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王と勇者


 大きな、非常に巨大な扉が僕の眼前に聳えている。木製の扉の取っ手や装飾は権威を示す為にか希少な金をあしらっており、細部の模様からこれまた聖母の姿を象っていた。扉と述べるより城門とすら述べれそうな両脇には、実用性ではなく儀式的な面が強い鎧を着た兵士が一人づつ立ち、今正に開かんとしているではないか。


 内ではなく、外。僕達の立つ方に開かれつつある門は襲撃に備え設計されたのであろう。客間の扉も、此処に至るまでの道すがら存在した扉は全て廊下に向けてでしか開かなかったのだ。これは単純に勢いを乗せ賊が押し入らないようにする工夫であり、僕がいた日本でも歴史の中に散見された仕組みだ。最初にこの城を建てさせた王は実に臆病で細かい人間なのだろう。


 僕達は、完全に開いた門を尻目に真っ赤な絨毯が走る空間へ歩を繰り出す。左右に並ぶ巨石の円柱には国旗が揺らめき、天井から射し込む光はステンドグラスで淡く多様な色を床に落としている。護衛らしき人々が左右に並び、その視線は僕達に突き刺さっている。


 最奥、一段程の高低差がある其処には玉座にしては地味な大理石のような材質で作られた椅子のみ。床と一体化しているようだ。無論、座すべき王の姿は既にある。一目で分かるのは、五十から六十歳だろう点。男性であり、真っ白な顎髭を撫でてやたらに柔和な顔をしている辺りだろうか。恰幅の良い、お世辞にも運動神経は期待出来そうにない腹ではあるが、服の豪華さも相俟って貫禄すら醸しているのだから問題もないのであろう。


 側に仕えた枯れ木色のローブを纏う男性も、痩せてはいるが年齢は大方同じであろうか。王の横に立つとなれば位は高いのだろうし、王とは違って丸眼鏡を光らせる姿は刺々しい。無表情な、細かい事に目尻を上げそうな男性は宰相かなにかであろう。宰相と言うのは、日本で言う内閣の首相の事である。この場合、王の補佐が主要になるのだろうけれど。他に目立つ人物はおらず、王の数歩後ろに軸の振れない騎士が数人立っている程度。


 従者の姿がないのは態々口や耳の数を増やさない為の配慮であろう。左右に控える騎士達も近衛の中でも選りすぐっているのだろうし、勇者との出会いにしては控えめで堅実だ。ありがちな王妃や王子等も見当たらないし、アイリスさんがやや場違いに感じはするけれども、宰相がいてアイリスさんがいるとなると家令(華族に関わる者達の総轄、管理監督運用する人に当たる人物)なのか。或いは、この中で何故か近衛騎士より抜きん出て最も殺人能力を保有しているからだろうか。なんにせよ。


 赤い衣に、宝石を贅沢に使った王冠、正に王と言った風情の男性はなにかを言うでもなく僕達を見据えたままだ。


 柔からかな笑顔の裏では一体全体まともに考えているか分かったものではないけれど、僕達は、そう、僕達は王から五メートルだろう距離で立ち止まった。僕だけ立ち止まった事に気付かず歩いて、顔面蒼白の苦々しい笑みを浮かべたセルフちゃんに無理矢理引っ張られたが、まあ特筆して語る話ではないだろう。


 横目に見やれば、僕を真ん中に右側にセルフちゃん、知らん人、知らん人。左に知らん人、知らん人、アイリスさんが二歩後方。ふむ、知らん人の中には出会った人間もいるのだが。表情はぶっちゃけ不機嫌ですと露わにしていた。勿論他の知らん人達も友好的な顔ではないのだけれども。いや、セルフちゃんを含めなければもう一人糸目の女性が笑顔ではある。


 笑顔だから友好的な雰囲気とは呼べないのだけれど、表面はそれなりに体裁は見繕えているだろう。


「……うむ」


 王の声。セルフちゃんやアイリスさんは両膝を床に着け胸元で手を結んでいた。何時の間に平伏していたのだろうか――ちらっちらっとセルフちゃんが視線を向けて来たが敢えて知らん顔を決め込む。僕に限らず知らない人達は平伏なぞしない、文化が違うから周囲に倣った動きをするでもなく払いたい気分でもないからだ。精々、身を正したりか。


 不敬極まる勇者達を見ても、王はゆったりした顔だ。宰相は反比例して目尻が痙攣してはいるが、口を挟む気はないようである。あくまでも勇者贔屓の対応だ。


「よくぞ、遠き地より参られた。勇者……達よ」


 王の台詞はやや引っ掛かる。達、であるのは想定外なのであろうか。いいや、このニュアンスは言い慣れそうになっていた単語を強制した風である。それこそ誰かを呼ぶような。


「既知の者もいるが、改めて名乗ろう。我はザルツ・デル・アガレス。アガレス王国の王である」


 僕達は無言だった。既知と来たか、アイリスさんやセルフちゃんを示すのか他も含むのかは流石に分らないけれど。誰が答えるべきか、僕は論外だろう。王に対し召喚のいざこざを叩き付ける役割はもっと相応しい勇者に担って貰うべきだ。皆の総意を一撃で知らしめるような、例えば集まった知らん人達は不良君以外は皆女性であるし、男性で獰猛な不良君に期待するのは間違ってはいないだろう。


 不良君を見た瞬間、ギラリと眼光が駆ける。


「なあ、王サマ」


 荒々しい気配、アシンメトリーの刈り上げに鋭利な眼孔。例の不良人種である。やはり勇者関係者であり、良い感じに勇者を体現しそうな空気だ。最弱の勇者より普通ではなさそうだし、中二病を患ってもいないし、身長もやや負けてはいるけれど。蛮勇の勇者とでも呼称出来よう彼は重々しい場に蹴り込んで行く。王は、うむとだけ。


「俺は、俺たちは帰れんのか……?」


 続く言葉は責めるような言い方で、僕達が口にしてもなんら不思議も意外性もなく、第一に訊くべき内容だ。なにをかをする、なにをしなければならない、よりも優先すべき疑問と不満だ。目が覚めたら、気付けば、見知らぬ世界にいた現実に酷く眩暈がした事だろう。僕だけは例外にしても。王、ザルツの顔は僅かに曇る。宰相も丸眼鏡を指で押し上げ心にいとまを作っているようだ。


「……説明、しろよ。俺は……この、くそみてえな今が気に食わねえッ……!」


 明確、揺るぎない怒気。半歩足が出ていたが自らを御して拳を握り固めていた。不良そうな青年の、切っ先の瞳は直向きに王を捕捉していた。


「う、うむ。先ずは勇」


「てめえらが誰とか、此処が何処とか、いらねえんだよッ……! 俺がききてえのは帰れんのかだけだッ……!」


 王の言葉を遮った、普通なら極刑も下せそうな非礼に無礼に横暴だ。気難しそうな宰相っぽい男性は不良君を責めるでもなく、いっそ伺う素振りで言葉の行方を捜している。セルフちゃんの変顔七変化を尻目に不良君の逆鱗に今の状況全てが触れているのか、次第に固めた拳の震えも増している。


「あぁ!? 帰れんのか?! 帰れねえのか?!」


 ドン、と。運動靴が床を踏み込む。鎖に繋がれた獣である、もっぱら。間違えた、語感は良かったけれど正しくは宛らだ。びくっと肩が跳ね上がったセルフちゃんがちょいとばかり不憫だった。


「……帰れぬ」


 沈黙を押した声に、蛮勇の勇者は喰らい付く。


「ああ?! 帰れねえ……だと……? 帰れねえええ? 人を馬鹿にするのも大概にしろよてめえッッッ……!」


 犬歯を剥き、不良君の凶悪な人相が悪化した。鎖がなければ解き放たれそうな印象だけれども、手枷も縛りもないのに彼は更に一歩は踏み出さない。日本人の性か、単純に根が温いのか。どっちにしろその選択は正しい、掴み掛かれば流石に近衛もアイリスさんも黙ってはいられない。相手は腐っても一国の王であり、僕達の価値が勝るとは露にも甘く思考出来ないのだし。巻き添えになる可能性は低くとも話が進まないのは困る。僕だって早く帰りたい、氷菓食いたい、寝たい。欲を切り捨て、理性で脳髄を浸す。


「わかるか? わかんねええからやってんのか? てめえら、なに考えたらできんだよ? おい?」


「勇者様……困惑も、怒りも、理解できます。しかし、どうか今一度向き合って貰えません、ひ」


 ひ、は余計だと思う。口出しされたのでセルフちゃんに迅速に且つ凶刃然に向いた不良君に怯み、何処か純白の衣が煤けたように感じれた。不良君と言えば舌打ちを盛大に響かせ、頭を掻くと斜めに王へ顔を向けている。彼の中でセルフちゃんの扱いに困ったのだろうが。


「勇者よ、帰れぬとは申したが必ずではないのだ。大いなる災いさえ払えば女神の導きがあろう」


「あぁ……? 女神ィ? 導きィ……?」


「うむ、歴代勇者は役目を終えると世から消えるのだ。女神の導きによって、のう」


 それ帰れる保証ないじゃん、と僕は言わない。周囲に流されつつ傍観して一歩引いて他人事にしているのがらしい。そもそも論、僕は独力で平行世界の行脚なぞ欠伸も必要ない位に簡単だ。最悪英雄に助けて貰えるし、危機感が違うのも酷く冷めた目で観察している理由でもある。現状、己に課した枷で不自由ではあるけれども。僕に特別な力はないし、僕は何時も通り普通で平凡なのだ。突っ込みが四方八方から縦貫して来そうだけれども嘘は吐いてはないのだから僕は悪くない。


 女神の導きを期待するにせよ、大いなる災いが明白ではない。順当に行くなら魔王とかが妥当な線ではるけれども。この国が万全でないにしろ絶体絶命ではないと僕は知っているし、勇者達も薄々察しているのだ、この世界がそんなに詰んでもいないし行き止まりでもない事実に。当たり前だ、露店にある物資、街行く人々の表情から汲み取れる活気、悠長にも話す場を設ける王。平和、かは知らないけれども。取り敢えずは曇り空、みたいな。


「窮地と言うてはりますが、こん世界、随分賑やかで平和やと思います」


 独特な抑揚に、脳内が一瞬バグった。聞こえる声自体はなにを言っているかは分からなかったが、不思議とセルフちゃんのファンタジーによって通訳機能が付いた僕には京都弁に変換されてしまった。聞き馴染む言語に酩酊したような錯覚と、つい平坦な心に棘が立つ。関西方面は僕に刺さるから、勘弁願いたいものだ。


 口を開いたのは知らん人。独特な衣装、アオザイに似た衣類を纏う女性だ。糸目に薄い笑みに肩に触れる程度の黒髪。翻訳機能は関西弁を推すが、アルヨやネを付随させた似非中華の方が合っているように思うのだ。長身で細身の女性は優雅な所作で周囲を見渡し。


「あてはウェンユェいいますぅ、しがない商人の娘をしとりました。ゆえ、こん国の豊かさはよーわかる。勇者、とやらがおらへん方がえーとさえ……や」


 ウェンユェ、は耳元の髪を払い笑窪に青を差す。指摘している通り、この国は末期ではない。確かに活気は落ちているみたいだが、詰んで(・・・)はいない。赤や青と対極な色のように王国民は活力の点、生きる日々を捨ててはいないのだ。勇者と言えば絶望的状況を打破する者だが、必要か否かであれば無用な者と言えよう。なにより、一人ではなく僕を含め五人である。


 明らかに過剰だ。それとも勇者には決められた役職が存在するのだろうか、パーティー物の定石ならメインアタッカー、サブアタッカー、タンク、ヒーラー、デバッファーとかであろうか。見た目的にウェンユェさんはデバッファーだがサブアタッカーっぽさもある。神経毒とか塗った針を武器にしてそうだ、不良君はメイン……と言いたいがタンクだろうな。赤毛の野生児が脳味噌筋肉なメインアタッカーで、黒い淑女が呪いそうなデバッファーっぽい。消去法で僕が僧侶になるが、安心して断言出来る、破戒僧だ。


 僕が僧侶役はないな、セルフちゃんの出番だ。脳内で破戒僧或いは聖女のより向いているのはどっちだ論争を繰り広げていると、ウェンユェさんは癖なのか髪を掻き上げ払う。


「あてが思うに、こん国は勇者を必要としとらん。なら、勇者は呼ばへん方がええ。あては金で道理を通す人間やからええけど、そちらさんは最初にあてらへ借金しとるさかい」


 悪辣な笑みだった。卑しい笑み、怪しい笑み、対面の印象は劣悪だ。だが、一部は同意出来る。不良君が切っ掛けを作ったのに便乗しウェンユェさんは話の落とし所の交渉に移っている。より高待遇でより快適な今後を算出し、怯まず実行する姿は強かだ。


「借金、分かるか? あてらを無理矢理連れて来た事や。故郷から引き離されて、知りもせん国の分からん言葉に踊らされて、おどれら分かっとんのかいな」


「……、その点は国を代表して真摯に詫びよう。我は、勇者達に酷な願いを押し付けておるのも承知しておる」


「ほなら、やらんやろ。おどれは分かっとらんね? 嵐に雷、火事に地震に噴火に津波、人は大概避難せえへん。逃げるのが遅れんねん。もっとまえから分かっとってもな」


 ウェンユェのにまにました笑顔と、細め開かれた瞳は翡翠に滲む。日本人でもないし、僕の惑星の人でもなさそうだったが文明のレベルは大差ないように思う。


「なぜや? 簡単な話、捨てられんさかい死ぬし間に合わん。せやね、おどれが生きてきた財産を放ってられるほどに人間頭おかしないねんな。分かっとらんよ、あてらの気持ちとおどれらの気持ちの違い、ほんに分かっとらん」


 王は、言い淀んで口を結ぶ。ウェンユェの言葉は軽くはなく、言い知れぬ圧を帯びていた。実体験を、肉に染み付いた怒りや悲しみを糧に教訓として刻んだ者の言葉である。人は理性だけでも生きて行ける、理性だけで生きる人間はいないけれど、それは感情が生きる上で欠かせないからだ。


 心を持つ同士、互いに譲歩して最低限の秩序を共有する。人と人の付き合いで大事なのは信頼と信用だ。昨日出会った隣人が人を殺す世の中で人間同士の共生は不可能だ。相互に殺さないから仲良くしようね、と決めて馬鹿みたいに盲信するしか人間関係は成り立ちようがない。妥協して盲目になって信じるしかないのだから。現実、王が示せる僕達への対価は如何程か。衣食住の三拍子に生命保険は付加されてはいないだろう、勇者なのだから。


「せやからな、アガレス王。そこそこの期間の衣食住の保証と、王都での商売権は欲しいさかい……頼めるかいな?」


「……、勇者が商いをする、と?」


「自立せな、あかんやろ」


 王は宰相に目配せし、短い遣り取り。その間際に、ウェンユェは一歩出て僕達に向いた。両腕を広げ。


「あてから、あんさんらに提案がある。察しとるのもおるやろうけど、あてに限らずこの世界に生きて行かなきゃならん。けど、王からは離れた方がええ」


 不良君はぶすっと憤りの行先を見失っていたが、ウェンユェの言葉に反応した。


「帰れねえなら、そりゃ生きて行くしかねえーが。悪いって思ってるんなら衣食住くれえなんとかしてくれんだろ」


「せやねえ、そっちを選ぶと勇者の役を押し付けられそうやん?」


「つっても、国は平和なんだろ? 危険な感じしねえが」


「まあ、危機とちゃうわな?」


「……あー、俺は妹にさえ会えればなんでもいーんだよ。ウェ……ウェンユェ? さんのいいてーのは、恩があるんだからなんとしろってのがイヤなんだろ?」


 実に鋭い。不良君の評価を更に上方する。


「せやね、勇者ってあての世界やと戦うんよ。戦うって事は死ぬかも知れんちゅー話やし、あては非力な商人の娘。切った張ったしとる時代の人間に勝ると自惚れとらんさかい、せやから、提案や」


「……あー……だから一緒に、かぁ。商売なんざ知らんぜ、俺」


 肩を竦め、不良君は言った。


「ええよ、別に。最初は荷物持ちや護衛や忙しいやろうけど、安定したらあての真横におるだけの仕事になるし」


 あては美人やし損はないやろ、と人差し指で頬を触り小首を傾げて見せた。不良君は若干迷って。


「んー……でも帰れる方法がないだろ」


「金は、大体なんでも出来んねん」


「……いやまあそうだろうが」


「愛も恋も金で買えるさかい。別に守銭奴って訳やないで、金は大切や。大切なものの次に大切やから、金は使えんねん」


「いやだから方法なんだが?」


「傭兵雇う、で大いなる災いを高みの見物する。消えればあてらは導きで帰れるっちゅー寸法やね。悪い話ではないやろ、誰がするより結果が全て。勇者やからって前に出る謂れはないしな」


「……たしかに、そうだがなぁ」


 話が終わる頃、王の視線に一早く気付いたウェンユェは踵を返し王に向いた。


「王様はどう思うかいな? 魔王倒すんに勇者である必要ってエンルェリに食わせたらええと思わん?」


「エンルェリ?」


「エンルェリ……」


 エンルェリとは、なんぞ。犬か、なにかしらの生き物のようだが。


「勇者様、エンルェリとは?」


 ずいっと、セルフちゃん。良くぞ質問してくれた。僕も分からない、翻訳機能限界だ。


「え、んー、道端におる足一杯の長いやつ。あての頭くらいのやっちゃねん、なーんでも食うし節操ない虫やね? あての方だとそんなもの捨てなんしって感じの言葉や」


 なにそれクソでけえんだけど。頭程の足が一杯ある長い虫、百足にしてもでけえんだけど。キモ。僕が引いてる中、不良君も同郷っぽいから顔を顰めていた。想像してしまったのだろう。ジョブ聖女のセルフちゃんは固まってしまったし。


「ええねんそれは。王様、どないやろか? 大いなる災いってのには協力したるさかい、あてに商いをさせえや」


 悪くない提案で具体的な話だろうと、ウェンユェは言外に突き付ける。認められるならそれで良し、認められないならなにを仕出かすのかは不明だ。


「うむ、宰相たるセルブもそなたを認める方が良いと結論を出した。我に異論はない、が、他の勇者を引き抜くのは待って貰えないだろうか?」


「なに言うてはるんおどれは。これは対等な交渉やない、あてらは自由にさせて貰う」


 余りに不遜な物言いだった。激情に苛まれ、近衛騎士が抜剣するまでに。


「最早見過ごせんッッ!」


 態度が悪い、王に対して敬いが足りない、かてて加えあの台詞だ。激高露わに、赤面した騎士は強く床を踏み込んだ。


「貴様のようなやつが勇者であるものかッ!」


「あほうがッ!」


 即物的な行動だ。ウェンユェは予測していなかったのか、目をやや広げ上段から剣を振り下ろす騎士を凝視していた。回避は間に合いそうもなく、男手の不良君も手が回らない。必然、鋭い切っ先はウェンユェの凍える美貌に突き刺さる未来が見えた。踏み込みから飛び込みまで洗礼された一撃をどうにかするなぞ淑女たるウェンユェには到底不可能だ。


 空気の裂ける音。セルフちゃんの悲鳴。


 真っ赤な線が空間を切り、閃く。眩い赤。


 金属同士の火花。真っ赤な髪が、遅れて靡く。

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