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ほらエンディングだぞ、泣けよ


 キィィィィィィィン――。


 甲高い咆哮が、教会の分厚い壁を通り越し、鼓膜を叩いた。それは耳障りな金属の軋み、空間を引き裂くような異質な音だ。例えるなら、真っ先に思い付くのはジェットエンジンだろうか。空気を圧縮し、爆縮された空気を押し出す熱機構だ。押し出された空気の作用反作用を出力とするシステムは、様々な欠点がある。


 その一つは騒音だろう。僕の肌を痺れさせる程の震えは、大気を過分に伝播している。


 僕は、目を閉じなかった。


 目の前の魔王の姿を追おうともしなかった。


 唯、一対の水銀の流星が天へ昇り、漆黒と交錯した、その残像だけが網膜に焼き付いていた。


「……、……?」


 教会内の喧騒は一呼吸もすれば静寂が降り出して、一瞬、もう決着が付いたのかと思った。


 ものの、全ての音ってものは、上空で起こっているだろう超常的で壊滅的で甚大で無情な戦闘の余波に押し潰される、現実の理解が遅れているだけだ。


 空が迫って来るような感覚、空が堕ちて来るような圧迫感。拭えないこれは、アイリスさんが僕の為に戦っている証拠であり証明だ。誰かを頼れる程に僕は高尚でもない、アイリスさんになにかをしてあげるのだって僕なんかじゃあ烏滸がましいけれど。


 遠くの床も微かに揺れていた。


 大陸そのものを震わせているような、大規模なものだからか。足元の血の海は、その振動で波紋を増やしていた。規則性はなく、法則性はない。無秩序の輪っか同士がぶつかって、丸が楕円に、或いは四方に消えるのを眺めてから至って平坦に辺りを再確認する。


 魔王が消え、アイリスさんが消えた事で教会には破壊の痕跡と混乱の残滓だけがざっくばらんに転がっていた。倒れた長椅子は軒並み壁際まで吹き飛び、山脈を作っている。金属製の燭台も倒れ、血で鎮火していた。踏み躙られた経典達、そして、教会の天井を突き破った穴。


 ステンドグラスの聖母は今や、血の湖畔に埋没してしまったようだ。破片が刺さっていないか身体を見渡したが、どうやら怪我も汚れもない。痛覚が麻痺したのか、そう僕は身体すら猜疑の目を向けたのだけれど。


 波紋が消え澄んで行く真っ赤な床に、僕の姿は反射している。真っ赤っ赤ではあるけれど、五体満足、千切れたり折れたりはしていない。


「……、変わらずね」


 僕は、その見える僕を踏み砕く。ポッケに手を突っ込んで粗雑に足を繰り出した。革靴が混ぜる血が裾に跳ねても、洗礼服はそんなちょっとの血は受け付けやしなかった。


 僕は、この期に及んで冷静だ。アイリスさんが時間を稼いでくれている。代償として、教会の外では森が薙ぎ倒され、大地が削られているのだろうに。


「きっちりかは別にしても、かっちりとはならくても――」


 僕は立ち尽くす事はない、ポケットに突っ込んだ拳を強く握る。腹立たしいからとか、そんなに感情的ではない自覚はある。


 違う違う、僕はそんなんじゃない。どうにもならない位に億劫で憂鬱に後ろ向きだ。


 世には近しい言葉が溢れているものだ。『現実離れ』と『現実味』の差異は何処にあるのだろうか?


 至極簡単な話である、『誰かを説得出来るかどうか』それだけだ。


 アイリスさんの献身を無駄にはすれば、今度こそ僕は、誰にも『現実味』を感じられなくなって――酔って生き、夢のままに死んで――しまうから。僕がすべきは虚像の終わりを見届ける事、なんかじゃあないし、世の中は終わりらしい終わりなんて――非常に、稀にしか訪れやしやしないだろうさ。


 『本物の始まり』ってのを見付ける為に。


 氏族だからとか、召喚されなからとか、振り切って勇者だから、なんかでもない。


 僕は、教会の分厚い扉へ向かって歩き出した。一歩毎に、足元の赤を踏む。アイリスさんが僕の為に流させた血ではない。魔王が、偽りの聖女が、この世界に蒔き散らした毒の色だ。


 不意に、否、必然性を確かに帯びて。荘厳な聖女服は金と純白、裾に赤を滲ませて。扉を見やれば、どうやら半壊していた。潜って来たのだろうと思う、小さな女の子の手当てを終え、やって来た。


「さてさて……? アンタには会いたくなかったけどさ――現実ってのは時折、許容の範疇を離れちまうけれど――改めて」


 僕は、カライト聖女様に何時もの調子で呟いた。表情は作らない。ただ、真っ直ぐに。


「勇者様じゃあないけれど、ちょっとばかり僕らしくやろうと思う」


 僕が信じようとした、あの馬鹿で未熟で幼くて、嫌いじゃないセルフちゃん。あの子は一体全体、どんな性格で、どんな言葉で、どんな考えで、僕をどんな呼び方をするだろう。


 決まっている、反語すら必要ないね。


 何処に居るのか、存在は疑わない。


 あれは決して偽物でも、嘘ではなかった。

 あれは断じて魔王でもなく、単なる女の子だった。

 ならば決断する、僕は僕である、それだけは疑う道理はない。


 戦闘の轟音は、遥か上空から、僕の孤独な決意を侮蔑するかのように響き続けている。


「くっ、くふふっ。珍しくヤル気満々ですねぇ? 勇者様――あゝ、いいえ」


 カライト聖女様は咳払いをした。


「貴方はやはり――誰かの為に頑張る姿が相応しい」


「へえ……そうかい」


 僕は肩を竦める。


「だって、貴方、主人公に誰よりも憧れ、なれなかったじゃないですか」


「違いないね」


 真っ黒な瞳は見えてはいない、でも記憶の奥に蓋をした誰かを見据えている。


「この世界はルールばかりさ、なら、ちょっとは僕だって捻じ曲げてみたくなるよね」


「貴方はもう、私を見ないのだと思いましたけど」


「見てないのはお前だ、僕は一度たりとも――本当の意味や価値もあって――君から目を反らしたりしなかったよ」


 肩を叩いて、僕は横を抜ける。


 ギィギィ唸る木製の戸、辛うじて立て掛けられた扉の面に触れる。触っただけなのに扉は壊れ、蝶番が弾けて血に落ちる。倒れる扉を見やってれば、カライト聖女様はなにやら不思議そうに言うのだ。


「どちらへ?」


「んー、先ずはそうだな……聖女殺害に関しての質疑応答かな……? 殿下が追ってないと良いんだけどな……?」


 僕は最初の弾丸――甘い角砂糖のような――弾頭は溶ける、淡い幻のように、死に至る病のように。


 僕は上位概念機構(メタ)変換(ノヴム・オルガヌム)』として、でもなければ。


 勇者(ヒーロー)として、でもなければ。

 英雄(セイバー)として、でもなければ。


 単に謎と過去のしがらみの多い普通の大学院生として、()()だ。


 主人公に憧れ、焦がれた、一般人。


 それで良い。


「僕は勇者様じゃない――けれど」


 僕は思考を切る。


 空を見てみろ。


 現実離れした青さと、吹き抜ける風。


 どうやっても現実の味がするじゃないか。


 ならば、そうだな。


 僕らしく、引用して論理武装するように纏おう。


 対の言葉を終わりの合図としよう。


「あの輝く夜空を打ち砕く――なんてね」


バトルシーン……?

はて……?

存じ……上げない概念ですね。

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