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プロゲーマー


 春風太陽、高校二年生にしてブラコンにしてプロゲーマーである。あらゆるジャンルを網羅しつつも、一等に思い付くのは人類限界の精度で魅せた試合の数々、界隈的に縮小傾向のある格闘ゲームは外せないであろう。或いは世界有数の大型FPS大会で魅せた即断、即決、有言実行能力であろうか。それともロボットゲームで大会勝率十割を叩き出した生粋のイレギュラーさだろうか。ハクスラと呼ばれるジャンルで魅せた全体指揮管制能力であろうか、剰え恋愛ゲーム評論界隈にも顔を出し魅せた女心を理解する所であろうか。


 有名プロゲーマー、春風太陽は歪な経歴を持っていた。しかし、実に面白い事に彼が最もやり込んだゲームは妹に誘われ始めたMMORPGであったのは有名でもなくなんでもなく、あくまでも彼はミリタリーシミュレーションゲーム、ミリタリーサンドボックスの金字塔M3で活躍するアジア最強コミュニティの人間だと評価されている。


 武器はM4に各種カスタムを施された基礎装備で、地味で緩急の激しい命が軽いゲームで活躍した撃墜王である。のだが、彼は全く真逆のジャンルであるファンタジーサンドボックスを好んでいた。


 病弱な妹でもゲームが可能な、意識を電子世界に飛ばす技術の革命は、世界的なヒットを起こした。その世界で妹は勇者であり、それを支える一行として充実していたのだ。歩く姿に、走る姿に、笑顔で抱き着かれてセクシャルハラスメント警告に悩まされたり、それが春風太陽の幸せだった。


 ドラゴンと戦うのだって、有り触れた薬草採取だって、楽しかったし充実していた。


 今現在、春風太陽は剣片手にMMORPGで培った知識と経験を存分に生かしていた。その表情は険しく鋭い。薙ぎ払う攻撃で巨大な兎のような魔物の首を刎ねて、流れる動作で背後に跳躍しカマキリに似た魔物の首に掴み掛かる。


 体格差は歴然だ。大型の熊なぞ鋭角な鎌で一撃必殺しそうな凄味があったが、鉄棒に跨るように軽やかに巻き付くと三角な頭と細い首の接合部に剣を突き立てる。抉り込んだ剣と、軋み。金属音のような絶叫と黒い血液が呼応する。


 吹き出した血を浴びながら、更に力を込めて、体重を剣に乗せる。強靭な筋組織を一刀で断つのは至難だが、関節部を狙い適切な角度で斬れば頭は存外に呆気なく地に転がった。


 転がる頭と同時、カマキリから飛び降りた春風太陽は剣に纏う血を払うと、背後を見やった。其処では常軌を逸した現実があった。


 真っ赤な長髪を地に引き摺り、今正に熊っぽい生き物から熊パンチを喰らう女傑の姿。振るわれた腕の風圧ですら、付近に土煙を起こす力を持っていたのに、直撃した女傑はガードするでもなく直立していた。まるで巨大過ぎる大木に体当りした子供のように、殴った熊こそが転倒するのは異様な光景だ。


「んー……」


 腕を組み首を傾げる女傑、ヘルは尻餅を突く熊をその灼熱の瞳で睨むと。


「なあ、この熊さんはぁ……倒しちゃいけねえんだっけ?」


 と、呑気に宣う。熊の狼狽えた姿を尻目に春風に顔を向け、警戒のけの字もない。春風太陽は塵のように消える血飛沫を流し見つつ、剣を鞘に押し込む。足元に、塵から出た魔石が転がった。


「一応、魔物じゃないし放置。魔石は回収できねえと金にならねえしなぁ……獣の皮にも価値はあっけど、生態系のバランス? って魔物を倒す熊とかのおかげらしーぜ?」


 少しだけ阿呆で気の抜けた喋り方をして、親しみ易くする。それが春風太陽だ。自然体の己が静かで無駄かないから、妹に叱られて親しみを求め口調も変えた。不良みたいな見た目は元からで、中身はガリ勉タイプの男子だったのだが。ヘルはそんな春風の言葉に、熊へ顔を近付けた。


「そうかい、んじゃまぁ……ワン!!!!!!」


 衝撃波が広がった、叫び声に耳鳴りが止まない。ふらふらと木にぶつかって、春風は頭を振るう。視界がぼやけていたが、なんとか持ち直すとヘルの前に熊はいなかった。


「よし、よーし。で、そろそろ着かねえのか? 乗り物が馬車ってのもなぁ……空飛べるやつとかねえの?」


「ねえよ、あったらのりてーし。最悪の手段はあっけど……でも、基本は馬車だなぁ」


 馬車、と呼ぶには馬っぽくない大きな亀みたいな生物が引き手ではあるが、移動速度は自転車程度は出ている。王都から離れれば道整備は粗悪になり、気付いたら土色や草木が茂る道になっていた。時折すれ違う馬車も二十は見たか、三日目の昼になる。


 馬車にサスペンションの概念はなく、尻の痛さはクッション代わりの藁束で誤魔化す日々。尻が四分割されているかも知れないと危惧している最中、野営準備の合間にこうやって魔物狩りを並行させ安全確保していた。


「一人で走った方が早いか……? 山一個越えたら着くんだっけか?」


 真剣に頭が可笑しい発言をするのを尻目に、大地に転がる魔石を麻袋に詰めて行く。


「いやぁ、此処まで来たんだしさ、どうせなら一緒に行こうぜ?」


「んー、それもそうかねえ。そういやぁ、セグナンスってやつは結局魔物退治するって感じかい?」


「そうそう、ドラゴン退治で新生セグナンスを有名にしつつ魔物退治をするらしい。なんだっけな、そうだ、固定した本拠地はねえみてぇだし」


「ふむ……本拠地があった方が楽なんじゃねえの? 他の大御所はそうなんだろ?」


「いや、それがそうでもねえんだよ。魔石取引だけは都市によらなきゃなんねえけど、ウェンが目指してんのは遊撃クランってやつでさ。各地方、各国を巡るってスタンスなんだよな。利点としては俺らの目的、災厄を調べる事にあるし……後はコネかなあ」


「つっても、行き当たりばったりにならないかい?」


「さあ? 考えてんじゃね? ウェンだし」


 今後の方針は把握しているものの、事細かには説明されてはいない。あんまり首を突っ込んで言い争う気力もないし、口論で勝てないのは会って三日目で把握していた。なので春風としても今後とやらには一株の不安はあるのだが、ウェンユェが考えなしに行動しないのも当然理解している。


 それなりに信頼と信用があるのだ。


「おう、坊主は終わったか」


 血塗れていた剣は、滴る際に塵になっていた。スキンヘッドで存分に太陽を照り返していた。太陽に向けて太陽をぶつけるとは如何なものか、男、ゼンは血塗れであれ快活に笑う。藪を抜けてこうも屈託のない、少々顔が厳ついままに笑われては春風も気持ち親身に感じる。


「魔物ってすげえな……」


 魔物の血肉は暫くすれば塵となり消える、その理由は生き物ではないからだ。春風太陽はプロのゲーマーだ、これまで関わった作品にはリスペクトを欠かさない。不満や憤りは作品に対してどれだけ賭けているかが分かる指標だと考えている。スポンサーを持つ身として作品を貶めないよう日々を積み重ねたと自負するものの、完全にとはいくまい。


 人間誰しもケアレスミスは起こすし、システムエラーよりヒューマンエラーの方が圧倒的に割合を占めるものだ。であるので、なるだけエラーを回避するには関わる作品の要点は調べ学ぶに限る。


「あん? 魔物がすげえ? なにがだ?」


 ゼンは衣服から風に乗って散る血肉を見やって首を傾げた。


「魔物ってよ、結局なんなんだろうなぁーって、思うじゃん? シッドテアンで習ったのは、えっと……そう、魔物は生き物じゃないって奴」


「おん。魔物は生き物じゃねえ……らしいな? つってもおれぁ……門外漢だからよう。セリアテスのが詳しいだろうよ」


「魔力が……意思を持って襲うって感じなのは分かっけどさぁ。まじで消えるもんなぁ」


「おん。だからよぉ、魔石だけ抜き取りゃ解決だな、あぁ、坊主は魔石の取り扱いは習ったか?」


 腰に下げた麻袋を示した。


「一応習った。でっけえやつは聖女の洗礼品の箱に入れんだろ?」


「おん」


 不満はないのか、気さくに頷いた。と言うのも魔物の体内、中心核の大きさは様々だ。巨大であったり、特殊な色合いだったりすれば専用の箱を必要とする。魔石に蓄積された存在の保持が、小さければ勝手に霧散するが巨大であればある程に他の干渉を拒絶して、倒したのにまた魔物が出来上がる事例があるからだ。


 黒き大地で跋扈する魔物は魔力密度や量が膨大で、どれもこれもが巨大らしかった。アガレス王国近辺では拳サイズの魔石を数十年に一回確認する程度で、大方は五百円サイズだと春風は知っていた。不思議な色合いをした石、帯びた属性に影響され色彩は変化するもののアガレス王国で主に取れるのは地属性の魔石だ。


 地味な、土色のガラス玉である。


「にっしても、野営の準備とか手伝わなくて良かったのか? 俺、一応習ったぜ? 簡易拠点のやり方」


 キャンプと大して差はない、杭を打って布を三角に広げるだけだ。焚き火をして、感知術式が組み込まれた魔石照明、つまりランタンを吊るせば終わりである。


 ランタンの原料は魔石なので困らないし、なにより誰かが夜警に立つのだから。春風太陽は未だに夜警を任されてはいなかったが。


「あん? おせぇだろうがってのは冗談で、お嬢に頼まれてっからな」


「え? ウェンが?」


「おめえ、ほら、赤竜と戦うんだろ? 勇者の力ってのに慣れねえと死ぬぞ」


 死ぬぞ、と言った顔はふざけたものではなかった。鋭いながらも春風は頷く。自覚はある、今ですら自らの力を用いて人間らしくない(・・・・・・・)動きは可能だが、鎌にでも一撃を貰えば御陀仏である。


 自らの保持する力は、この世界に来て授かったものだ。()かに与えられた(・・・・・)ものであり、()かは分からない。しかし漠然と頭では理解出来る。慣れ親しんだものでは決してないが、一ヶ月以上も付き合えば輪郭は嫌でも掴めるものだ。


 恐らくは、自らの経験したゲーム体験の投影。何処から何処までかは分からないし、今一要領が掴めてはいない。一度、ウェンユェの頼みで使用してからは極力『MMORPG』だけを捻出している。と言うのも『FPS』や『格闘ゲーム』のジャンルは非常に危ういのだ。


 手加減が出来ない力は人を殺す、と早期に理解した。ウェンユェに公開した手札は、春風の経験上一番厄介だった格闘ゲームのとある技にある。下段判定、発生フレームは脅威の一である。手で引っ掻くモーションを目視した時点で、逆説的に直撃しているので、あれはやばかったと春風は反芻する。


 クソゲー、と言われれば否定は出来ないが、それなりに愛着のあるゲームであった。木に向けて放つと、その技は大地すら抉り木を薙ぎ倒しもした。であるからにして、春風は最もプレイ時間が長かった『MMORPG』を基盤に変更した。


「……『MMORPG』だけでもやれるとは思うんだよな……不安定なビルドだったけど、だからこそ隙がねえし、ミスに強いから安心だし……」


 顎に手を添えて春風は呟いた。身体はある程度の動きを再現出来たが、どうにも一時的だ。もっと意識的に切り替えるイメージをした方が良いのかも知れない。ロボットゲーのように戦闘モードを起動するイメージをなんとか固定したいものである。『MMORPG』ではその器用さで大概のジョブを使いこなしたものだが、メインと言われても春風は困る。


 相手に合わせてスタイルを変更するタイプであるからだ、プロゲーマーの病と言うか、感覚派ではないプロゲーマーと言うべきか。春風は自信がある我を持たない、これは別に卑下したものでも職人タイプを軽んじた思考でもない。


「ハル坊は考え込むばっかりじゃないかい、ガツンとやれ」


「おん、そうだぞ坊主」


 ヘルの言葉にゼンも賛同した。


「いやでも、大事じゃん? 対策と対応ってのは。どんなゲームも、ガチるなら避けられねえし……」


 『MMORPG』はガチかと問われれば、少し違うのだが、春風はどうやれば自らの型を反映出来るかを思案する。


 相手に合わせて手札を揃えるスタンス上、逆になにをどう切れば良いのか指標がない。


「だからさ、ガツンとやりな。レク坊みたいになれ、とは言わねえさ。ただ、あいつみたいな侠気は必要さね」


 サムズアップするヘルに、春風の目はにべたい。


「知らねえーよ、困る……侠気ないか? 俺けっこー覚悟決められるタイプだぜ?」


 妹の為なら世界だって滅ぼせる自負がある、少なくとも覚悟の度合いは半端ではない。大真面目に人だって殺せる、だからこうして竜退治にだって向かうのだ。ウェンユェの示した未来設計は信頼に値したので従うし、異論もない。


「んー……あたしが思うに、あんたの言ってる覚悟ってのはちと……違う気もするが……」


 燃えるような髪を掻き、それでいて静かに言葉を濁した。ゼンや春風を悠々と見下ろす巨躯でありながらヘルの印象は裏表がなく親しみ易いものだ。勝ち気であれど何処か女性らしいと言うべきか、春風は妙な既視感を覚えた。


 まるで大型の、そう、シベリアンハスキーのような。


「ヘルさんも武器とかいるんじゃねえかな? 鞭だっけ?」


「あたしが振って壊れないやつが良いから、直ぐにじゃなくとも、だな。今の所、魔物には困ってないからねえ」


 鉄拳により粉砕する光景は見知っているので春風も納得する。しかし赤竜はそこらの魔物とは根本から違う存在だ、種族として魔物と竜は似ても似つかないのだし、当たり前ではある。


 魔物と魔生物は別物だ。似ていても明確な差があるし、酷似するが故に区別するべきだ。


 魔物、魔生物、そして先程まで存在した熊は生物とされる。この三種類は見た目だけでは判別が難しいものの、魔に関わるか否かだけならば容易に判断可能だ。


 とは言え、ヘルのような熟練者でなければ身体から立ち上る霊力の有無は気付けないのだが、手っ取り早く判別するなら知能度の差であろう。魔物は決して逃げない、怯まない。躊躇いがないし、同族だからと気を回しもしない。あるのはより高い魔力の確保のみ。


 本能、とも呼べぬ思念に食い尽くされたのが魔物である。


「でも鞭の利点ってあんまなくね? 剣のが楽じゃね?」


「分かってないねえ」


 にやにやした顔に春風は得心が行かない。鞭はリーチがあり、先端は音速に迫る。音の壁を突き破るからこそ、激しい炸裂音を響かせるのだ。鞭遣いと言うジョブを経験した春風だからこそ、剣よりメリットがあるとは思えない。絡め取る、軌道を読まれ難い、リーチがあるのは分かってはいるのだが、切断には不向きだ。対人ではイロモノであるのでそこそこ通用するが、魔物への有効打とするなら剣の方が上回る代物の印象が拭えないのだ。


 そんな春風の考えを知ってか知らずか、ヘルはにやにやと口を開く。


「あたしが振った鞭は、魔物を消し炭にするし、氷漬けにもするのさ。それにほら、あたしが半端な剣を振るうとな…………」


 剣に見立てた枝を手に、薙げば。猛烈な風の後に、空気とのだけの摩擦熱で焦げて赤熱する枝。


「な?」


「いや分からんし。なにその、意味わからん」


「だーかーらぁ! あたしが剣を振ったら大体刃物が折れちまうんだよ」


「はあ? え? はあ?」


 剣が、折れる。意味不明であった。ゼンも腰に下げた相棒を見て、折れるのかと呟いている。


「……ジュエルクラスなら耐えられんだろうよ。でもあたしは丸腰だし? お嬢は素材くれないし? ならもう、殴るしかないだろ」


 燻る枝を凍てつかせ、放り捨てる。やれやれみたいな顔だが、そうしたいのは春風だ。


「まあ……うん。ほんっと、どうなってんのそれ?」


「うーん……請負証ってのがあるだろ?」


「ああ、前言ってたっけ? 便利なやつ」


「そうそれ。それにある測定機能ってよ、あたしの世界で存在した全てに共通するんだよ」


「それ聞いたな、ステータスってやつ。ファンタジーもの定番、鑑定だな」


「そうそう、三魔女の発明した複合魔法契約? になんのかね? で、それはすっげぇ正確だ。あたしが全能度的に500クラスなんだが……」


 辺りを見渡して、ちょっと声を抑えた。


「あんたが、10。ゼンが300、って感じ。魔物はまちまちだけど、300とか400も偶に見るな。いや、無理じゃん? 分かるだろ? あたし、車に轢かれて車を心配しなきゃならないんだぞ?」


 春風に影響されたか、気楽な口振りだ。ゼンは唸る。


「だが、おれぁ魔物に負けてねえぞ?」


「そりゃあんたステータスだけで決まるかってんだい。それでも、あんたとあたしの差は引け目なしにあるんだよ」


「分かるがよ、つってもおれぁあんたが隙だらけだって感じるぜ?」


 挑戦的な眼差しに、ヘルは少しムッとした。だが、なにかを思い出したのか頭を掻く。


「あんたさ、あたしが隙だらけ(・・・・)に見えるんだね。熱源探知術式と、対霊用術式を1キロくらい展開してんの気付いてないだろ? うーん?」


 凄く子供っぽい顔だった。


「魔導師なのかあんた? セリアテスはなんにも言ってなかったが……?」


「因みに、そいつの魔術があたしの皮膚を焼くのは無理だろうねえ……このローブが半端な霊干渉を相殺して吸収する代物なのさ」


 何処か誇らしく灰色のローブを翻す。豪奢ながら落ち着いた、上品なローブである。


「メインは置いてきちまったが……あたしは一応対策用の防具ってのにガッチガチだからねえ」


 世の中は怖いのだと付け加え、ゼンと春風を吟味するように瞳でなぞる。


「防具の差は、あるだろうねえ……あたしのは服だけ護るってのとは違うし」


「ほう? そいつはすげえな。そのローブ、下手すりゃ教会の洗礼服より優れてんのか?」


「魔術的、魔法的には優れてるだろうさ。これ、師匠のお下がりだからねえ」


「そいつぁ随分高名な術師だったんだろうなぁ」


「いや……悪名の方が……その……うん……」


 誇らしそうな顔は悄気て、狼狽えていた。ゼンも敢えて深くは聞くまいと追及はせず、春風と頷き合って。


「なんにせよ、そろそろ野営地に戻る……ん……まて、こいつぁ……」


 ゼンが腰の剣に手を伸ばしたか、ヘルは既に目を向けていた。木々が揺れて、木の葉が舞う。


 すとんっと、枝の一本に着地した矮躯に、ゼンは息を呑む。


「おいおい、古来人種(ラルヴァスダラーダ)じゃねえか……」


 黒の髪、蒼の瞳、黒と緑の混じる角。耳があるだろう場所から生えるもふもふした毛の耳。ピコピコして、枝の上に屈む矮躯は首を捻る。玉簾のある、独特な色合いをした民族衣装を揺らす様はどうにも神々しい。


「……人か、……むぅ……」


 古来人種(ラルヴァスダラーダ)は比較的数が多い種族だが、未だに人類との関わりは薄い部分がある。古来人種(ラルヴァスダラーダ)のコミュニティの中でも関わる傾向がある彼等と、関わらない彼等が存在する。街と街の中間地点である此処では、恐らく普段関わらない彼等であるのだろう、玉簾の装飾をして、独特な民族衣装で華やぐ彼等の瞳は純粋な興味が伺えた。


 基本、彼等は友好的だ。


「こなた、こなた。人らよ、竜は来る。立ち去るが良い、こなた、つとめ、果たす」


「竜だと? だが、出現地域はもっと奥だろ?」


「うに。竜、きたる。人ら逃げよ、戦士たれば立ち向かうを拒まぬ」


 ピコピコと横に生えたフワフワが動く。木の葉を縫って注ぐ陽光に角を光らせて、円な瞳を瞼で拭ったか。


「……戦士なりや?」


 小首を傾げる姿は童だ。どう見ても幼い少女っぽいが、黒の髪を揺らす古来人種(ラルヴァスダラーダ)は見た目で年齢が判別し難いのが問題だ。当然、若い子だっているだろう。であるが、言葉遣いから年齢は低いだろうとゼンは思考を走らせた。


 年季の入った古来人種(ラルヴァスダラーダ)は公用語を堅実に習得しているのだ。彼等は公用語、公共語と呼ばれる言語ではなく、古来言語を用いるのだ、本来は。しかし、時代の流れから使わざるを得なくなった。アガレス地方でも方言と呼ばれる、独特な訛りや造語のような言葉があるように、彼等の言語にだって違いはある。


 コミュニティに起因するが、彼等の大まかなコミュニティは三つだ。完全なる遊牧民コミュニティ、半遊牧民コミュニティ、共生コミュニティだ。今、目前で首を傾げるのは半遊牧民コミュニティであろう。アガレス王国には季節らしきものはあまりないが、年間の内やや冷える期間と暑い期間がある、その季節により都市間にある森林や肥沃な大地を転々としつつも最寄りの都市に顔を出すのが半遊牧民コミュニティだ。


 ちらりと、ゼンは首元を見やった。玉簾の奥に、銀色の首飾り。三つの天体、月達を象った物だ。あれは、半遊牧民コミュニティのみならず、古来人種(ラルヴァスダラーダ)の信仰対象である黒銀信仰(テアン・レイ)の紋様だ。


 人類が女神を信仰するように、彼等は超克四種族(シ・テンス)を崇める。遡れば数千年も遡れよう古来からの宗教である。


「あぁ、おれぁ戦士だ。この坊主も、姉御もな。だからよ、竜ってのには興味があるね」


 ゼンの言葉を噛み砕く顔はやはり幼いが、蒼の瞳には凄味が伺える。と、そんな折にゼンの小脇でヘルと春風が小声を交わしていた。


「あの子の肌、灰色じゃねえか……え、あ、そうだステータスは? 鑑定ってやつ使ってみてくれ」


 古来人種(ラルヴァスダラーダ)の少女、その肌は灰を被ったような色だった。白や黒でもなければ、灰である。ヘルも気になるようだったが、請負証に集中力が引っ張られ。


「お、んー……うわ、まじか」


「なに? どうなってる系?」


「魔術系統はあんまだけど、600もあるたぁ……正直引く……。あたしが本気でぶん殴ったら負ける感じだよありゃ……」


「まじ?」


「おん、魔法使わなきゃ無理だな。やっべえくらい硬いし、力持ちだ。ちょっとあんたあの変なローブみてえなスカート捲ってみな」


「え、やだよ、死にたくねえ」


「人らよ、竜は来る。備えよ、こなた、村、若人集めておる。備えよ、人ら」


「……此処にか?」


 ゼンの苦笑いに、古来人種(ラルヴァスダラーダ)の少女は指を指した。示す方角は、海運都市に程近い農村だ。近場に巨大な都市があるにせよ、半日は必要な距離だ。近況、事態を重く捉えた領主が私兵を派遣していると聞き及ぶが、竜に敵うとは到底思えない。


 ゼンは頷き、古来人種(ラルヴァスダラーダ)に問う。


「おれぁゼン、こいつがハル、んで……そっちのでけえ姉御がヘルだ。あんたは?」


「モル・ルモ、戦人。竜、滅する」


 ふんす、と小さな力こぶ。細腕だがゼンは知っていた、彼等の膂力は論外だと。


「んじゃまぁ、モル・ルモ、あんたの話にゃあ興味がある。詳しい話してえから、お嬢のとこにいこうや」


 強面の三人は、それなりににこやかな笑顔を浮かべた。傍目からすれば幼女を取り囲む悪漢でしかなかったが、古来人種(ラルヴァスダラーダ)のモル・ルモは欠片も警戒なぞなく木から飛び降りる。


 じゃらりじゃらりと玉簾、彼等が人を忌避する謂れはない。危害を加え得る存在は、ヘルしかいない。何処か幼い瞳はヘルを一瞥してから。


「お嬢、とは? アシャカム、か?」


「あん? あー、おれらの頭、社長だ社長……戦えるかは知らねえな」


「リーダーってやつだよモル……ちゃん? で、良いんだよな? ウェンを怒らせちゃだめだぞー……まじで」


 肌色には不慣れだが、なるだけ屈託のない笑顔を浮かべた。


「む、心得た。呼び方はなんぞでも構わん、モルは立派な淑女」


 ふんすっ、鼻を鳴らしない胸を叩く。


「あたしの事……苦手かい……?」


 ぬっと、巨躯が覗き込む。差は歴然だ。


「む、大きな人は……戦人か。モルは恐れぬ、うむ」


「そうかい? そうかい! んじゃ、お嬢に口添えしてやるぅ」


 何処か上機嫌に、頭をポンポン叩く。優しくしたからか、獣耳はご機嫌だ。


「うむ、頼むっ。人らは脆い、こなた、村守るが使命!」


 蒼の瞳に、黒の髪、独特な民族衣装に、小さな手足。寸胴な身丈ながら、その宣言には確かな熱が籠もっていた。 

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