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九十九の言葉


 第一宇宙銀河ジパング支配領域、第三アバラス系超大銀河並列最外縁及び第十二ヘルタ超大銀河外縁内、ジパングの中枢区、座標にしてニグラス超大銀河第五十六太陽系内より。



__我が神を信仰給うなれば、証を彫るとよきあとは__


__我が|神《ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ》の導きあらんことを__


__よき彫師を紹介したり__


__之、友とす__


__偽と謀れや、我が|神《ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ》愚弄するなれば__


__猜疑に溺れるシュブライよ、あゝ__


__我が|神《ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ》なれば全知たるぞ__


__十一次元も到達せぬ種よ、勇ましきは野蛮似たれや__


__|神《ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ》知らぬといふなれば__


__拝謁は叶うまいよ、新なるぞ種に手向けう事なかれや__


__|神《ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ》会ひし種、限るる__


__ヌバタマの、虚、おつるる道のなきことは、なれど__




 見渡せば厳かな仮面の部隊、(こうべ)を垂れて畏れを表し身丈を縮める。額を床に擦り付け、目も合わせずに、だ。怯えるように、小刻みに痙攣する者共にζη∌∅ψχκ∝ωξμΣのジパングの眼差しが贈られた。


 奉る事に眉も動かさず、絢爛豪華な喪服、のように黒き衣装に身を埋める姿は、黒い薔薇のようだ。億劫そうに、青白い指は座の肘掛けでリズムを刻む。


「あゝっ、偉大なるかな、大いなる祖よっ!」


 大仰に仰いだ男は、星図の天幕に両手を掲げる。


「あゝ、我ら信徒へ眼差しを贈り給うこと、なんとっ、寛大かっ!」


 複雑に絡み合った星図の玉座、咲く黒薔薇を彼は讃え崇める。眼差しに、黄金郷の民は目を合わせない。なれば、そのジパングなる眼差しに歓喜する彼は、何故歓喜するのだろう。


 厳かに傅く(かしず)黄金郷の民、仮面の部隊は声を殺し微動もしない。仮面の闇に隠れる瞳だけが、じっとりした肌触りを与え、黒き薔薇を直視する彼を咎めていた。


「あゝ、なんともはや……現人神たる身のなんと、なんと……現に過ぎたる美しさかっ……!」


 ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは、口を閉ざしたまま。


 静かな吐息に、豪奢な衣装が揺れる。足を組み、見下ろす先に有るのは緋色の瞳をした青年だ。仮面の部隊に囲まれた中、彼は歩を奏で星図が反応して玲瓏に鳴り、大振りな会釈を披露した。


「シュブライが、ヨヒム。名乗る非礼をお許しくださいませ。我ら真なる母星を失いし流浪のシュブライを、ジパングへと招いて頂けたことに、陳謝致す限り」


 ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは、口を閉ざしたまま。


 微睡む眼が、時折瞼で拭われて。指先は肘掛けを叩き、眼差しには熱も寒もなく、何時までも平坦だ。


「……、シュブライは救われました」


 男、ヨヒムの緋色が黒薔薇を見上げる。星間の座に咲く一輪は、果てのない虚空のようだ。ふと、肘掛けを叩く指先が、気持ち強くなった。


「…………、そう」


 相槌に、厳かな仮面の部隊がざわりとした。声を出した訳でも、動いた訳でもなかった。唯、そう捉えられよう色合いをしていたのだ。歩を奏でる青年は、黒薔薇の声に目を開く。


「……、シュブライを黒虫(アーザーマゥア)らの脅威より掬い上げて頂いた身、尽くすことをどうか、どうかお許しを」


 片膝を突いたのは、ヨヒムの星では最大限の敬意であった。が、ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは特別に崇められようと祀られようと畏れ(・・)られようとも、気に止めた風体ではない。転寝(うたたね)をするように、憂鬱と平穏を撹拌(混ぜ)させるような、そんな眼差しだ。


「そう……、然し。シュブライは、……死するもの」


「……なん、と?」


 耳を疑う言葉に、彼は、青年は眉を歪めた。


二度(ふたび)、言を打てはしない。わたくしは…………はぁ」


 ゆらりとする星間の図式に、青年は当惑する。


「シュブライは、裏切りなぞ……! シュブライの民は、黒虫(アーザーマゥア)らに、喰われッ……苦しみッ……ゆえにッ…………くっ?!」


 青年は胸を押さえる。極度の重責、種を背負う会談だ。種の命運に関わる拝謁であるからだ、心臓の不規則な動悸に、呼吸を長引かせて平静にならんと。


「そう……、わたくしの視るそれは……、克明で、虚でもなければ……実のあるもの」


 青年を見下ろすジパングの瞳に、青年は足が絡み尻を強かに打ち付ける。怒りでもなければ、哀れみでもない。威を帯びているでもなく、自然に理解を強制される。不条理にも、真理で真実で。


「…………シュブライは、救われるのですかッ……!?」


 頭を抱える青年は。青年は、震える声を上げる。


「死するものよ、わたくしはそれ(・・)を知り得てしまう。故に……シュブライの……民へ。言を贈るわ……」


 嘆息を一つ。黑薔薇は足を組み直す。


「貴方は、千と二の時を生き……そして、死するわ。シュブライは一万の時を共にし、|ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ《言語化不可能》に到達せず……滅びを迎える」


 黑薔薇の指先が虚空を撫でれば、星図の間は点滅し、電子的な数式が舞う。急ぐでもない指を辿れば、ジパングの母星(母船)らしき姿が空に拡大され、浮かんだか。傍らには二千億人(・・・・)を収容し完全自給自足を達成するシュブライの()が非常に小さく存在した。通常銀河船(那由多級)が小さいとは述べれようはないのだが、比較対象をジパングにすると話は変わるのだ。


 それも当然だ、第一宇宙領域に座すジパングの船は第三から第十二超大銀河の外縁までもすっぽり収めている。壮絶に巨大な船は、最早物質と言うべきなのかも、完全不明である。


 第一宇宙領域を飛び越えるジパングの船に比べれば、通常銀河船(那由多級)シュブライの命綱は途方もなく小さいものだ。


「……シュブライ系、の……二千億の民は、種としての壁に至り……|ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣ《言語化不可能》により死するものよ。そう成るべくして、導かれゆくのだわ」


「我らは……繁栄しないのですか……、終わりを、祝されるべき日に、こうも突き付けるのは。なにゆえ、なにゆえなのでしょうッ?!」


 腰に力が入らず、二千億人を代表して、唯一人で送り出された男は訴える。


 何故、そのような残酷で冷酷な言葉を手向けるのかと。


 何故、今になって突き放すように言い含めるのかと。


 何故、後になって掌を返すか如く突き付けるのだと。


 横長の耳が男の言葉に反応し、小さな小さなシュブライの船に眼差しを向けた。


「そう、正しく在ろうと生きるのは……素晴らしいのでしょう。嘸かし……清く……尊いのでしょう。それのみは。……わたくしを正しいからと在るべきでは、ない。のでらして?」


 正しいのではなく、正しく生きたい。とζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは伝える。


「もし……そう。わたくしの視る全てが正しいのならば……、わたくしこそは…………いえ、お忘れなさって」


 言葉を切る。シュブライの母船を流し見て、困惑と恐怖に染まる青年はζη∌∅ψχκ∝ωξμΣを仰ぐのだ。


「……、貴方は……どうか、そのままにわたくしを否定なさっても宜しくてよ」


 祈り、のような声に青年は言葉を口の中で詰まらせる。


 そんな砌。宇宙の中にのような此処で、斜めへと目を向け、ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣはヘルタ超大銀河外縁から迫るナニカに意識を飛ばしていた。


「……シュブライの民は、アレを黒虫(アーザーマゥア)と呼んでらして?」


 アレ、とは。なんぞ口から漏らし青年は振り返る。そして、肩を強く跳ね上げた。黒い虫だ、宇宙を埋め尽くす黒い虫。此処が宇宙の中であるようだからか、目と鼻の先に蠢いているかのようで、生理的な嫌悪に血の気が引いていた。


 小刻みに、そうだと首肯する青年を確認するとζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは指先を回す。


「わたくしは、アレの名を知らない。故に、ジパングはアレの名を語らない。然し……そう…………。アレは、一匹一匹がシュブライの船より大きいわ」


 那由多級より巨大な、虫。が、悍ましい量で世界を埋め尽くしている。


「……わたくしは、死することはないわ……。断言しましょう、シュブライの民……ヨヒム」


 指先がくいっと下りれば。眩く黒い閃光と、夥しく悍ましい虫群生は、ぱったりと宇宙から消え失せた。ジパングに搭載されたデブリ用クリーナーの一基が滅却したからだ。あんまりの光景に、青年は又もや言葉を失う。


 ζη∌∅ψχκ∝ωξμΣは言う、囁くように、歌うように。


「わたくしは、シュブライをジパングに歓迎致しましょう。どうか、わたくしを……否定なさること、切に願いますわ」


 と。


 大いなる人、高潔なる人、いと尊き御方。神なる人、八十八の名を持つ彼女は、或いはそう、黒き勇者ともいずれ呼ばれよう彼女の一幕である。

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