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全て詳らかにする行いは愚かである


 

 あんまり誰かを頼ったり、なにか期待したり、若しくは強請ったりした事って殆どないけれど。いいや、なにかを強請れる程に僕は高尚か、僕は他の誰かになにかをして来れたかな、気付き思い直しやっぱり内側でなんとかしようなんざ改める人間な訳で。


 どんな間柄でも頼る事に敏感で、重く考える。


 暫くして、僕は物思いに耽っていた。外的要因を内的要因で有耶無耶にする行いは依然として後ろ向きではある。


 妙に頭が冴えるから常に下らない事を考えている。知っている事を無駄に反芻したり、凝ってもない肩を解したりしながら祈りを捧げる聖女様をぼんやりと伺ったり。本当に下らない事だ。


 女神像の前に傅き(両膝を突いて)、悩む信徒の道標となる姿と比較するまでもない。


 僕はそれを見て、一番後ろ、誰も座ってない右側の長椅子に座した。ちらほら存在する信徒達は目を瞑っていたから気付いてはないようだ、丁度良いからそのまま瞼を閉じ手を結って貰おう。


 セルフちゃんは、その純白と清廉さで祈り続けている。アイリスさんは何処だろう、姿が見えない。まあ、見えない所に控えているのだろうけど。


「……、駄目だな……」


 考える、整理する、論理的に理論を立てて僕は心の均衡を保つ。愚行に愚考を重ねてもなんの意味もないけれど、考えるだけならば意味や価値を問う謂れはないのだし。そうしてまた、碌な考えなしに頭を回す。


 聖女の役割は本来であれば道標だ、この世界では医療者の側面もあるけれど。魔術、或いは魔法を用いた治療は修道士だって可能ではあるが聖女みたいに『神権代行』は不可能だ。


 魔法や魔術を用いる医療はあくまでも使用された側の肉体状態に依存するらしい。エーテルを消費し、その対価に傷を癒している。教会が発布する簡易経典に記された内容であり、僕は以前暇潰しにレイちゃんと議論もしていた。原理的には肉体の細胞分裂の活性化らしく、万能でもないし欠陥もあるようだけど。


「……、駄目だな、冴えてばかりだ」


 もっと考える。もっと流す。


 生物には細胞分裂の限度がある。また、細胞分裂するにしたって材料も必要だ。肉体をエーテルで局所的に異常加速させ、再生させる方法には当然リスクがある。傷跡がどうしても出来るし、傷も重篤になれば手が付けられなくなる。加え、使用後にタンパク質なりビタミンなりが一気に欠乏する。


 ある程度はエーテルと呼ぶ未知のエネルギーが代用するらしいけれど、制約からは逃れられない。


 症状の種類によってはそもそも対処不可能であったりするし、ファンタジー世界なのに随分都合が悪い話だった。


 そしてなんでもかんでも治せちゃうのがセルフちゃんが用いる『奇跡』だ。回復させる、まるでRPGみたいに。HPがどんなに減っても最大までバーを埋めれば元通りになるみたく、安易に、簡単に、どんなに瀕死でも治せてしまう。


 それが聖女セルフルクル・メルクマルクロストが扱う『奇跡』だ。


 僕の怪我を何度も治した神からの恩寵だ。奇跡は他にもあるが、主に聖女が扱うものはやはり回復であるだろう。原理不明で、経典を音読し祈るだけで使える破格の奇跡。今でこそ赤竜騒ぎは落ち着きを取り戻しつつあるけど、一時期はずっとセルフちゃんは祈り続け人々を救済していた。


 単に喋るだけ、でもないらしい。僕は経典を音読した事があるが、奇跡とやらに巡り合った試しはない。そもそも『聖女』は最大規模の信者数を誇る女神教会にしか存在せず、必ず女神を信仰している。


 となれば自然に行き着くけど、女神、外なる神(アウター・ゴッデス)としての力を下賜されているのだろう。僕が神を信じているのかはさて置き、信者の中で極一部に特権を与えるのは実に効率的な信者獲得方法だ。宗教の中ですら階級があるのは意欲にもなるし、同時に信者としての対価とも言える。


 実際、女神教会は単純な慈善団体ではない。無償で施したりは確かにあるけれど――炊き出しに協力したり教会を随時解放したり、こうやって聖女様が『奇跡』を振り撒いているのだし――普段は医療にお布施を要求している。


 病気や怪我をしたら薬師会、ちょっと割高なのを我慢するなら教会に行け、が、民の認識だ。貴族社会では基本は教会一択、それも聖女を狙い撃ちで利用している。貴族令嬢の利用が比較して多いのは傷跡の有無であろう。彼女達みたいな人種の値打ちに関わる項目だ。


 後は僕や勇者に施されてもいる『翻訳の奇跡』だ。正式には『心の回廊(リウォン)』と呼ぶそれは、意思を伝達する奇跡である。が、然し完全ではない。


 例えば『林檎が欲しい』が『甘い果実欲しい』になったりする時がある、互いにだ。何故か、そりゃあ純粋に意思(・・)を伝達していないのだろう。誰か、そう。超越的な視座を持つ第三者が代弁しているような感じ。


「……ああいや、英語から日本語に自動翻訳したみたいな……? うーん……日本語と英語が扱える宇宙人が翻訳しているみたいな……?」


 ちょっとしっくり嵌まらないな。


 パズルで四角い穴に三角を丸を入れたりしちゃうような感覚と言うか。知育玩具って四角の穴基準に他の形を作るから、四角の面積は丸や三角を許容しちゃって、別に丸は丸に入れなくても入るよね、みたいな。


 一番近いのは小説みたいな感じなんだけど。


 明確に代弁する翻訳者は見掛けてないにしても、意思を伝えているなら言いたい事は伝わる筈だ。誤解され易いが、言語はツールでありフールなものだ。要するに、語弊されちゃったりする不完全な道具である。


 その点、意思を直接交わしているなら――誠実であれ虚構であれ――意思は伝達されるのではなく共有されるもので、誤解や語弊を発生させる経緯とは無縁である筈だ。他者との境界線を取り払うのも如何なものか、とは僅かに思うけど。


「……誰かの視点を通した世界ね」


 その誰かはこの場合、女神ではあるが。ともあれ、『心の回廊(リウォン)』は貴族社会でも馴染みのある奇跡である。値段は高いが、言語を学ばずとも対話を成立させる奇跡だ。外交官だけでなく、アガレスの辺境、特筆して他国と隣接する重要拠点に位置した貴族は利用している場合が多い。


 さくっと光って、はい貴方はあらゆる言語を聞き取れ、あらゆる言語を語れます、なんざ破格だ。が、相手国の言語を用いないのは馬鹿を露呈するとして結局学ばねばならないのは皮肉なものだけれど。


 僕も公共語とか公用語とも呼ばれる支流言語を勉強して習得している、これは奇跡が信用ならんからだ。散々困ったし迷惑したから信頼してないな。


 近頃は公用語が板に付いて、無意識に難解な宮廷言語を口にしていたりもしちゃう程度には慣れたものだ。基本的に会話している相手が文官とか高貴な方々ばかりだから、僕はそうなっているのだ。


 ちょっと前に再会したタイヨー君でも日常会話なら出来るようになってたし、そりゃあ半年には届かないにしても翻訳され続けたら慣れるだろう。耳に原文、頭に翻訳、ずっとエンドレス。


 リスニング無期限編である、慣れるに決まってる。よっぽどじゃなければ――気力の有無じゃあない。機会の話だ、試行回数とも言い換えられる。


「……回復もだけど、翻訳こそなんなんだろう?」


 回復はもう、聖女とエリクサーをイコールで結んで無理矢理納得するにしても、翻訳が分からない。奇跡ですね、としかセルフちゃんは言わないし。


 もっと別の関係者に問うのもありかも知れない。あるとすれば、誰かの視点を通した結果を受け取っているから間違えたり解釈違いする、なんだけど。


「……三人称とか」


 ちょっと不格好ではあるけれど、悪くない解釈だ。保留して、看過して、妥協する。僕はそうして今も生きていた。


 ふと、ステンドグラスを通して七色に染まるセルフちゃんを見て。なんとなしに真上に目線を送る。目が遭った(・・・)。ああいや、合った。


「えぇ……?」


 僕は、長椅子の端っこで誰も居ないのを有効活用して凭れている訳で。


 足を組んでゆったり腰を沈めている訳で。


 気楽に見上げたステンドグラスの近く、目線が重なるのは予想外だった。目と目が交差したのだ、有り得ない位置で。


 アイリスさんが万有引力を蹴飛ばし、天井に立っているから。


 一体何時から、いや絶対に最初から。


 最初から、とは多分異世界に来た直後も含めて。聖女の上ではない、僕の真上だ。盲点だった、直角は死角である。僕は異世界に来た際、半歩下がって周りと上は確認した。セルフちゃんや他の修道女から距離を置き、態々観察したのである。


 だから見逃した。直角、真上は見ていなかった。アーチを描く所に、瀟洒に立っている。気付くかよ、どうやったらスカート捲れないんだあれ?


「えー……」


 異世界にしたって、それはちょっと考えてなかった。いや、アイリスさんが普通に空を歩いたり壁を走ったりするのを理解したつもりになっていた。え、でもスカートはどうやったら捲れないんだよ。万有引力、重力は何処に消えたんだよ。


 もう一度現実か確認する。あ、手を振ってる。滅茶苦茶に笑顔なんだけど。え、可愛い。じゃない、脱線してるぞ僕。


 スカートは捲れてはいない、けれど、手を振っている感じ服は揺れてはいた。次いで、銀色の粒子が仄かに舞っている。


「……疲れないのかな」


 距離があるから、目を細める。独り言だったが、アイリスさんは首を振っていた。大丈夫らしい、と言うか聞かれたんだけど。耳良過ぎだろ。


 教会は、静かではある。でも無音ではない。司祭にしろ、修道士にしろ、人がそれなりに存在すれば無音とは呼べはしない。聖歌を歌う訳でもないし、雑談をしている訳でもないけど、この心地良さもあって教会内部は音ある静寂と評するのが正しい。


 なのに、アイリスさんは僕の独り言を聞き取っているようだった。クラシカルなメイドは、僕なんかをヴァイオレットで見定め両手を振っている。そりゃ、激しくはない。小さく振ってはいるが、普段のアイリスさんからすると大袈裟だ。


 朝見たアイリスはすんっとしていたし。それに笑顔だ。嬉しそうだから態々咎めはしないけれども。


「セルフちゃんはまだお仕事終わらなさそうです?」


 小声。もし隣に誰かが座ったとしても経典の内容だと勘違いするような声量だが、アイリスさんは頷いて、口を開いている。距離はあるけれど、唇の動きから内容は読み取れた。目が悪くはないのだ、僕は。


 にしても遠いから、自然に目は細まり網膜は収縮する訳で。えっと。


『これから聖歌を主へ捧げ、のち、昼食となっております』か。


「ご一緒しても?」


『ええ、メルクマルクロスト様もお喜びになられますよ。勇者様はどうしてこちらへ?』か。


「ちょっとした、野暮用のついでかな」


 決めていた事をした。分かっていた事を、知り得た事を、単に僕は実行したのだ。一過性の感情ではなくて、ロスウェルを墜落させる事を計算し画策し、備えて王太子殿下に向け手紙を執筆していた辺りから。


 初めから僕は勇者ではないので、勇者らしくない方法で生きて行く。ある種狂気的でありつつも、一貫した僕の立ち振る舞いではある。良心はある、感情もある、だから僕は選び抜いて煮詰まり切った答えを提示した。


 正しさは視座の違いだけれど、僕は今回、ルーシちゃんを利用したに過ぎない。でもきっと、優しい嘘を吐く場面ではなかった。彼女、と呼べるまで成熟してないけれど、僕は昔同じような場面で優しく嘯いた。


 あれは、間違いだった。


 失敗したし、致命傷に陥った。なんなら恨まれたものだし、責め立てられもした。正しくはない、間違いでもなかった。


 でも同時に、僕の優しい嘘には終わりでもなく、解決だってしなかった。そうして曖昧で、不確実に現実は進む。故に僕は、ルーシちゃんへ優しく全部、そのままに伝えた。


 飾らず、誤魔化しもせず、誠実に、隠しもしなかった。伝えたい事さえ、忘れても。


 心から優しいからさ(・・・・・・・・・)、なんて。念の為、僕を批評する。


『私は、なにがあろうと全てを捧げますよ』


「……いや、それは良いんだけどさ。それで、そう。アイリスさんはどう思う?」


 殆ど、いいや、口パクだ。音すら出さずに僕は問う。これは非常に大事な確認だ。アイリスさんには幾つか頼んでいた、以心伝心、阿吽の呼吸である。


 であれば。幾つか思考を走らせつつ、僕はアイリスさんの唇を注視する。


『勇者様が懸念していた通りです』との事。


 よし、なら早速行動しよう。そう思ったが、億劫である。


 退屈とは違う、憂鬱には近い。飽き飽きしているのでもないけれど、益々勇者らしくないなとは過った。僕は、アイリスさんの信頼と信用を完全に獲得している。これはセルフちゃんも同じだけど、つまり僕はアイリスさんから言わせれば絶対的な基準である。


 要約すれば、嘗てレイちゃんには才でも病でもないと評価された考え方、論理と理論に深々と根差した僕の本領発揮をする時だ。ガランシャッタちゃんからは正確にしか見えておらんと評された僕だから、良い子にもならないし、我が儘でもないし、建前を前面に押し出して正面からなんら不備なく虚言や世迷言や戯言を垂れ流せるのだ。


「うーん……」


『勇者様は落とし所があると考えますか』


「きっちりかは別にしても、他の誰かは訪れないからね」


 散々に醒めた目で僕は俯瞰する、そうして歯の隙間から抜けそうな嘆息を食い千切って席を立つ。背の高い僕が唐突に立ったから、静かな教会では嫌に耳障りだったのだろう。


 信者の一人が振り返り、白い服に目を開いていた。一人が気付けば、その傍らも連結される。次第に広がる騒々しさを一身に、僕は粗雑に歩を繰り出した。


「――勇者様?」


 女神像の前、振り返ったセルフちゃん。それはどう見ても純白で、どう頭を捏ねても聖女様で、不思議そうな顔には困惑と僅かに黄色も混ざっていて。


 僕とセルフちゃんは、初めて会った時に比べて歩み寄れたと思う。


 初めての台詞ときっと同じなのだろう。何度耳にしたろう。不思議とさ、慣れて来ちゃった僕が居る。大概、厄介な話を持ち掛ける合図であったけれど。毎回、含まれた意味や価値は違ったけれど。


 今日の呼び方は初めて耳にした言い方に似ていた。


 あの日の僕はアロハシャツにジーパンだった、今の僕は洗礼服に腕を通している。

 あの日は修道服で黒く、この時は聖女服で白かった。


 対比図のようだ。あの頃からすれば変化していると評価する君に、否定はしないけど、確かに初めましてよりは前向きになってはいるかもと述べはする。僕からこうやって関わって、会いたくなったんだから相当だ。


 以前ならどうなろうが知ったこっちゃなかった、残忍で非情な傍観者ではある。歩み出した僕は傍観者ではなく、当事者なのだろう。


 それは初恋ではない、これは損な話じゃあない。僕は恋愛感情をセルフちゃんに抱いてはいないから、はっきりと言える。愛着はある、関心もある、ならこれは友情であるのかも知れない。


 君の事は嫌いじゃないから。だから、僕は懐を漁る。


「きゃ、きゃあ!」

「な、なんのつもりだね!?」

「教会でそのような物を取り出すのはっ!」


 群衆を掻き分けるように、僕の行く手を阻む者は存在しない。左手に握り締めた重厚な鈍色の、なにかと握り慣れた鉄塊は冷たい。


 仄かな温もりもないのは僕の体温が低いからだろう。皮製の容器から抜き出した金属は心底に冷たくて、距離にして五メートルの間隙を埋められる凄味を帯びている。


「……、勇者様」


「何時から、とか言わないよ。僕は嫌いなんだよ、何事も詳らかにする風習みたいなの」


「……、ええ、まあ……存じ上げておりますけど」


 僕は定める。左手は震えもしない、慣れたものだ。経験もあれば、記憶にもある。五メートル、それは思ったよりも遠いだろう。辺りのどよめきを尻目に、僕は冷静に指を掛ける。深遠を中央に据え、外しはしないと確信する。


「勇者様は、それが正しいと思うのですね?」


 セルフルクル・メルクマルクロストは、僕が持ち、僕が向ける回転式拳銃を見てそう言った。薄く笑った顔はどうにも寂しそうで、年相応で、だからなんだって話だけれど。


 両手を結って、祈る少女を見据え直す。


「正しい云々を引き合いに出しても、僕は屁理屈しか言えないけどね。正しいから選べる訳じゃないと思うよ、大抵さ」


 修正を図る度に狂っていくものだ、大切にした分だけ壊れていくものだ、設え(しつら)る時ばかり失敗するものだ、この手を伸ばしたばかりに誤ってしまうものだ。


 左手にある回転式拳銃の使い方を教えて欲しい、この伸ばした手の使い方を正して欲しい、祈ってや願い、最早見失いそうになる。


 僕はなんの所為にするのだろう、他でもない僕が向ける銃を、おいそれと引けない撃鉄を起こし、はてさてなんて言い訳をするのだろう。


 間違えるとすれば僕だろうけれど、誤ってしまうとすれば僕だろうけれど。過去を振り返っても、未来を描こうと、現在には敵わない。誰かを救える人間じゃあないし、助けようとも思いはしないけれど。


 僕は、勇者様と呼ぶ君の為になにかをしなければならないと思う。慕う形にせよ、縋る形になるにせよ、押し付けた形になったにせよ、君は僕を勇者様と呼ぶ。


「どうぞ。勇者様、いつでも」


 両手を広げ、身を竦めるように銃口に顔を向けた。君はそうするのだろうと知ってはいたから、驚もしない。


 君は僕がこうすれば問わない、僕がそうするなら責めないだろう。気になっても、怖くても、信じ切る。疑わない、疑えない。そんなにも感情が豊かでいて、雁字搦めの狂信は揺らがない。


 実に人間的な話だ。押し殺した感情、疑問、困惑に迷走をぐっと結った手の内で潰し、問わず手を広げ受け入れる。甘んじた姿は決して放棄ではないし、僕の選択を一等に直面した君は。


「じゃあな」


 僕は引き金を引いた。


 乾いた音がした。


 寸刻に彼岸花に彩られて、それでも柔らかく笑っていた。顔面に叩き込んだ弾頭は間違いなく貫き、迷いなく砕き、誤りなく咲いた。


 空中に舞う紅玉を、僕の瞳は正確に捉える。引き伸ばされた時間の中にあって尚、セルフちゃんは笑ってくれた。


 そして、衝撃が走る(・・・・・)


 世界に歪な砂嵐が蔓延る。鼓膜を叩く不快な音色と同じくして、後ろに倒れ伏した聖女の姿がブレる(・・・)


 だから僕は、本当に、本当に反吐が出る。


 反吐が出る。


お前は僕を傷付けた(・・・・・・・・・)


 回転式拳銃の残弾は五。竜擬きの事件での唯一の収穫は僕が慣れ親しんだ凶器であり、再び手にした重さに辟易しながら唾を吐き捨てる。


「う、うわああぁあっ!」

「せ、聖女様ぁあああっ!」

「なんてことをぉっ!?」

「きゃあぁあぁあ!」


 喧騒、混乱、八衢に圧壊するような他者の声。長椅子が倒れる音も、乱れた足音も、誰かの声も、お前達の声になぞ僕は一心にも興味はない。


 仰向けに伏した聖女、波を広げた小麦が紅に染まる姿を注視する。真っ赤な顔を、凝視する。洗礼服の白さ、君の赤さ、それだけを僕は覚える。


初めまして(・・・・・)――」


 続けて、三度。顔面に撃ち込む。この世界の銃器は二種類あった、火薬か魔導か、だ。


 僕の手にある回転式拳銃は後者である。反動はなく、音も静かで、撃ったと言うのに今一実感がない。遠くで更に赤が広がって、問題なく直撃しているのだと理解する。


「――そして(・・・)さようなら(・・・・・・)


 残弾は二、躊躇なく解き放った。一度解き放たれた弾頭を回収する術はなく、僕は使い終わった回転式拳銃に興味をなくして背後に捨てた。


 それが、パニックの合図となる。我先にと教会から逃げ出す人々を一瞥し、僕は僕のやるべき事を為す。


 間違えない、違えない、正しくはなくとも誤りでなくとも、悪くはない。


 六回の衝撃、その余韻を確かめて僕は手を握る。ポケットに押し込んで、僕はちょっとだけ顎を上げる。


 倒れ伏す聖女を見下ろして、澄ました顔で、酷く冷めた目で、酷く醒めた顔で、気儘に踊らせた憂鬱を糧にして。


なんとか言えよ(・・・・・・・)


 と。


 言葉をナイフに見立てて突き刺すのだ。

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