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解決と呼べぬまでも、最悪ではない。


「またね」


 僕はそうして、深く腰を曲げたまま、頭を深々と下げるセルブさんに向け手を振った。ハバラちゃんの強気な瞳や、なんだかんだ健気に見上げるツェールちゃんに別れを告げたのだ。昼を共にして様々な事柄を話した。セルブさんの娘を思う気持ちは本物で、眩しくて羨ましかったようにも感じる。


 気付いたら世界は夕刻だ。天色に蜂蜜を流したようだった、窓際から伺えばカミツレが空に浮く、有り触れた夕焼けだ。固い身体を入念に解し、僕は王宮の廊下で、立ち止まってしまった。


 気を配る相手もいないから、両手をポケットに入れてど真ん中を歩いていたのに、窓際から見える城下は綺麗だった。


 数歩後ろには暗がりと夕日を綯い交ぜに蠢く影、それはレイちゃんに他ならない。白くて真っ黒な女の子だ。ツェールちゃんを一日程度ならばと、距離を置くのを許可した。


 その結果、彼等親子の今後に何処まで影響するかは分からないし、良い方向ばかり向くなんざ有り得ないけれど。多少なりとも、解決と呼べぬまでも、最悪ではないのを僕は、願う。


 親と子の水入らずを妨げる事もない、想うに。


 夕闇が廊下を染める。黄昏に負けつつある天色に、僕は手を翳した。あんまりにも鮮やかで、届かなかった。分かっていたのに、死人のように冷たい指は他人のように見える。


 宵の口が、空に浮くカミツレに迫って移り行く。その様は早くて、僕は取り残された気分になる。


 どうして夕方ってものは、こんなに過ぎるのが早いのだろう。


 無意識があるのか、指が震えた気がした。咄嗟に、隠すように冷たい手を押し込んだ。微かに残る香りは、恋し面影に似ているから。


 そう。あの時。君行く道に被れば、我、これぞと知る故に。


 蒼くて、瞳は、澄んで。


 月に掛かる雲のように、手で遮って。


 君に忘れられ行く我こそ夢なりと、甘んじ。褪せる日に、我ぞを知る。


『ーー』


 なんて、呼ばれて。僕は、頼りなく一つの願いに揺れてる。日暮の響く、田舎道。君の背と、帰る。永遠は何処にあるのだろうと、思い暮れて、立ち止まれば、君、振り返る。


 選らんで行く、飴細工と夏祭りの終わり。季節の移りに、永遠を探す。永遠は別れに似ていると、君は言う。


『ーー』


 なんて、呼ばれて。慌てて、何れの日か集うと誓う、溶ける林檎飴に濡れた舌は、紅く。


 蛙飛び込み波紋の広がる田んぼに、強かな夏の終わりの玲瓏が重なる。夕月に伸びる君の影は、宵に消えて。


 僕は、右手の温かくて柔らかな物に目を配る。


「あれ、ああ、ちょっと振りだね」


 手を黒い姫君から返却して貰う。すっかり、気付けば。真っ暗な廊下。窓際に凭れ、紫煙を燻らせる魔女一人が視界の隅にある。白銀に煌めく目は、薄くにべたく、緩慢だ。僕は、なにを言うでもなく待つ二人に、少し申し訳なくなった。


「どうしたの、僕の為に廊下を歩いたんだね。えっと、ユーフェ・フォン・デル・アベレイフォス・シュテルンリッター・ミーファ・クロイツェフ・アンジェゲルド・メシュフセラヴィーヒ・カレイド・ド・ドロップちゃん」


「宜しくてよ。わたくしの勇者様は、救えたのかしら? 助けられたのかしら?」


 僕はどんな顔をすれば良いか分からずに、頬を掻き金色の瞳を見やった。


「さあね、きっちり解決してないし、かっちり終わってもないよ。ツェールちゃんは十年位は終末人種(トィンガルジゥ)に苦しむし、犯した罪は年月として罰になる。そんなもんだよ、人生ってのはそんなものの積み重ねだからさ」


 廊下の暗さに反する白き魔女と、浮き出る黒き姫。僕は、大袈裟な態度を貫いた。


「だからきっと、ツェールちゃんが何時か答えてくれるさ。今は、僕には分からないから。でもさ、誰も死なずに済んだんだから、それで良い筈だよ」


 らしくないなと振り返って、ポケットに押し込む手。月に似た天体に、僕に馴染みのない街、今も此処にいる。


「それとも、最善は他にあったかな、ないだろ、今に」


 頭を傾けた。


「くく……」


 くぐもった笑いは老婆の如く、魔女の囁きだった。


 白銀にチラつく目玉、虚空から引き出した煙管を燻らせて纏っている。嗅いだ事のない薬草を煎じただろう薫香に、鼻が異常を訴えた。刺激臭の中に意識を白濁するような、なにかが混ざっているようだ。


「背の君も酷よな? ツェールと言うたか、あの娘は確実に殺したぞ(・・・・)。人とは時に宿る、起きたる人共に故郷なぞなかろうに、帰る導もなかろうに」


「……、だから、今は解決してないし最悪じゃあないんだ。ツェールちゃんが未来で苦しもうが、僕には関係ないだろ」


「言い得て妙ゆえ、問う。背の君、それを人がなんと言うか知っておるか?」


 心底愉快そうな顔だ、青白く人ではない。


 化け物は紫煙を顔に吹き掛けた、咳込みそうなのを耐えて払う。


 身体に悪そうで、普通に不快だった。そう言えば副流煙が僕は嫌いだっけ、巻き込まれるのは似合わない、いや、そうじゃないか。


「知ってるよ、僕はよく、それを知っている。だけど、同時に信じてみるんだ。僕には、もう、それしか出来ないよ。それに僕が解決する話じゃない」


 僕は肩で風を切る。


 二人に背を向け、自室に足を向けた。


 追ってくるでもなく、魔女は声を投げる。


「勇者ではなかったのか、背の君は」


 だからこそ、僕は振り向かない。


 そしてこう言ってやるのだ。


 心底から億劫に。


 至って冷静に。


 どんなに響いても砕けずに。


 輝く夜空を背にして、歩み続ける。


 何時だって僕は。


「君達の勇者なんかじゃあ、ないからね」


 と。 

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