表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/73

王様に会おう? 嫌だけど?


 王様に会おうぜ、おけまる水産。なる理由ねえだろアタマ茹だってんのかこの蛸助。


 僕は偉そうな奴が苦手だ、尚幼女って属性が足されると身の毛が弥立つ。馬鹿じゃないの、なんで尊大な幼女に「お前は阿呆か?」って言われなきゃならないんだ。舐めんなよ、こちとら性癖健常者だぜ。どうせなら褒められて頭を撫でる年上のお姉さんが良い、超絶幼女は年上には含めないとして。


 あれは、幼女だ。どれだけ生きて古から存在していても。年上のお姉さんと言うのはもっとこう、あるから。自らが属する組織の長に忠義とは掛け離れた世迷い言を脳裏で捏ねているけれど、僕は真面目に愚行を止めない。愚考は止まらないし、会社に属していて社長に不満がない従業員なんぞ幻だろう。例外はあるけど、あれはあれ、これはこれ、それは知らん。


 僕は英雄みたいに、もしも仕えるべき君主がむさ苦しいおっさんになっても顔色一つ変えない自信はない、ないね、引くね、ドン引きするよ。まじで。


 とまあ、脳内で罵詈雑言と世迷い言が尽きず飛び交うものの、僕は表情にも行動にも移さない訳でして。僕だって相応に嫌だなとか不快だなって思う生態をしている、どいつもこいつもそんな当たり前を見逃すから酷く困ったものだけれども。


 少女、名をなんとかなんとかの、えっとセルフちゃんの背を追っ掛け続けて。これって不審者の行動パターンじゃないか、と自問自答し傷付いて早数分。不良の行方はあれ以来知らないが、大通りを歩くのも終わって目指すは当然王様の住まう城だった。


 遠目から見ても巨大な、うわ、お金使ったなあってなる白き城。都市の真ん中に立つ城は、正門すら巨大だ。行き交う人々こそ少ないがちらほらと豪奢な馬車。


「……、……?」


 いや、馬車ではないな。なんだあの四足歩行生物。分厚い皮膚は、なんかヒダの塊っぽい。毛がないから爬虫類っぽいが、そうなれば年間の気候が安定してるのだろうか。


 まあいいか。


 馬車らしきなんか、が衛兵と僅かな遣り取りの後に城内に消えていた。屋根部分はフェルメール作・真珠の耳飾りの少女に使われるような綺麗な青で、居住まいからも清白で潔癖な印象を受けた。


 だからなんだ、お前ら拉致してんだけどな。と念押しの斜め立ちしつつ。だけれど、一目見て、僕の口から出たのは違う台詞だった。


「しょっっぼ……」


「しょぼ……? とは、なんでしょうか? 勇者様の地にて、どのような……」


「え、いいや。なにも、別に。忘れてください」


 しょぼい、と思った。一般的感性からすると腑に落ちない言動だし、僕だって口に出るとは思わなかった。脳裏で思い出した文字通り(・・・・・・)透明で、文字通り(・・・・)無限質量の髪を持つ超絶ロリータさえ思い出さなければ霞むなんてなかったのだ。全部、全く欠片も僕は悪くない。


 言い訳をさせて欲しい、僕はその超絶幼女率いる氏族の一人だ。氏族界に存在する通称バベルタワーの階層奥行き性質機能は、無限に増殖している。標高が一京を超えてからは馬鹿馬鹿しくなって真面目に計測なぞしてはいないが、全面ガラス張りの異次元の不可能物体を本拠地とする僕達氏族(・・)が世にある建設物の巨大さや異常さで慄いたり剰え(あまつさ)感動なんざする道理がない。


 もう、最果ての到達点を知っています。比較対象が悪い、よって僕は悪くない。あの建設物は超絶幼女が織り成す誠不可思議で傍迷惑な無意識の結果だ、故になにが起きても不思議はない。なんならちょっと前に未知の扉を開けてブラックホールが発生し下位氏族の一人が呑み込まれもしたらしいし。まあ、なにも不備なく解決したと英雄から聞いてはいるけれど。


 そんな事故物件を知っている僕にはどうも城って奴はしょぼく映るのだ。セルフちゃんの納得してなさそうな顔から目を反らし、近付いて来てはいたが、遥か先の正門を示す。歩きながらでなくては何時までも辿り着けまい。


「それよりさ、セルフちゃん。国が危機に陥っていないなら勇者って奴はなにが出来るんだ?」


「……、それは……」


「ああ、良いよ振り向かなくて。目を合わせると不安になるし」


 壊れそうで。


「……? わたしの知る範囲だと、その……勇者様は平和な世にはいなかった、と……」


「なるほど、勇者がいるから逆説的に平和ではない、か。いやいや、笑うしかないだろうそれ。詭弁にも節度があるけど、ほんっと不味いな……真なる平和ってのは実現なんざ出来ないんだし」


「そう、でしょうか。わたしは、健やかな毎日を諦めたくないです。なくなってからじゃ、遅いんです」


「別に平和は温かくて優しくて心地良いんだろうけどさ、それは知らない(・・・・)が故の健やかなる日々(・・・・・・・)じゃないか」


「……、それは……」


「例えば、セルフちゃん。君は生きているだけで人が殺せるんだよ、無意識にしろなんにしろ」


 僕は境界線が見えていた、ああ、殺せる範囲と言える。それは誰しもが手に持つ刃物だ、誰かに突き立てたり振り回して斬ったり、でも至極明白に意識的に手を振る人間は死んでしまった方が良いのも事実だ。僕は振り抜いた人間に死ねと突き立ててしまえる人間だ、間違いなく、抜かりなく、確実に。


「……仰ることが、理解出来ないです」


「だろうね、セルフちゃんに限らず移り変わらない物事はないんだ。僕がいる限り、世界は変化を止めない。善し悪しなんざすべて有耶無耶に、変換されるものだろう?」


「……、ちょっとわからないです。勇者様は平和がお嫌いなのですね?」


 ちょびっとだけムッとした声質だった。


「いや、好きに入るかな。結構好きだよ、平和。ぞっとするけど、関心もないけれど、悪くはないんじゃあないかな?」


 僕は好きだ、平穏や平和ってものが。その人にとって大切な日常は、尊ばれるべきだと考える。まあ、例外はあるし逸脱もあるが、それは知らん。知った事か。


「えっ」


 金髪が陽光を受けて、波を打つ。振り向くセルフの頬を指で押し、やや強引に前に戻す。


「僕をなんだと思ってるのかは知らないけれどさ…………ああ、勇者か……。違う、そうじゃなくてさ」


 平和に付いて、平和の実現とはどうすれば叶うだろう。生きている物が望むのは、極論繁殖だ。繁栄は目で分かる平和だ、そこに格差って厄介な代物が付随するが。世の中には、頭がぶっ飛んだ理論と論理で人類根絶やしを諭す者もいた。つまり、一がないなら零だろうと述べやがったのだ。お前は先ず四則演算から離れろクソガキが、と僕からすると反吐が出るのだけれども。


 これに似て非なる頭が吹っ飛んだ大馬鹿野郎の言では、善し悪しと幸せと不幸を、押し並べて須らく(当たり前)に平坦に均せば良いと宣った奴もいるにはいる。なにも変わらなければ良いなんて世迷い言に、怖気が走った。本能から拒絶する。そいつには愛してるなんてクソったれな台詞は吐かれたくはない。誰も彼も愛して誰も彼も愛さない、家族と友人と恋人を道端の側溝に転がる石を同列に、同劣に扱うのが正しいとは考えたくもない。それを悪に走った平等って言うんだよ。


「君の幸せは、君だけでは完結しないけれど。君の幸せは誰かの幸せには中々ならないんだ、(ひと)他人(ひと)なんだよどうしようもなく」


「それでも、願うのは罪でしょうか? 罰になるものでしょうか?」


「救いだろうさ、そう信じるのは勝手だ。自己の評価なんて他人任せなものだし、結局自らだけで完結なんてしないし」


 自他境界、バウンダリーとかって『勇者』とか『英雄』が背負わされる十字架、或いは旗には今一適用し難い概念ではある。自己と他者の関係は哲学的に考えれば互いに認識し、定義し、価値や意味を付加する関係にある。


 僕は勇者ではないって認識が、他者にまで共通する訳じゃあないのだ。要するに自分自身の考えって当てにならんって話。


「……励まされた……かも」


 ぼそりと呟いていたが、僕は耳が良いので聞き逃さない。


そんな(・・・)つもりはないけど。それこそ……僕の事なんて僕が決められないから。好きにしたら良いんじゃないかな、どうなるにせよ」


 ほんまに。


「え、う、うえ!? あ、ああ! はいぃ……」


 狼狽えている。ちょっと楽しいかも、もしかして僕は加虐趣味か。ロリコン、ではないだろう。筈だ。


「平和なんて、僕は望んでいるのか。ないな、僕に損な(・・)もんは」


「え? なんですか勇者様」


 僕の独り言は虚空に消えた。


「でさ、ぶっちゃけ勇者はこんな平和っぽい世界でなにをしたりするの?」


「……、魔物退治とかでしょうか。近頃ドラゴンが町を一つ焦土にしたと……か」


「あーね」


 なに言ってんだこいつ、僕を殺す刺客か。


 ううん、人生を思い出せるだけ振り返る限り、身に覚えしかねえな。


 おっと危ない思考が逸れた。戻そう。


 ドラゴンか、ドラゴンかあ。良いな、格好良いかも。憧れるな、ドラゴン。いるのか、この世界にも。


 僕の知るドラゴンは五十センチの日向で丸まった岩だ。当人、もとい当竜曰く本来の姿に大きさの際限がないかららしいが。猫や犬を彷彿とさせて来る姿に憧れらしき感情は儚くも盛大に砕け散った。純粋にシンプルに珍しく傷付いた。


 当竜は、歩竜と名乗った。保留する性質と歩く竜のダブルニーミングスタンスの知り合いだ。ナチュラリストドラゴンロードの混沌種のとか云々言っていたが、記憶が曖昧だ。空を飛ばずに空間を踏み締めて滑空する姿に幻滅してから、交流が途絶えてるし。いやだって、飛ばないし。


 凄まじいのは知ってはいるが、なんか、違うのだ。ドラゴンってこう、枯葉色のゴツゴツした六足歩行生物ではないじゃないか。どかどか歩くのではないじゃないか。ワイバーンとか、が見たかったのだ。


 赤や黒の竜とか憧れる。兎角。


「勇者に課す最初の課題にしては、えぐくないそれ」


「う、たしかに……ドラゴンは空を飛び地を焼く火を吐き、その身は大砲すら弾くとか……ですが、勇者様の力ならば……!」


「勇者の力? あるの、なにか、こう、特典……みたいな」


「先代の勇者様は空を飛び、ドラゴンを聖剣にて大地に穿ち討伐された、と」


「すげえな、勇者。へえ……」


「勇者様はどのような力を持ってらっしゃるんですか?」


「問えば答えがあって、訊けば教える環境にしかいない訳じゃないだろうセルフちゃん」


 守秘義務はないが、今回僕は枷をしている。僕は褒められた人間ではないから、古代ローマ人を見倣ってHominem te mementoと頭に僕自身で列挙する。これは戒めで、生き恥だ。


「……すみません」


「別に良いよ、僕はなにもないからさ。特別な力はなにも」


「……そんな、はずは……女神様のお導きで勇者様はおられます」


「どうだかな……」


 いや、割とまじで。どうだかな。僕は、察するにもう一人の勇者とは根本から違えている。僕を導いたのは英雄だ、連行とも言えよう。導きは手繰り寄せるものだった、だから僕は勇者じゃない。筈だ。


「この平和な世界に勇者を、がそんな(・・・)曖昧な理由なのかな。本当に。国同士の諍い……って顔もしてないよね、セルフちゃん」


「まあ……そう、ですね」


「じゃあさ、質問を変えようか。振り向かないで良いからさ」


 会話を弾ませた時間は無駄ではない。現に正門の両脇に控える衛兵達の身形を確認すら出来た。入念に磨かれた鎧からも誠実さを受けるが、距離はもう少しある。僕は言われた通り振り向かないセルフちゃんの頭に向かって、こう呟く。


「もしもだけどさ、誰かーーそう、誰かを殺そうとか考えてないよね」


「……勇者様の、仰る意味が分かりません」


 不審げな、目。つい振り向いた少女の碧眼が僕の目玉を覗くと、肩をびくりと跳ねさせた。


「ふうん。所で、僕は人殺しは許さない人間だ。自殺なんて論外、有り得ないしそいつの死を認めない(・・・・)


 僕は、だから相槌と致命傷を打つ。周囲の様子を、人々をもう一度着目して。目を細めて、そうか、と納得した。無駄な話はしなかった、致命的な台詞を言うだけで。


 言わなければ良い言葉だろう。僕はこれまで街を、人々を観察していた。見逃しなく、油断なく、心底猜疑に拍車を掛けて横転した僕は。だから最初に気付いた、違和感を覚えた。


 セルフちゃんの身形や、人々の腕。そこに赤か青どちらかの色をした布をしている事に、早々に気付いて、今も気付いていないフリで、念押しで五寸釘を突き刺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ