あらゆる物事に原因があるとするのは、悲劇的だ
決断とは即ち、選択した以外を放棄する事である。
朝御飯を食べない決断を下した僕は女神教会の一派、王都にある教会の中で二番目に大きな教会にいた。
僕が訪れるのは初めてになるのだけれど、教会ってものは大体同じ造りをしているものだ。大扉に、長椅子、ステンドグラスに女神像。ある種の王道、お決まりと言うべきか、信徒が祈る場としては十二分である。
太陽光を巧みに取り込む造形は、女神像の前で祈る信徒を七色に照らす。この建物を設計した人物は相当に頭が良いらしい、様々な角度から浴びる光をステンドグラスの配置角度、柱の造形、立地で緻密に計算された代物だ。
見渡していると、傍らのセルフちゃんが服の裾を引っ張った。前に目を戻せば、この教会に派遣されて長い神父の姿。明るい顔はしてはいないが、穏やかな老人である。詰め襟にシワもなく、かっちりした装いをしていた。後ろ手に組み、セルフちゃんへ会釈しているではないか。
「これはこれは、聖女様。どうなされたのでしょう……?」
「シドルド神父様、突然の訪問失礼致します。此度の、そう、忌まわしい事件に付いてお話を、と」
シドルド神父、長年アガレス王国で教えを広め敬虔に神へと侍る人物。齢は六十代であろうか、老獪な深い声には珈琲めいた落ち着きが滲んでいる。忌まわしい事件の現場は、未だに火の燻ったような異臭がしていて、修道女達は僕達を遠巻きに伺っていた。と言うのも、セルフちゃんには頼み込んでフル装備をして貰った。
青いチャジブル、ストラ、セルブも抜かりなく完璧だ。どう見ても聖女だった。そんなセルフちゃんが勇者と共に訪れるのは大事であるけれど、シドルド神父には焦りや困惑はなく、落ち着いて事態を見据えているようだ。
年若い修道女は勇者である僕に興味があるのか、密々と小声の応酬をしている。気さくに手を振れば、ぴょんぴょん飛び跳ねて黄色い声を上げるではないか。前の世界では味わった事のない感覚に、ちょっと立ち眩みがしつつ。
「ふむ……あの炎ですか。しかしまた、聖女様は何故に腰を上げたのでしょうか?」
「それは、あの炎が呪いでもなければ神の怒りでもない、と、わたしは思っておりますから」
「ふむ……確かに、我らが女神様の怒りを買うとは、あの者はそうは見えませんでした」
「……名は、サガさん、でしたね。極々平凡な市民であり、善良なる信徒であったとか……」
「……ええ」
深い嘆息と、遠くを見詰める碧眼。歳か、くすんでいてもその碧眼は綺麗に思えた。神を信じるからと全てが悪いとはならないだろう。何事も、あらゆる物事には原因があり要因があるとするのは、悲劇的だ。僕はシドルド神父の見詰める先に、女神像を見付ける。
「彼は、毎朝祈りを捧げる善き信徒でありました。あの日も、私はサガさんの祈りを背に祈っておりましたが……」
女神像の前には、黒焦げの跡。赤い絨毯も焦げてしまえば形なしであるけれど、サガと呼ばれる信徒が息絶えた証でもある。僕はセルフちゃんの横を通り抜け、取り敢えず女神像の前に向かう。
「勇者様? あの、勇者様? あのー!」
セルフちゃんの声が、多分しなかった、そうに違いない。修道女達の横を抜け、僕は現場に立つ。見渡して、確かめて、見上げて、確認して。さてどうしたものかと顎に手を添える。
少しだけ足早に追従するセルフちゃんが、僕の服を引っ張る。振り向けば、困った笑顔だ。目尻が痙攣している、ああ、そうだ。
「シドルド神父、お初にお目にかかります。勇者です、宜しくお願いします」
「は、はあ。これは勇者様……して、どう見えますか?」
僕は、見たものをそのまま言語化する。床に走った丸や線の跡、規則的な焼け焦げた跡だ。変数と言うにはあんまりにも整っていた。
「床に書かれた模様、これは非常に珍しい模様ですよね。もし仮に……この形に意味があるとすれば、とても古い言語です。アガレス王国建国前から存在した、とある民族が用いた言語に近いものがあります。今の公共語の前身になるんですけれど」
「な、なんと……博識ですな。そう、お察しの通り、床に刻まれた模様は非常に似ている。古来人種達が用いていた言語体系……意味する言葉は汝、神に祈るは罪なり……でしょうか」
「そう、なりますね。これがそうなら、そうとしか読めない。いや、そう読むのが自然なんですけども。一応、他にも我罪を告白すとも読めるんですが、些細な違いでしょうしね」
シドルド神父は強く、だが徐ろに肯定する。
「古来言語であるのは疑いようはない、ですな。となれば、やはり古来人種の犯行なのでしょうか……?」
「いいや、彼等古来人種ってのは女神教会には立ち入らないし関わらない。信奉する神が違うし、争うでもなく、彼等は人間とは相容れない。突き飛ばしたら死んじゃう種族だから、結構優しい種族なんですよ」
古来人種の傾向として、他種族、特筆し人間に対してとても慈悲深い傾向がある。これは生まれながらの性であるのか、少数民族である彼等の風習、環境の所為なのかは定かではないけれど、同族同士は苛烈な一面を見せる彼等だが人間には随分と甘い。
僕だって、彼等の気性に助けられた部分がある。ハバラちゃんの、あの蒼くて金粉混じりな角を掴んだ際に普通なら殺されていても不思議ではないらしい。古来人種の象徴たる角は彼等の生命活動に欠かせないマーリョークチクセーキソーチィ、基、魔力蓄積機関、或いは性感帯でもある。
ので、同族ならば容赦なく殺したに違いない。僕だから怒るだけで終わったけれど、他の種族では対応も違うだろう。そんな彼等は人間となんだかんだ友好的なのは、先代勇者との盟約とも関係があると言う論文があった。事実かはさて置き、異常に人間種に優しいのは間違いない。
まあ、人間種がどんな武器を用いても街行く古来人種の少女に傷一つさえ付けようがないからってのも大きい気はする。大砲受けても無傷だし、火も効かないし、鉄の拘束も紙切れの如く引き裂くだろう。幼い見た目に反した膂力たるは、ヘルさんと同じく魔物を粉微塵に砕くのだし。人間種は脆弱で争う対象ではないのだろう。
「そうですな、失言でした。私も、古き友を失い動揺しているのでしょうな……」
僕は首を傾けて、シドルド神父の言葉を受けてから、釘を刺す。
「どんな理由があれ、どんな訳があれ、人殺しは人殺しです。僕は許さないけれど、だからって決まって解決するかは別問題でもありますが。ただ、犯人はいます、確実に」
「そう、ですな……仰る通りです」
僕は、事件の成り行きを考える。犯人がいるのが、分かった。問題点は幾つかあるけれど、詳らかに説明する気力もなかった。サガと言う人には申し訳ないけれども、僕なりに思う所があったのだ。
「どうされました?」
セルフちゃんの声に、流れる思考を鎮めて打ち切る。
「いや、ちょっとね。セルフちゃんはさ、どんな理由があっても殺人って悪い事だと思う?」
「え、まあ、そうです……」
凄い落ち込んだ声だ、ああ、そうかしまったな。セルフちゃんには致命的な質問だ、うっかり古傷を抉ってしまった。全然そんなつもりじゃなかったけれど、他人への配慮に欠けていた。僕は昔からそうだ、だから友達なんざ殆どがいなくなってしまったのだし、猛省し改善せねばならない悪癖だ。
「まあ、そうだね……シドルド神父は長いんでしたっけ?」
質問の行先を変更すれば、嗄れた声で答える。
「ええ、かれこれ四十はなりましょうか……私は昔、盗みを働いた人間でしたが……」
シドルド神父は目を伏せ、それから女神像へ。
「若き日の私を気に掛けてくださった聖女様の御言葉が、今も忘れられずにいます」
セルフちゃんが僅かに反応した。
「私は沢山の人に迷惑を掛けました、なので、一人でもと……。私はなにか、間違えていたのでしょうか、このような、……生きたまま燃え盛るような罪なぞ……」
シドルド神父の言葉を聞きつつ、僕は現場を見る。やはりどうにも腑に落ちない。
「うーん、これは調べ物しなきゃなあ……っと、シドルド神父。幾つか質問良いですか」
神父は咳払いし、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「ええ、私に答えられるのならば」
「では一つ目、彼が祈る際に他の方はいましたか? ああ、隠し事はなしで頼みます」
「そう、ですね。修道女達よりも早く祈りを捧げていましたので……私だけでしょうか。ですが、あの日は……聖女様が、ですね」
「ん、え」
セルフちゃんを見やれば、とても罰が悪い顔をしていた。何度か唸り、無言で控えるアイリスさんを伺っているではないか。
「実は、その……偶々、居合わせまして……」
「なんで? セルフちゃんはさ、女神教会に所属していても通ってる場所は王城の近くの奴じゃなかったっけ」
「そう……なのですが……えっと……」
シドルド神父も苦い笑顔だ。
「シドルド神父?」
「申し訳ない、私からはこれ以上口を開けないのです」
「それは、勇者である僕にも?」
勇者位を持つ僕にすら、話せないだと。それは要するにアガレス王からの口止めに他ならない。訝しむ、よりは納得が行かない。そんな絶妙な間を置けば、アイリスさんが一歩。
「勇者様、それは私の背に答えがあります」
言うが早いか、青いスカーフが舞った。侍女服が、はだけた。手で胸元を押さえて、ゆったりとスカートが丸く床に広がる。僕の目の前で、アイリスさんが色白の肌、胸部が。
「ごふっ」
見れなかった。セルフちゃんが襟首にぶら下がるように、引っ張るから。だが、抵抗する。目を向ければ、もう既に、床に座り込み背を向けるアイリスさんがいた。
ブラウスを脱ぎ捨て、背を晒していたのだ。薄っすら走る背筋の窪み、緩やかな曲線を描く輪郭。腕で押さえた山が、背を向けているのにはみ出していて、妙に艶っぽい。湿気のなさそうな、滑々した陶器の肌には思わず目が眩む。
なによりも、背に浮かぶ銀の幾何学模様が網膜を襲った。水銀のように流体し、雷の如く飛翔し、薄氷に酷似し停滞している。丸、三角、四角、奇妙な文字列、数式、常に変化し発光するなにかに僕は絶句した。
「これは、剣聖たる力を、生来備わる機能の九割を封印するものです。災厄に立ち向かった代償は重く、そして、私は……」
「……は、はぁ」
「私は、この封印を解く事を……ですから、どうか聖女様を責めないで頂きたいのです。私が、全て悪いのです。魂に刻まれた代償は既に支払いましたが、どうにも踏ん切りが付かないのです。また、失うかも知れないと……手が震えてしまうのです」
「はぁ……」
ぶっちゃけ右から左に流れてて、なに言ってるのか、言ってる事が分からん。
凄い美人の素肌とか、しかもさ、年上のお姉さんだぜ。
もう健全な大学生の僕には耐えられない。
王城でも似た事があったけれど、躊躇ないな本当にこの人。
僕は、目を反らしていた。次いでに、ぶら下がるセルフちゃんを退かして洗礼服の上着を脱ぎ、慌ててアイリスさんに差し出し、なんとか被せる。
茶色の瞳から、僕は逃げる。咳払いしつつ、背を向けていたシドルド神父に近寄って。
「つまり、剣聖絡みで巻き込まれただけ、ですね?」
「そうです、時折再封印の為にこちらへ訪れるのです」
「なんでまた? 向こうじゃ駄目なの、セルフちゃん」
「実は、その……女神教会的には望まれるべきでない封印は禁則でして……」
「不良聖女……か」
「うぐぅ! で、ですが、シドルド神父様は理解あるお方でして……はい……」
経典を無視してでも貫きたい信念がある、と。アイリスさんも悪い事だとは理解しているようだけれども、まあ、それは良いや。今回の事件に関わりはないし。
「うん……分かった。分かったからセルフちゃん退いてくれないかな」
「駄目ですよっ! 勇者様でもっ!」
両手を開くセルフちゃんの肩に、手を乗せて押す。足元は焦げた跡、事件の証拠を踏むなと述べるべきだった。聖女様としてはアイリスさんのあられもない姿を守る意気込みに溢れ猛るので、どうにも僕に非がありそうな雰囲気なのが頂けない。
「とかく、シドルド神父。二つ目の質問ですが、彼の遺体からは魔法の痕跡、薬物、不審な外傷はありませんでしたか?」
神父は、目を伏せてから姿を連想したのだろう。やや青くなった顔色で、向き直った。
「ええ、サガさんからはなにも不審な箇所はありませんでした。魔法……ならば納得もしようものですが……炎は、瞬く間に彼を包みましたから……」
丸い焦げ跡を観察するに、本当に彼だけが瞬時に焼かれたのが分かる。凄まじい熱量だ。
「遺体の状態は?」
「勇者様……それは……ひっ」
セルフちゃんに手を引かれ振り向けば、また怖がらせてしまった。僕は取り繕うように、木で鼻を擦るように神父へと瞳を向ける。きっと、清く正しい顔ではないし、誇れた人相ではないだろうけれど。
「遺体の状態はどうですか? 皮膚は? 衣類は? 髪は?」
「……ええ、彼は………とても酷い姿でした。皮膚はひび割れ、髪は塵となり、衣類も燃え……それは、とても恐ろしい……ものでした」
無遠慮な質問に真摯に答えたシドルド神父に、僕は頭を回す。やはり、気になるのは遺体だ。だが、遺体はもうこの場にはない。女神教会で行われる天葬と呼ばれる使者の弔いがある、肉体を聖女達が囲み祈れば、死体は量子となり風に消えるのだ。火葬や土葬と違って現世になにも残らないし、墓標は石碑に刻み込むらしい。故に、遺体の状況は確認しようがなかった。
現代日本とは違って、異世界には警察のような捜査を生業にした組織はない。あるとすれば衛兵達だが、あくまでも民間人の諍いを諌めたりと治安維持を主とする組織である。要約すれば、分からなかったら分からないままになる。一応、裁判ってものもあるし法律もあるけれど、現代日本とは大きな相違点だ。
権力者の横暴は当たり前、裁判関係者も金で靡く、事件の隠蔽は容易。だからこそ、僕は探偵を名乗る。異世界の探偵、中々に面白い駄洒落だ。洒落ていて反吐が出る。
兎角。なるほど、やはり糸口はない。魔法でもなければ薬物でもなし、そうなれば又もや外法の類になるのだろうか。
「シドルド神父、教会って何時からあるんです?」
「教会ですか? 正確な年数までは分かりかねますが……そうですね……建国の際にはあったかと」
「それは、王都にある二つとも?」
「そうなりますね」
「ふうん……」
僕は歩きつつ、形を頭の中に組み上げる。今一はっきりとはしないけれど、この怪奇事件の始まりは教会だった。そう、今になって再び教会で人が焼死した。この因果関係は看過出来ない。
だが、少なくとも百年の間隔があるのだ。人間が関与している線は薄いだろう、普通に考えればそうなる。長命種族となれば犯人像は限られるけれど、被害者の関係性も洗うべきだろうか。
それとも、僕は。
それでも、僕は。
あの日、親友にしたように。
あの日、そうだ、あの日を境に僕は選択したんだ。選択する事は勇気なんかじゃなかった、僕は何時だって絶望の淵に立っている。死線を鮮やかに直視するのは他でもない僕が決断したからだ。
だから、今日だって同じだ。そうあるべきだ。
「勇者様……?」
手を引かれて、僕は。セルフちゃんの白金が、ステンドグラスで彩られる。窓を拭き掃除する修道女達に、自然と目が向く。
「シドルド神父、その日は本当に……他には、誰もいませんか」
「……、ええ」
「そう……ですか」
だから、僕は、黙認出来ない。内々に仕舞わない、流せない。
許せない、見逃せない。
だから、だけど。
僕の手は、震えていた。出す命令が矛盾して、混雑したから。心と思考が喧嘩をする。誰が悪いかなんて、そんなものが決まってるばかりなら世界はもっと綺麗だったろうけれど、悪いとか正しいとか、朧気な物差しは信じるべきじゃないんだ。
尺度は正確無比あるべきではあるけれど、一切の歪みもない現実への物差し、物事の線引きは明確で明白である程に残酷で冷酷だ。正しくあればある程に首を締め付けるから、息苦しくて目眩がするものだ。
正しくはあってはならない、正しくあろうとするべきなのが人間だ。間違ってはならない、過ちには取り返しが付かないものがある。と、あの人は言っていた。
脳裏に、淡く。心臓が締め付けられて、景色が急速に色褪せる。胸を掴む。セルフちゃんの声が遠くにある。
僕は、膝を突いていた。背負った十字架に堪え兼ねて、脳髄に走る声に赤血球が乱れる。昔は、今ではない。
選択しなければ、ならない。
あの人は、言っていた。知るべきでない事を人が知る時、陥るのは沼ではなく上だ。
選択したんだ、僕は、あの時に。
しーちゃんに、親友に、あいつに、誓ったんだ。
だから、きっと、きっと、だから。
僕は、本当に、碌でもない。
違和感で目先が晴れた。
瞼の裏で繰り返す言葉の羅列が、一つ一つ消えて、最後にその闇で光量の区別が出来なかった言葉だけが、冬場の自動販売機のように確かにあった。
僕は、胸の痛みを忘れる。アイリスさんの茶色の瞳に見詰められて、何処か、そう、気分が移る。苛まれて、侵されて、浸されて、微睡んで、目が覚めて。こうして、自己分析をする、人殺しを認めない僕がどれだけ高尚で潔癖で、不安定で明白なのかを。
何時だって僕は同じ方角を向いているのだろうなと、思う。碌でもない、本当に碌でもない話だ。つまらない、心底下らない話でもある。一から十まで完璧だ、最初から間違ってはいたけれど、そんなものはもう知っている。あの日、僕は誓ったからだ。
だから、僕は正しくなんかない。僕は、やはり、どうかしているんだと思う。煮え切らない気持ちを誤魔化して、蹲っていた身体を起こす。
「勇者様……? 御身体になにか……」
アイリスさんの声に、目眩がしそうだった。でも、僕は、だけど決意が固まった。その信じる瞳と、濁りのない不安と、淀みのない慈愛に背を向けないって決めたから。
「いや……なんでもない」
「……」
なにも言わずに、アイリスさんは身を引いた。セルフちゃんだって、シドルド神父だって、遠目の修道女だって僕を心配していた。指先の震えは勘違いに決まっている、良心の呵責なぞ誤認に違いない、そんなもので僕は揺らげない。
揺らいだら、いっそ今までの全てが夢ならばと漠然とした、だけれど何処か陳腐で幼気な後悔をする碌でもない話にも繋がる。否定から物事に衝突するのは疲れるから、肯定するだけじゃあ認めてないのと同義だから、僕は正しくあれる。
「……シドルド神父、知ってますか? 最近、異常に朝が熱くないですか?」
「……む、大結界の事ですかな?」
朝が暑い。いや、最早熱い。それはこの世界ならではの季節光だ。レイちゃんが言っていた、この都市を照らす太陽は、年間を通して一定だ。季節、らしきものはあまりない。これはレイちゃんが昔、先代勇者との取引で交わした約定からだ。魔物から民を護る為の結界ばかりに目が向くけれど、大陸を覆うもう一つの結界はあまり認知されてはいない。
そう、これはセルフちゃんも言っていた。教会が幾つも存在するのは、レイちゃんが設計したからに他ならない。配置も、数も、方位だって、全て緻密に計算したものだ。
全ては大結界の為にある。数百年の内、数週間程度の綻びが発生するので、今の季節が正に朝焼けの季節と言える。太陽が強く稲穂が枯れる土地であった大陸を、湿気が多く安定した気候にしたのは偉業なのに、世間では最早風化しつつある逸話で偉業だ。
「いや、もう一つの方さ」
ガシャン、と鳴った。見やれば、セルフちゃんがよろめいていた。気付いてしまった、のだ。分かったのだ。それは、それはあまりにも、残酷な事実だから。
「……まさか、そんな」
「そうだね、朝焼け、だよ」
先代勇者とシ・テアン・レイの約定。設計上、朝焼けと呼ばれる局所的な猛暑は、その期間は神への祈りを禁ずと盟約を結んでいる。何故なら朝のほんの僅かな間だけ教会が誇る陽射しを取り込む設計は、人を殺す凶器と化すからだ。集約した光に焼かれる、だからステンドグラスの一部は回転し光量を調整可能な設計が施されている。
古き言語は、警告文だ。だから、この朝焼けの季節では対策をしなかった教会に容赦なく警告文が焼き付けられる。
そして怪奇な焼死が発生するのだ。
じゃあ、一体、誰が悪いんだ?
誰でもない、犯人なんて、死んだ人間そのものなんだから。
シ・テアン・レイが悪いと言うなら、それも回答の一つだろう。
教会側が習わしを風化させたのも原因だろうし、犯人に仕立てるのも特別悪いようには思わない。
でも、今回は違う。胸糞が悪い話だ。
「……、だから犯人はいないんだ」
僕は、修道女達を見てから、そう言った。
態とらしく言った、どんな理由であれ殺人は悪い事だろう。だけれど、勝手に死んだのを、死んだ事によって利を得たのを、それを悪と呼べるだろうか。死んだら良いなって祈りや、願いは、罪になるだろうか。
僕は、僕なら、それは。僕だからこそ、言えるものじゃあないだろう。
「……シドルド神父には、再発の防止に努めて貰いたいですね。この季節、朝焼けはこれから数週間は続きます。他の教会にも周知させてください」
なんて、言って、僕は吐き気を堪えながらに言った。優しいから、なんかじゃなかった。この気持ち悪さは。