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炭鉱の町


 アガレスの炭鉱は幾つか存在するが、シルト近辺で比較的に大きいと言える炭鉱は限られる。そもそもの話、アガレスは目立った炭鉱がなく金属の物価も比例して高いのだけれど、純粋に埋蔵資源に乏しいからと言うべきか、掘る際の損失が上回るからと言うべきか、悩ましい。


 掘削も人力頼りが多く、安価な爆薬は開発されてはいない。然し、ダイナマイトの代用として魔石を用いた発破を可能としている、が、魔石資源もアガレスは豊かとは述べれない。ので、結局は消耗と利益の面から機械及び人力に頼るのが一般的だ。発破可能ではあれど、コストパフォーマンスの問題に万年頭を抱えている訳だ。


 僕はそんな事を考えながら、炭鉱の町を見渡していた。蒸気の上がる配管や、魔石により動く機械類も実物を見るとそれなりに興味深いものだ。ガソリンや電気ではなく魔石により稼働するので、魔石の供給が他国より乏しくて魔動機と呼ばれる機械群はあまり普及はしていない。


 アガレスの中で見られる場所は限られるが、正に此処が数少ない魔動機観察スポットである。今は動いてはおらず、屈強な男衆が機械群に腰掛けて話に花を咲かせている。それも、昼頃に漸く辿り着いたからだ。町の活気は深い森を抜けたとは思えない位にはあって、がやがやと洞窟から溢れる男衆が伺える。


「くぁー、目がいてえなあ!」

「飯時だ飯時ー」

「おい、午後からは魔動機で厄介な岩石どついとこうや」

「魔動機ぃ? 発破かけりゃええだろ?」

「発破はいかんってよぅ、頭がいってたろぅが」

「んだっけか」


 今日は快晴ともあって、男衆は眩い太陽に目を細めていた。僕達と言えば、馬車の管理を任せつつこうして男衆を観察し、町の散策をしていた。男衆の賑やかな騒音を横目に、あの明るさで死人が度々出ているのかと考える。


 見た所、ヘルメットはなくとも頭に布を巻いているし、そこそこに安全意識はありそうだ。洞窟の外にある名札を反転させ、小屋に向かう男衆を見やる。洞窟の中に取り残されていないか、の確認だろう。そう言った方法を導入しているのだから安全意識、に関しては妥協をしてなさそうに思う。


 不慮の事故、はあるのだろうけれど、行方不明になる原因は仕事内容でもなさそうだ。崩落云々ならばそのまま噂されるだろうし、そうなれば自然に要因ってものは。


「?」


 袖を引っ張られた。振り向けば少し不満そうなセルフちゃんの顔、なにかした覚えはないのだけれど、記憶の引き出しを探る。うん、やっぱり分からないな。分からない時は素直に質問するべきらしいし、取り敢えずセルフちゃんの顔色が朝よりは良くなった事を確認しつつ。


「勇者様、先ずは、挨拶……と言いましたよね」


「そうだったかな」


「言いましたよ? もう……、此処の管理をしているゴースさんに挨拶をですね、しませんかっ」


 両手にぐーを作って、ふんすっと気合いを入れている所悪いけれど、僕の気力は母の腹に忘れて来たのだ。やる気で物事に対峙しないけどさ、そもそも。


「随分、やる気だね。なにか思い入れでもあるっけ」


 目の下の隈は薄くはなったが、目端は未だに血走っている。聖女だから、より強烈だ。


「……礼儀だと思いますけど」


 冷静に、そしてシンプルな答えだった。それを引き合いに出されたら立つ瀬もないけれど、僕は理想と現実の合間に引き起こされる差異と天秤に焦点を当て、ちょっぴり意地悪な台詞を回す。


「昼食が先でも良いんじゃないかな」


 提案して、僕は空腹でもないなと気付く。セルフちゃんは僅かに揺れたっぽい。


「……むう」


 セルフちゃんは頭の中でなにやら計算しているようで、僕の気力のなさに嘆息して、とても納得してなさそうな表情になった。


「お腹は空きましたけど……」


「焦っても疲れるだけだよ、大体の物事には全力になるべきでもないしさ」


 全力の出し方も忘れて本末転倒なんて話も絶えないけれども、適度で適当にとは横着と無配慮ではなく物事への対応が正確に適切である事、とは誰の言葉であったか。


 孫子かな、デカルトかな、太宰かな。多分そう、部分的にそう。


 当たり前の事を言ってるから、そうに違いないな、きっとね。


 頭の中に渦巻く戯言に翻弄されないよう、うんきっと彼奴等なら言ってんだろ、なんざ押し売って意識をセルフちゃんからアイリスさんに移す。


 アイリスさんはきっちり且つかっちりとクラシカルな侍女であるので、町の粗暴な雰囲気から乖離していた。メイド、とは言え、大貴族に仕える為に衣服は細部に拘りを感じられた。


 それはアイリスさんだから、ではない。王宮の侍女に配られた制服一式がそもそもに専任の職人が仕立てた物だからで、袖にあしらわれたカフスも単なる留め具ってだけでなく、王宮仕えであるのを示す徽章の刻印、しかも宝石類に金による細工が施されているのだ。


 カフスの宝石は侍女によって種類が違うらしく、アイリスさんのは観察する限りラピスラズリだと思う。本人に問うまでもないから詳細は不明だけれども。侍女服は全体的に大人しい印象だ。華やか、とは呼べず、地味とも言えず。


 絶妙な仕上がりである。匠の成せる技か。


 モブキャップに、うなじから垂れる纏め上げた茶髪、純白のエプロンに深い紺の侍女服。正にクラシカルなメイドさんだ。視線に気付いたのか、アイリスさんと目が合った。


「どうかなされましたか?」


「いいや、なにも。ただ、そう、悪目立ちするなって思ってさ」


 僕は洗礼服だから真っ白だし、セルフちゃんも聖女バージョンだから真っ白だし、アイリスさんはメイドだし、異様な三人衆は明らかに男達の奇異な目を集めさせている。態々近付いたり話し掛けたり、じろじろと執拗に睨んだりもされないけれど、確りと見られてはいる。


 部外者だからとやっかみがある風体でもないし、物珍しさはあっても障らぬ神に祟りなし、だ。触らぬ、だったか?


「……なんにしても、いきますからねっ!」


 念を押された。まあ、いずれにせよ。


 彼等が積極的に関わって来ないならば、それはそれで問題はない。昼時だからってのもありそうだけれど。にしても、竜による行方不明ねえ。まじなら笑えないが、どうも僕にはそう思えない。


 シルトからロスウェルが消えて二週間程度、流石に居着くには早いだろうし。


 踵を返し長のゴースとやらに歩を向けたセルフちゃんの小さな頭を見下ろし、面倒ながらに、億劫で未だ寝不足気味だけれど追従する。こうして背を観察するとセルフちゃんは本当に小さい。同年代では普通なのだろうけれども、アイリスさんや僕が並ぶと差は明確にして歴然だ。


 成人ではないが聖人である為に、背負った責務は莫大だ。真っ青なチャジブルとストラの揺れをついっと見やれば、きらっとした金属特有の反射が網膜を突く。原因を注視すると、丸に十字を合わせた形をした装飾だ。


 拳大はあるだろうか。あんなに大きいと重そうだけどな。


「……?」


 聖女服ってこんなに豪華なものなのか?


 身体の揺れに合わせ、衣服の端々に吊るされた装飾は、女神教会のシンボルだ。略式のシンボルは太陽を象っている、らしく、丸十字の金属がしゃらしゃら鳴っていた。背中側は、正直あんまり見た事がない。


 セルフちゃんとは面と向かって話すばかりだし、背を追う事も少なかった。思い返せば追われてばかりな気がする、初めまして以外は特筆して。


 何時やら扉で流血させたな、あの時も滅茶苦茶背を追われた。兎角。


 セルフちゃんの纏う聖女服は見事で、本当に綺麗だった。


 金による細やかな刺繍、菱形に配置された四つのシンボル、そして小麦畑の長髪だ。爽やかな風が頬を撫でれば、ゆらゆら揺蕩う様を拝める。アガレス産地の果物の甘い香りが鼻孔を擽り、ふと前を行く小柄な少女に引け目を感じる。


 もしや僕はかなりの無礼者なのではないだろうか。多分、きっとクリティカルに。


「セルフちゃん」


「はい?」


 振り返りはしなかった、最近僕の扱いが上達していて関心する。


「服凄いね」


「……、はい?」


「いやさ、背中側って地味でもお淑やかでもないよね? 色合いは少ないけど、華やかだし」


「あー、そうですね? わたしは聖女ですから」


「聖女だから?」


 聖女だから、ならば質素で潔癖で純白であろう。


「どうして聖女だから、なの?」


「うーんと、聖女はですね。他の修道女に背を向け祈る(・・・・・・)ばかりですし……? 自然と、導くとか……示す、とか。そういった意味をこめて背はこうなってます」


 空を仰ぐセルフちゃん、シンボルはどうにも重々しい。


「へえ、確かに、言われてみれば。うん、合理的だな……」


 女神教会での聖女、とは導きであり道標であり兆しでもあるのだろうか。女神様とやらを模してもいるらしく、だからああして背が華やかになるのだろう。


 また糧になるのか分からない雑学染みた知恵を得たけれど、そんな事を脳裏で捏ねていれば、一際大きな建物が目に止まる。


「炭鉱って言うけどさ、鉄道とかないの」


「鉄道ですか……うーん、帝国や集国では一般的ですけど、魔動機列車はアガレスにはないですね。魔石不足で……」


 魔石不足か、切実だな。


「ふうん。じゃあ、あの建物は?」


 大きな建物を指差した。工場っぽい。配管だらけだ。


「どうなんでしょうねー? 分からないですねー、なんだろ?」


「そっか」


 近頃やっぱり扱いが雑だ。僕だって雑だから詮方ないけれども、思えばセルフちゃんの中でササクレってものがなくなって、前向きになれたんじゃないかと思ってる。悩みがなさそうな顔や風体に反し、小柄な体躯に重過ぎる責務を背負っているのだ。


 聖女だから、何時だってその一言が成人してもいない幼気な少女に茨の道を進ませる。


 菓子が好きで、紅茶が好きで、目新しい催しが好きで、そんな少女を。下らねえ話だと僕は思う。周りに強要されるのは、英雄や勇者や、聖女だってそうだ。


 何時だって他の誰か、自分なんてちっぽけな奴なんて相手にすらならねえもので。それを怠慢だとか責務の放棄だと宣うのを、断じて、許容もしないし看過も出来ない。僕は極めて強い言葉を選り繰って非難するつもりだし、そうして生きていた。


 勇者なんかじゃない。何度だって何時だって宣言する、宣告する。


「あっ、この町の工芸品ですよ」


 くいっと袖口を引っ張られた。


 セルフちゃんは聖女なのに男女の交友ってのに警戒心がないし、無垢だった。指差す工芸品は、旅行者向けに展開された露店の品だ。柔らかな光源は魔力由来の灯りで、鮮やかな硝子のような物で作られたランタンだった。


「ランタン?」


「はい、ランタンはこの町で有名なんです。仕事に使うから、と……珍しい金属とか、魔力結晶もありますからね」


「魔力結晶と魔石って違うんだっけ」


 年寄りの店主に会釈し、ランタンを屈んで観察する。色鮮やかでいて、実に柔らかい光だ。電気や火でもなく、魔力とやらで動くから特別弄ったりしなければ熱がないのが特徴だ。


「魔力結晶は、掘ったら出ますから。なんでしたか……確か……」


「……希土類に近いもの、かな」


 魔力が結晶化する経緯には興味があるけれど、魔石と魔力結晶は別物らしい。どっちも固形化した魔力ではあるのだろうけど。


「あっ、その顔は……わかりますよ、わたし」


 したり顔のセルフちゃん。


「うん?」


 僕は先を促すように口にした。


「ずばり、お腹が空いてなにか食べたい顔、ですねっ? 焼き菓子とみましたっ!」


「……、……」


 言いたかった事が脳髄から零れたな。なんだっけ、なんだったかな。


「…………砂糖菓子?」


 種類じゃねえよ。


「…………集国の干し芋?」


 だから種類じゃないんだよ。なんでこんなに見詰めてくるんだ。いや、僕は朝食を忘れたりしてまあいっかって諦める人間だぜ。空腹ってものにやや疎いのもあるけれど、貰えたら貰うだけ、欲しくはない。


「あの、違います?」


「いや、僕は別に……なにもないな。まあ……」


 辺りを見渡せば、休憩する作業員が焼き菓子を口に放っている。セルフちゃんこそ欲しいんだろうけど、指摘するのは野暮だろうか。


「――セルフちゃんってさ、案外ひとを見てるよね」


 本当に。僕の表情や態度の微細な変化を察した上で、セルフちゃんなりに言葉を選んでいるように思う。


「よくわかんないですけど……勇者様は時折、別のところをみてますよね? 景色とかじゃなくて、どう言えばいいのかな……? うーん……」


 しゃらしゃらとシンボルが輝く。


「現実とか……、ですかね。目の前にある……()をみてなかったりして、()をみてるのに()に向ってる、みたい……で?」


「とんちかな」


「以前仰っていた言葉なんですけど」


 じとっとした目に、頬を掻く。記憶領域には該当する台詞はない。


「そうだっけ」


 記憶にないな、そんなに。思い出せそうにもない。また、袖を引っ張られた。


「勇者様は……すごく、傷付きやすいですよね……?」


 唐突な火の玉ストレート、僕は一瞬言葉に詰まる。


「……、後ろ歩きだからね」


「こう……なんと言いますか……、いっつも、なにもなくても勝手に傷付いてませんか?」


「……、前には進んでるつもりだけど」


「だって、勇者様は……どうしてか勇者様なんです」


「……、いやだから勇者様じゃないんだけどな」


「そうではないんです、勇者様……」


 袖を引っ張られたままに、目線が交差する。疲れていても、目の下に隈があっても、透き通った碧。太陽を受けて複雑に濃淡が変わっていた。


「勇者様はどうしていつも、いつも、死にそうなんですか……?」


 人を淡雪やガガンボみたく扱うのは失礼だろ、とか、そんなに貧弱にして脆弱だろうか、とか、可愛いは殺せる理論なら君こそ正に、とか。


 巡って、唸って、言えなくて、気分の移ろいの如く瞬いた。


「生きてるよ、今の所はね」


 と、だけ答える。


「勇者様…………」


 言いたい事を言わない顔だ。唇を結び、瞼で想いを拭って、細く息を切る。


「ゴースさんはこの鉱山管理を任せられた方で、さらに言えばシルトの領主……だったダウナー家は……その」


 正門に吊るされた巨大鐘に屋敷ごと押し潰された、と耳にする。ダウナー家の血筋が見事途絶した為、シルトの再建は難航していると言えよう。有力な商会、シルトの詳細な地図以上の地理知識、各種部門の重鎮への連絡云々、色々あるけれど。


 現在、一時的にウェンユェを筆頭に再建計画を組み上げている。これは宰相、王が他国の目を考慮した働き掛けらしく、セルブさんの話では勇者って存在を一つの外交手段としたいとの事。


 故に、ロスウェル討滅から早二週間、主要な都に勇者クラン、セグナンスの名は轟いたもので。脳筋ばかりな武力の塊って印象が定着する前に、ウェンユェは再建を確約し利権掌握に打って出た訳だ。


 シルトの前に横たわるロスウェルの亡骸を早々に解体せねばならないし、商会の管理もせねばならない。ウェンユェは全く寝ている様子はないけれど、寧ろいきいきしていた。僕や文官やセルブさんは疲労困憊ではあったけど、じゃあ彼女の仕事量が少ないかと問われれば否である。


 なんなら、僕が処理する何倍あるのか、ちょっと把握し切れてはいない。単純に種族の差、でもある。勇者クランで忙しいのはウェンユェと雑事で使い走りをさせられるおっさん三人衆と、僕だけ。


 ヘルさんや太陽君はリーダーであるタウタを失ったコミュニティとの接触や、消沈してなんか悩んでそうなモルちゃんとやらと暇をしている。暇、とは言ったけれども、実際は火事場泥棒みたいな輩とかへの牽制もあるからな。


 町中を警備しつつ瓦礫除去なりにも手を貸しているし、暇とは呼べないか。


「でも、不憫な話だよね。正門の鐘が屋敷を潰して、剰え、誰一人生き残らないなんてさ」


「そう、ですね……」


「不憫って話なら鉱山の……」


 振り返る、アイリスさんを止める。そして、僕は腰丈位の影を目で捉え、懐を漁ろうとした手を掴む。相手は気配を消していた、が、僕は耳が良いので見逃さない。触られた感覚が、より、入って来た情報の誤差で僕は気付いた。


 相手は、小柄な子はぎょっとした顔だ。右手首をがっちり握った僕から逃れられる訳もなさそうで、古来人種(ラルヴァスダラーダ)でもないくすんだ金髪の子供だし、力をやや抜く。


「はなせッ! いてぇよっ! いてぇってんだろッ!」


「ふうん」


 身を引く子供を軽く捕まえたままに、冷静なアイリスさんと不思議そうにするセルフちゃんを見る。そして子供を頭から爪先まで観察する。


 スラムの子供って風体でもない。物珍しさからか、目的が今一はっきりしない。シャツに短パン、頭に帽子。靴も別段汚らしいとまでではないし、いよいよ分からない。物取りでもないのだろう。と、右手でくしゃくしゃになった一枚の紙を見付ける。


 話は少し変わるけれど、アガレスには羊皮紙だけでなく紙だって普及している。当然、真っ白で良質な紙は貴族や王族の書簡に限られるが、少し素材の色味がある紙ならば市民も容易に入手可能だ。


 なんでも、レイちゃんが関与した技術らしい。製紙技術と機械図形を導入し半世紀、アガレスは着々と羊皮紙から脱却している。ので、子供が持つ真っ白な紙(・・・・・)は、当然相応しい地位と権力を示唆するものだ。


 もう片手で紙を奪う。


「てめっ! はなぁあせぇよおーッ!」


 子供が暴れ、喚くので。ぐいっと力任せにアイリスさんに投げ捨てる。アイリスさんはと言うと、乱雑に投げた子供を両腕で捕まえ、顔面を胸元に埋める形で拘束及び沈黙を完了とした。


 なんとも慈愛に満ちた微笑みを携え、子供を見下ろしているではないか。


 子供の足が空中でじたばた、って、えなにあれ超羨ましいんだけど。


 じゃなくて、身長的に宙ぶらりんだ。ちょっと目が離せないのを堪え、無理に目を紙に。さっと広げる。


「……うん?」


 なにも書かれてはいない。


「後ろじゃないかと?」


 ずいっと覗き込むセルフちゃんに促され、反転させる。確かに、言われた通りだった。読むべき文字列が伺えたが。


「なんです、これ……?」


「……、ちょっとこれは僕も考えてなかったな」


「私も見ても?」


「あ、どうぞ、アイリスさん。って言っても、読めないでしょうけどね」


「これは……何処の言語でしょうか。集国で用いられる三言語に類似してはいますが……」


 僕は、改めて宙ぶらりんの子供を伺う。多分、この子は関係がないのだろうけれど、一応念の為、記憶には残す。ん、足動いてないな。


「アイリスさん」


「はい」


「息してる?」


「はい?」


「いや、その子」


 指差す。アイリスさんはばっと子供を胸元から引き剥がすと、子供は白目を剥いてがっくりとしていた。


 おっと、殺ったか? と、冗談っぽく思考し、手を口元に。


「息は、あるね。よし、ちょっと気になるし……ゴースさんの挨拶とかはセルフちゃんに任せるよ」


「え!」


「アイリスさん、その子貰うね」


 力の入ってない子供とは存外重いが、小脇に抱えて紙にもう一度目を走らせる。


「じゃあ、セルフちゃん、アイリスさん、後は任せた」


 しゅたっと手を挙げ、僕は踵を返した。ちょっと冷静に俯瞰したら、これは拉致並び監禁になるのではと勘繰れたし、思考が先に到達していれば踏み止まれたけれども、この瞬間は宿屋に向って迷いなく直進した。


 後々になって、ちょっぴり後悔はした。が、多分同じ状況だと同じ対応をするだろうから結局は考えるだけ無駄でもある。


 少なからず勇者だからって体裁が僕にあれば良いんだけど、僕は勇者ではないと自覚しているし主張する。


 僕は勇者ではないので喜んで見知らぬ子供を昏睡させ、荷物のように小脇に抱え、かてて加え無愛想な顔で、更には拉致し、剰え宿屋に軟禁するし、全く良心が痛まないし恥じるべき行いだとも思わない。


 なんなら僕は僕の正当性を訴える。故に、か。


 勇者でありながら見知らぬ子供を拉致し監禁する事にした。それは昼の穏やかな陽気の下、即時且つ対時及び粛々に黙々と行われた然り気無い選択だった。


「ぅ、ぅう」


 子供が唸る。歩行に伴って圧迫されるからだ。小脇に抱えた理由は、無論、勿論、私怨だった。


 主人公の豆知識

 聖女服、実はかなり重いんだけれどさ。フル装備すると飾りだけで五キロ加算されるって辛いよね、それに案外彼女は運動音痴って訳じゃなかったりする。


 重いし、動き難いから仕方ないけれどさ。セルフちゃんが普段着たがらない理由でもあるね。

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