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炭鉱の町Ⅱ


 才能とか欠落とかそういうの、腹に一物抱えた人間ってのは一種の物の怪とか怪傑とかの類いで、人里に降りる為、彼等なりの言語を持たなければならないのだと思う。そうした彼等なりの言語ってのは文字通り言葉として、絵として、音楽みたいな表現になるのだけども、往々にして理解を得るには視座の違いから狂いが生じるものだ。


 閑話休題(損な話は横にどーん)、僕は炭鉱の町の宿屋にいる。椅子を回し、背凭れに腕や頭を預けるように座していた。


 部屋は簡素なもので、ランタンだけ矢鱈に凝っていた。昼間から戸を閉ざし暗がりに包まれた室内で、椅子二つを突き合わせ、間に緑に灯るランタンを配置している。


 対面は勿論、子供だ。椅子に座らせている。ついさっき目が覚めたようで、瞳は真正面の僕を見るや否や怯えに染まった。僕は勇者じゃないから、全く悪い行いではないのだと確信している。


 同時に、ずり落ちていたキャスケットみたいな帽子を子供の頭に添えたりもする。手を伸ばせば届く距離だけれど、手が及ぶ範囲だから、流石に簀巻きにはしていない。逃げられても困らないからだ。因みに宿屋の店主には勇者の徽章を見せびらかしたので、善良なる市民のまま暗鬱に沈黙を貫いて頂けるに違いない。


 人の善意とは悪意に負け易いものだし、それを十全に理解する僕だから権力を利用する。権力最高。勇者最高。って内心思ってはいる。勇者ってのはアガレス王国で二番目の権力者だ、飲食店で料金を払う必要もなければ、町中で誰かをぶっ殺したって問題にならない。王政だし、貴族社会だし、人権ってものが未だあやふやだからだ。


 改革の最中だからか、法律と地位による軋轢や摩擦が絶えない昨今、勇者って存外不安定な足場に立っている事も把握している。実際問題、限度はある。第一にアガレス王が許さない、第二に法律もある、第三に利もない。唯、風潮として一つ言えるとするならば。


 町中を徘徊し、それなりの娘が僕に求婚を迫ったり、謝礼に娘を差し出したりなんざ、まじでザラにある話なのだ。法制国家としての風情はないけれど、変わったばかりだし、王が死んだ訳でもないなら当然か。


 目の前の子供は、僕に怯えて手を抱えている。


「――君、名前は?」


「……うぅ、……」


「名乗らないならそれでも良いけどね、僕も名乗らないだけだし。じゃあ、質問には答えてくれるかな」


 緑のランタンは僕が用立てた。硝子の細工を弄ると色合いが変化するので、なんとなしに緑を選択しただけだけれど。部屋の空気感ってもんは演出したものだ、態々昏睡している間にせっせこと用立てた甲斐あって拘束してもいないのに逃げやしない。


 同時に、こいつは小娘だ。倫理観を僕は振り切れるので、気絶している間に普通に確認した。勇者とは、と脳裏でもう一人の僕が問い掛けていたけれど、勇者じゃないの一点張りで蹴り飛ばし今に至る。


 バレてはないと思いたい。服は、ちょっと着崩れしたけど、まあ大丈夫だろう。そんな余裕ないだろうし。ぐっと、椅子を倒す。顔を近付けた。


「君さ、この紙を僕に渡そうとしたよね。忍び込ませるってのが気に食わないけれど」


 ひらひらと、紙を目前で晒す。小娘は涙が滲んでいたが、泣き出すでもなし、反応を追加で伺う。加え、僕はけったいな性格をしているから疑いもする。年齢だけで評価や当たりを変える人間ならば、僕はこんなにも終わっちゃあいないのだ。誇らしさで生きてはいないし、生きていて誇らしく思ってもいない。


 なので、贔屓もしていないし惑わされもしない。流されはするかも知れないけれど、この小娘が()()と識別した上での行動だ。つまり、勇者だとか白い服を着てるだとか、を言われたにしろなんにしろ、僕に渡さそうとしたのだ、そんな話。


「うーん、困ったな……。君は言われただけなのかも知れないし、深くは関係しないかも知れないんだろうけどね。どうせ小遣い稼ぎだったってつまらない話なのかも知れないけれどさ、あんまり良い選択じゃあないかな」


 他の貴族にでもやれば、不敬罪になる可能性が高い。僕は図々しいが、不敬だからって当たり散らす馬鹿でもないし体裁も気にはしない。失墜する名声もないから当然ではあるが、逆に勇者だからって気楽に請けたのやも知れない。


 下手な貴族だったら盗人扱いされて即切り捨て、とかになりそうだ。アガレスにも様々な人が住んでいるし、良心が豊かな人ってのも出会えるかは別の話である。


「気配を消すのが得意だからって自惚れたりしたのかな? それとも、単純に簡潔に利に対した害ってのに至らなかっただけなのかな? ああ、それか、そうだな……態と捕まったりしてないよね?」


 巧妙な暗殺者の線も一応はあるけれど、まあ、それはなさそうだ。間抜けにして杜撰だろう、寧ろ。となると、強要か快諾か、のどちらかだ。個人的には後者だと考えてはいるけれど、念の為質問はしなければならない。


「内容知ってる?」


 鼻先に翳す。恐る恐る、目が左右に動いて考えている。


「わ、わか、んない、です……」


 敬語、抑揚に違和感。アガレスで耳に馴染む言葉遣いではない。


「まあ、そう言うよね」


 概ね予測通りで想定内。問題は紙の手記、内約は詰まる所。


「なんで……たすけて(・・・・)なんだろうな……?」


 小娘に渡した人物か、或いはもう数段の仲介があるのか。日本語で書かれた内約に、正直驚いてはいる。日本語を書ける(・・・)人物ってのは限られるが、一応存在するのはレイちゃんから知った。


 レイちゃんとかある程度は日本語分かるみたいだし。が、然し、何故今なのだろうか。辺鄙と言えば辺鄙、商人の往来はそれなりにある。定期的に炭鉱資源を陸送する商会があるからだ。他にも、工芸品であるランタンを求め足を運ぶ商人も存在する。


 ので、はてさてこの娘はどんな経路と経緯を辿ったのか、である。


「君は、此処が地元?」


「……」


「紙は誰に言われたの?」


「……」


「それは、言えないの? 言わないの? どっちにしろ僕の心証は悪くなるばかりだね」


「……」


 埒が明かないな、うーん。僕そんなに信頼や信用が出来ないだろうか。怖くないって感じでもないし、頻りに部屋を見渡してはいるのだけれど。


「君って誰なの? ああ、哲学じゃないよ。単に、何処の誰でなにをしてるのかなって。僕はさ、一応……」


 すげえ不本意だな、名乗りたくない。肩書に得心が行かない。誠に遺憾である。


「――うん、まあ、勇者らしいんだけどさ」


「……しって、います」


「へえ、そっか」


 成る程ね、理解した。僕は馬鹿だし阿呆だけれど、分かる事には滅法強い。身嗜みは良いし、なにより。


「君さあ……アガレスの人じゃないね?」


「……っ」


 動揺が映る緑の瞳。アガレスは金髪に碧眼ばかりで、緑はちょっと珍しい。居るには居るが、帽子で隠すような事をせず誇るような人が多数だ。アガレスの貴族連中からすると他国の血って蔑む輩も存在するみたいだけれど、それはほんの僅かばかりの倒錯者だ。


 目の色だけで差別したり云々はアガレスにはない。終末人種の悲劇を語り継ぐ中で、王族が金髪碧眼だからそれを尊び、剰え自らの格を、外堀を固めたいだけの過激派の論法だ。暴論でもある。アイリスさんとか茶髪に茶目だし、雑種扱いするのは頂けない。と言うか、医学的に遺伝子ってのは多様化しなきゃ種滅の道真っしぐらだし、馬鹿なんじゃねえかなと。


 親族だけで血脈を紡ぐとか、遺伝子的に終わっちまうって事だ。奇形だったり、欠落だったり、優れたってものは少ない。まあ、世の中色々あるけれど。竜界でも有り触れた話だが、あっちは人類種であって厳密にはホモ・サピエンスではないのだ。


 故に、この世界の人類種ってのもホモ・サピエンスか疑わしい。人間、ではあるのだ。人種ではある。


 レイちゃんは人を『社会性を持ち、言語等を用い相互に意思疎通を図り、尚且つ自己と自他に思想する者』と定義していた。じゃあ、それってロスウェルも人じゃんって突っ込んだら『獣に人、最たる相違は人たれば創り、思慮し、相互に語り、先に歩むものゆえ』と言っていた。


 要するにロスウェルは人らしい、納得出来ないんだけど。


 ガランシャッタちゃんは『二足歩行で自己認識と他者認識を保持し、賢くも愚かな生物』と定義していた。じゃあ、ロスウェルは違うけど君達は人だねって言ったら『余は完全で、二足歩行であるからな!』との事。否定しろ、お前は触手移動してんじゃねえか。


 いや、そりゃあ定義からして大方は間違ってはないんだけれど。大きな枠組みでは人、に、なるのは仕方ないのだと渋々頷いた。人の形をした丸々、みたいな話だろう。目の前で竦む小娘は人だ。


「……んー」


 人、だよな。角もないし、翼もないし。気になる、とかだと靴はそれなりに新品で、慣れないのか歩き過ぎか靴擦れを起こしてはいたけれど。


 よし、人だ。多分そうだ。


「……集国……でもないな。あっちは抑揚的に下がるし……うーん、帝国かな? うんそうだな、きっと」


「……どうしてっ」


 女の子に僕は目を定める。


「方法なんて幾らでもあるよ、世の中、法則性や規則性や物事の捉え方ってものが溢れてるだろう? 偶々、僕は君の母国言語体系に触れていて知っていただけだからさ」


「ちがッ!」


 椅子から立ち上がった、勢いが激しくて椅子が倒れた。


「誰の為にかは知らないけどさ、頼りたいって話なら君が譲歩すべきだよ。僕は君を疑うし、信頼や信用を君は売らなきゃならない立場だ」


 椅子を傾けたり戻したり、体重移動させる。ギシギシと椅子が悲鳴を上げ、目の前の、小娘呼ばわりはそろそろ止めるべきか、ええっと、金髪の女の子は僕の仕草に落ち着かない様子である。椅子に座る僕と立った女の子は目線が揃う。


「……あなたは、なんで……なんで王宮言語(・・・・)を使えるのッ」


「……、……んー」


 無意識ではあった、が、そうだ、僕は日本語を話してはいなかった。最近、ウェンユェや殿下、商会や重鎮ばかりと面を重ねていたので自然と言葉回しが堅苦しくなっていた気もする。王宮言語と呼ばれるのは、生来はアガレスの言語ではなく、三国列強で用いられる公共語指定された物となる。


 足して、公共語の中でも細分化されていて王宮で使用される言葉は難解だったりする。見栄もあるし、名言したくなかったりもあるし、理由は良いとして一般的に使われる語彙ではないのだ。否定するって意味合いの言葉だけで何十種類あるのか、僕の把握する否定の意味合いを含む言い回しは五十二種だけれども。


 そんな訳で、僕は無意識に言い回しが王宮側に偏っていたのだと思う。と言う事は、この子は複雑な言い回しや言葉通りだけでなく異なる意味を含ませた言葉を理解した事になる。


 王宮言語ってのは本来の意味合い以外の意味を含ませていたりする。あなた(愛してる)とか(恋してる)とか、そう言った感じ。アガレスならではの言い回しだと熟れたルシア(大きな成果)とか。ルシアってのはレイちゃんが時折豪快に咀嚼する果実で、アガレスに於いてとても見掛ける果実である。


 王宮言語って奴は例えば、熟れたルシア(大きな成果)左手(方策、方針、思惑)を添えれば陽に(日が昇る頃=)語りき(短く長い期間)並ぶ棚に思い馳せる(実態に思想する)。とか。なにが言いたいって、単純に、大成果と言うが見栄になってないか、なんざ皮肉や戒めだ。


 一般的な市民には馴染みがない筈だけれど、得体の知れぬものを見たように半歩身を引く女の子を再度認識する。


「僕は勇者だしね」


 言い訳しつつ、無理があるかなとも思考を回す。頬を掻く、勇者を言い訳にするのが良い訳もなく、セルフちゃんなら半目で睨んで来やがるだろうけれども。


「――細かい話は良いとして、君がどうして頑張って必死なのかも知らないし、君がどうして一般的な子供っぽくしてるのか知らないし、君がどうしたいのか知らないけどね。僕が今感じている印象は良くないな、怪しいから守衛に差し出したりして拷問するのが定番なんだろうけど」


 それはしない。密偵にしたって行き当たりばったりだろう。僕が此処に来ているのを知ってる奴なんて少ないし、正直、偶々な気もする。


「どこまで……分かっていますか?」


「なにも知らないよ、分からないね、全く。憶測はあるけど確定はしてないし。君が王宮言語に馴染みがある誰かで、高貴な誰かの言伝を僕に叩き付けたのは知ってるけど」


 女の子は、震えていた。生唾を嚥下する、細い首。握ったら折れそうな首だ。日焼けも少なくて、然し爪は短めに切られていて、王宮言語に精通していて、身分を隠そうと男装して、言葉遣いに気を配って、知っているのは分かる事だけだけれども。


「……、これが……勇者……」


 年齢に反した鋭い目、暫し間を置く。


「で、君はどうしたいの? 多分、勇者の中で二番目に話し掛けたら駄目なのが僕になるんだろうし、ちょっと残念だけど諦めて全部話してくれないかな? 力になれそうなら、力にはなるよ。どうせ拒否しても否定しても巻き込まれそうだし……」


 これは本当にそう、後回しにしたら背後から鈍く突き刺さって来やがるので、今回は流され方を変え、試しにやや前向きに激突してみたい。好転すれば良し、変わらなければ良し、悪化するなら詮方ない。


 面倒って後手に回ると最悪に変化するのだ。なら、面倒の方が幾分かマシだろう、きっと。椅子に顎を預ける。女の子は僕を品定めするかの如く爪先から毛先まで緑の瞳でなぞり、徐ろに目を強く絞る。


 考えている。どうするのかを。僕からは静観、傍観に専念して下手に口は挟まない気分ではあったが、そう言えば、と思い起こす。


「君には謝っておくよ、ごめんね」


「……、……?」


 色々と。


「ゆーしゃーさまー?」


 なんて鼓膜を打つ。扉が開いて、聖女が頭を生やした。数秒、僕と女の子を見比べて、眉間を押さえ、溜息を盛大に吐き、目尻を指揉みして、ぱんぱんっと頬を叩く。


 無言で歩み、椅子に座る僕の横に。


「うりゃあ!」


「うわー、やーらーれーたー」


 椅子から転げ落ちた。なんとなしに分かっていた、多分セルフちゃんならそうするだろうって。痛くはないし衝撃もない、洗礼服は偉大だ。戸惑う女の子を背に諸手を広げ、実に透き通った眼差しを横転する僕へ落としていた。


「勇者様」


「うん」


「どうかと思います」


「そうかな」


「どうかと思いますよ、ほんとにっ」


「セルフちゃんだってどうかと思うな」


「いいえっ! あーもう、勇者様は、ほんっとにっ!」


「僕が悪い前提だよね、うーん、無抵抗はやっぱり罪になるものかな」


 横転したまま僕は吟味する。


「節度! 潔白! 純正! 清らかたれと女神様がお導きなされているこの頃、どーやったらこうなるんですかっ!」


「女神様は赦してくれるさ」


「不本意ですがっ! 女神様はあらゆる咎を赦してくださるでしょーねっ! でも、勇者様なんですからっ!」


 びしっと、指差し。横目に、涼やかな顔のアイリスさんを伺う。挨拶は終わったようだ。となれば必然、炭鉱の調査が控えている。茹だるような倦怠感と億劫と憂鬱が積もるけれども、今更かと諦観もする。


「あのさ、セルフちゃん」


「はい、なんですか、勇者様」


 勇者を強調された。


「僕は勇者様じゃないんだけど」


「……、はあ……」


 溜息じゃなくて、もっとこう、別にあるだろうに。


「それに、その子には……」


「ゴースさんが! 炭鉱の調査を正式に要請しました! ほら、早く行ってください!」


「えー……」


 横になると睡魔が襲う、寝不足は解決してないのだ。セルフちゃんの勢いに流されつつあるのは自覚するが、身は起こす。倒れた椅子を直しながら、思考の領域を分割する。片方は女の子、もう片方は主目的に。


「まあ、良いさ。君がそう言うなら、僕としては興味はないし……。竜の方はもう一通り考えたからさ」


 セルフちゃんの剣幕に簡単に圧し折れて、僕は身体を解す。竜の正体を明かさねばならない、そうすれば自然と真相に辿り着けるだろうから。仕方ないが、炭鉱の入り口に向かわねばならない。


「アイリス、勇者様を護衛してください。わたしは大丈夫なので」


「……ふうん?」


 それは、ちょっと、心が躍る展開だ。二人だけ、薄暗い閉所、悪くはない気がする。なんざ思ったりしつつ、アイリスさんはと言うと拒否したりするでもなく、女の子に鋭い視線を送り、なにかに納得したのか淑やかに首肯した。


「はい、そのように」


 つまり、僕とアイリスさんのデートが決定したのだ。良いね、悪くない。


 問題があるとすれば死人が出ている現場なので、少々懸念材料が散見される点だ。考えた通りならば問題らしき問題はないけれど、念の為、万が一の為に。女の子の震える手を握るセルフちゃん、小さな背中に言葉を投げる。


「気をつけてね」


「はい? わたしが、ですか?」


「そうだよ」


「はぁ、まあ、はい。わかりました?」


 曖昧な顔ではなく、なに言ってんだお前って顔のセルフちゃん。態々忠告したのは危ないから、ではなく、セルフちゃん相手だと逃げられそうだからだ。最悪、会うのは今日を最後に随分と先になるかも知れないし、是非とも逃さないような工夫や意識を持って欲しい。戸締まりをするとか、目を離さないとか。


 逃げられたら、まあ、逃げられたなんだけれど。セルフちゃんは理解してなさそうだったので、どちらにせよ無駄な話ではある。理解しても押さえられるかは別問題だし、取り敢えず思考を切り替えて固まる首を解す。


 先ずは、噂の出処、竜とやらを拝まねばなるまい。


「……、竜ねえ……」


 どうにも嘘っぽい、だから、やる気も上がらない。考え付く結論は限られるし、限られるから僕はどうにも魯鈍に転た寝したい。正直に述べると怠くて眠くて面倒なのだ、シルトに帰ればやらなきゃならない事が山積みだし。


 唯一の救いは今回はアイリスさんが一緒でちょっぴり嬉しい。気分は依然として重いけれど、文句は内に押し込み、そうやって今日も今日とて踵を返す。流されてはいる、またふらふらとはしている。だけれど何時だって慣れはしないし、慣れようとも思わない。


 セルフちゃんを見やれば女の子慰める姿、聖女として申し分なく、そう言えばセルフちゃんは聖女なのだと反芻する。僕からすると聖女って肩書は似合わないと思うけれど、慈愛に満ちた穏やかな横顔は妙に脳裏に焼き付いた。


 上向く睫毛に、潤む碧眼に、小振りな唇に、そして小麦畑の髪だ。背中姿は、どうにも一枚の絵に映る。セルフちゃんは、思考を途中で切り捨てる。


 僕には合わない考えだ、いいや、そんな言葉で誤魔化すのは卑怯を越えて卑屈だ。正しく言い直すべきだ、僕なんかが考えるなんて烏滸がましい話だと。そう、気付いたから。


 瞼で拭う、雑念に酔う感覚に身を半歩引き画する。線引きする、境界線を認識する、誤差は許せない。僕なんかみたいなのが勘違いして間違えるのだ、許されない、赦されない、そうあるべきだし、そうなって良い。


 僕は、他者から距離を置く。肝心な部分では蚊帳の外になる。僕は、僕の事さえ分からないのだから。

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