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あれはきっと、やさしい勇者様でした。  作者: 千古不易
たられば、これならば。
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このふざけた選択にクソッタレとあめく

「勇者様、どうか……顔を上げてください」


 顔を上げたら酸素欠乏症と更なる二酸化炭素中毒に苦しむ事になるんだけれど、多分、そんな話ではないのだろうな。当然、その落ち着いた瞳に損な話は盛り込まれちゃあいない。


「私は、貴方に救われたのです。あの日、私の……本当の私を見ていたのは他でもない貴方です」


 目尻に光るのは涙だろうか。その涙に意味はあるだろうか、その涙に価値はあるだろうか。どうなるにせよ、形は変わらない。


 頬に走る一筋を、左手を上げてなんとか拭う。


 視界に入った僕の左手は、人差し指以外が四方八方に螺子曲がっていた。このどうにもならない手を見詰める瞳が鈍い銀に輝いていて。


 冷めないで、醒めないで。望んでいたのは、こうじゃなかった筈だ。


「……消えていかないでください、貴方は、生きてください。貴方は、ふとしたら消えてしまうように思うのです」


 ゆらゆらする銀に溢れる涙が、紅蓮に晒され紅玉を彷彿とさせる。拭おうとする、指が震えて上手く行かない。


 僕は、どうやら死にそうだ。


 今は良い、今だけなら生きてはいる。生きようとしていないから、死のうとはしていなかったから、でも、世界や女神って奴は何時も積み上げて来た奴に傾いて、微笑むもんだから。


「努力して、葛藤して、抗って、叫んだ奴が報われなくちゃ救われないだろ……逃げろよ……立ち向かうなよ……」


 僕みたいな半端な奴が救われて助かる?


「ふざ、け、るな」


 損な話があって、あって堪るか。


 報われるべき奴はもっと、もっと他にあんだろが。毎日の飯に困る子供だって探すまでもねえ、難病に苦しみながら夢を語る奴も見渡しゃあいんだろが、僕みたいな薄ら馬鹿に、なんで絆されてんだよ。


「私は貴方に救われ、助けになりたいのです」


「……馬鹿な、んじゃねえか?」


 お前はマジでどうかしてるよ。


 言ってやったろうが、なら、顧みろよ。


 あの時に言ったじゃん。


 言ったじゃん僕は。


 視界が紅い。出血が増したのは、奥底で劈く(つんざ)激怒で打ち放つ血が加速したからだ。火炎の中で体温が跳ね上がったのも、この、じゅくじゅくする憤怒も、烈火の如く心臓がバチギレてんのが分かる。


 頭が茹だる、顔だって歪む。


「て、めぇぇ……()をどうして、()なんか、に、立ち向かうんだよォ……ッ」


 血が散る。陶器染みたアイリスさんの顔が彩られて。今である必要はねえ、僕が死のうが構うなよ。僕程度、癌みたいなもんなんだからさ。


 不適切、不備、不要、異常、異質な細胞は排除すべきだろうが。無理して立ち向かって、無茶して立ち向かって、傷付くてめぇに僕はどうすりゃ良いんだよ。放っといてくれ、もう、僕は良いんだよ。


「優しいですね……どうにもならないほどの優しさで、雁字搦めで……そこまでして、貴方は誰かと関わりたくないのですか?」


「……、優しい……? ハッ……笑える」


「あまりに生きるのが下手な貴方に……私はそれでも、生きて欲しい。ゆえに、私は貴方に誓って、再び、剣を取る」


 銀に、紫が混じる。


 寸刻。猛烈な衝撃。アイリスさんの背後、燃え盛る宿屋の名残が、過半部が消し飛んだのだ。晴天が一瞬映る。炎が暴れ狂って、消し炭が巨大な骨に粉砕された。仮称Xだ、宇宙世紀みたいな無機物質と有機物質を綯い交ぜにした気色悪い兵器。


 耳鳴りは駆動音だ。可動部の摩擦が引き起こした咆哮と、中身が暴れ狂う様が見て分かる。


「あががかッ! ゆう、ゆゆゆゆゆゆ、しゃぁああああッ!」


 ノイズ、砂嵐に食い破られた音声が脳を揺さ振る。アイリスさんは、傍らから白銀を抜き放ち、ゆらゆらと立ち上がる。手を伸ばす、人差し指が服に引っ掛かる。細やかな抵抗に、徐ろに彼女は微笑んだ。


 昔が怖いのは、本来の姿を恐れるのは、貴女が、貴女が英雄や勇者や剣聖でもない証拠だ。正常な証なんだ。


 捨てるって言うのか?


 折角、逃げられた役割に戻るのかよ?


 僕なんかの為に?


 本当に?


 アイリスさんが横に振り抜いた剣が、重くて落ちる瞼すら貫く閃光を発した。銀、眩い銀。銀。


 それは銀の剣。


 髪から、色が抜けて。


 瞳が紫に染まって。


 身体に浴びた火なぞ、どうでも良いとばかりに。


 渦巻く業火に、服が焦がれ、すっとした背が覗く。


 開けた背に走る数式と異能を撹拌した模様が、天使の翼を形成して。


 駄目だ、そんなの、貴女が救われなさ過ぎる。僕なんかに。


 僕なんざに!


「僕なんがにッ! じんぜいをずでるなよォッッ!」


 血が舌に絡む。鬱陶しい、むしゃくしゃする。反吐が出る。


「ばがやろうッ! ずぐに、やめろォッ!」


 肺が、肺が切れそうだ。潰れそうだった。目眩を飛び越す怒りは、僕の声帯を引き裂いて叫ばせる。


 銀の翼は、竜巻のように伸びて。髪が完全に白に堕ちる。紫の眼光が走る。燃え盛る服を片手で引き裂き、銀の数式が蠕動する竜巻が身体に這い回る。数式が、次第に服を形成する。


 まるで、天使のように真っ白な姿で。身体の靭やかさが、丸みが、浮いているぴっちりした白の布。背に靡く垂れ布には、見た事があまりない徽章が掲げられていて。


 でも、知っていた。その模様は、煌々とする銀が象る姿は彼女の。アイリスさんの、水銀(アルファノス・テアン)を語っている。古き言葉と。月と、剣を模したそれは、貴女が、貴女が漸く下ろせた重しだった。


「私は……、……」


 息を呑み込む音。仮称Xが広げる翼が、晴天を覆い影を落とす中にあって、如実に煌めく水銀は。


「アルファああのぉぉすぅうううッ!」


 機械の目玉が小さな水銀を認識した。真っ赤、紅に沈む異形が雄叫びを上げて突貫する。


 アイリスさんは、凄く静かに剣を構えた。否、構えてすらいない。右手に持ち、切っ先を地に向けて脱力しているだけだ。


 ビリビリと、肌が感電する。


 立ち昇る銀の密度が増した。爆縮された銀の本流がぱったりと止んで、突貫する身の丈を優に超えた仮称Xの顔面に相当する装甲を、左拳で殴った。


 金属面に走る亀裂。空気に波紋が広がった。空気中の僅かな水分が天変地異みたいな、空気の収縮と膨張で空間が歪んで見えたのだ。小さな鉄拳が激突した装甲が、ぐにゃりと沈む、


 無造作な拳が、装甲を貫通し、途端、瓦礫を撒き散らして今までの慣性全てを完全に否定して反作用みたいにかっ飛んだ。


 世界があめく。


 熾烈な暴風と、火を巻き込み大地を転がり飛ぶ巨大な機械は馬鹿みたいな光景だった。


 土煙を上げ、宿屋を薙ぎ倒し、林を貫いて尚勢いは収まらない。


 途方もない力で殴打され、制御も儘ならずに大地と岩石と林や宿屋で装甲をぐちゃぐちゃにしながら転がってやがるのだ。僕がそうだったように、明らかに質量が数十㌧で済まない代物が、だ。


 最後は、見えない程に遠い山に激突したのが音で分かる。


 一直線に深々と刻まれた痕跡と、仮称Xからもげて千切れた部品が散乱している。上を見れば、澄み渡る青。吹く風は冷たくて、パチパチ残った灯火の熱すら冷やす。


 身体中の痛みを忘れそうになりながら、僕は小首を傾げるアイリスさんを伺う。左手を握ったり開いたりして、調子を確かめているようだった。


「……少々、力を入れ過ぎましたね」


 苦く、そうやって僕に笑い掛けた。


 貴女は、本当、馬鹿だよ。


 僕は、口を開いたが、声が出ていなかったらしい。アイリスさんは不思議そうに、また笑窪を深めた。剣を手に、僕へ手を伸ばすのだ。


「勇者様、私は貴方の剣です」


 どうか、振るうべき日には勇気を下さい。と。


 さぶらはむはいかに、いかに。と。


 逢ふことの絶えてしなくば、なかなかに人をも身をも恨みざらまし。と。


 君がため惜しからざりし命さへ、長くもがなと思ひけるかな。と。


 そんな、そんな言葉は、卑怯だ。


 僕は口を、仕方なく開いた。


「――――」


 なんて言ったのか、曖昧だ。僕はどう言えたのだろう。唯、アイリスさんの涙を浮かべた純白の笑顔だけは、奥の奥に、ぐっさりと記憶に刺さって抜けそうになかった。


 僕等は普遍なんかじゃない、分かり切っている。僕等は間違った、間違えたのだ。選択しちまったのだ。誰かを殺してでも助かる命を、僕は肯定しない。でも、今日だけは、彼女の勇気に免じて、見なかった事とする。


「……、……勇者様……?」


 遠くで、澄んだ声がする。嗚呼。どうやら、僕は。


 考える。僕は変われるだろうか?


 考えた。僕は変われるだろうか?


 この、ふざけた素晴らしき異世界。


 この、ふざけた笑っちまう異世界。


 ありがとう、本当にありがとう。


 神なぞいねえ。


 神なら不在だ。


 神なぞ、神なんざ、神なんて!


 クソッタレ。


 クソッタレ。


 クソッタレ。


 クソッタレ。


 クソッ。


 クソガッ。


 クソッタレガ。


 クソッタレ。


 ボケが。


 クソッタレ。


 クソッ。


 クソッ。


 クソッタレ!


 クソッタレ!


 クソッタレ!


 こんな世界に!


 僕に!


 なにより!


 お前に!


 あめく!


 クソッタレがあぁああああ嗚呼あぁあゝぁァァァッ!


 百人一首、知ってる……? 古語はこの作品では必須科目でおぶぉ(蹴

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