位の論争で、最終的に氏族長に黙らされ会議は煮詰まり切らずお開きになったのだが。


 有耶無耶になったのだとばかり思っていた提案が通った異様な不安に否乃は思考を加速する。


「……いや、違うな。となると……いやこれも余分……待てよ? 悪メタ放置なのか? だが……」


 口から漏れる言葉に気付かず、否乃はやや質素な室内を見渡し。


「……もし仮に俺が派遣された場合の損失って、なんだ?」


 下位氏族の纏め役の立ち位置にいて、上位との橋渡しを立ち回りとする彼なりに物事の形を掴みに掛かる。否乃は並列された世界群に向かい、神を名乗る不届き者から珍事まで相手にし解決して来ていた。今までは大方どうにかなっていたし、性質を使う事態も極力減らしたと自負している。


 問題は何故実績も経験もある己ではなく、彼が選抜されたかである。話は戻るが、彼に出来て否乃に出来ない事柄は単純に性質強度と純粋なスペックに当たるだろうか。或いは立ち回りや立ち位置、心の在り方と思い当たる相違点に頭を捏ねる。


「……、ホレイズが無理強いをするとは思えねえし……もしかすれば氏族長の意向か……?」


 無限の猿定理、超論理の氏族長が動くとは即ちそう言う事だ。


 否乃は正直、彼には会った試しがない。容姿も性格もホレイズ伝でしか知りようがなくば、普段なにをしているかも分からない。ただ、何時も。


 どんなに氏族が危うくとも駆け付けず、惑わされず。


 悪メタへの定期報告にて、特になしと記載する。一日一回、それだけが実在する証明であった。今日も、彼からの定期報告に異常は見当たらない。なにも変わらない一文に、不満を抱いていた否乃だから逆説的に回した思考が先を見据える。


 悪メタに関わって、報告すべき問題もないまま過ごすのは己に可能だろうかと。少なくとも、並大抵の人間ではないのだろう。全知全能の神すら及ばない自らの力を知りつつも、ただの一般人と称される彼に勝るにはどうにも一歩足りない気がして、否乃は首を振るう。


「考えても埒が明かねえ、か……あ、つーか妹起こさねーとな。あいつの赤点回避は急務だわ」


 ホレイズが珍しく肩を揉んでいたので、ちょっとばかり気まずくなっていたのだ。流石に本腰を入れ、休日に感けて自堕落を絶賛謳歌する愚妹をベッドから蹴落とさねばなるまい。兄として、甘やかすにも限度はある。


 休日もなく職務室で膨大な書類と顔を突き合わせる、我等が英雄に良心が痛むので気合を入れて否乃は虚空に消える。


 室内からぱったりと消えて、愛しの愚妹へ寝起きのサプライズバズーカを食らわせる為に今日も兄は奔走する。

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