問 否定がプラスならば、肯定はマイナスであるか?
あらゆる世界線の広がる絶望的に有限な物語、の、一幕。
世界は広い。海がある、山がある、空があり、先には宇宙がある。だけではなく、無数に並列された世界があるのだ。様々な種族、文化、国家、根付く生命体は有限であるのか疑いたくなる。現在の世界数を、人類が用いる数字で表しようはないが、ざっくりと述べるなら無限に限りなく近い有限であった。
その全ての世界を管理する、否、正確には守護する存在がいる。彼等は一人の英雄の旗下に集い日々を激務により忙殺されていた。氏族と呼ばれる彼等は有の全てを背負う者達だ。有の保護、保守、均整、を是とし、正義なんぞ視座による不安定な思想には従ってはいない。故に、彼等は正義でもなく、決して過ちを犯さない訳でもなく、況してや神なんぞ偶像でもなく、氏族と呼ばれた有最大の勢力だった。
氏族は両手と少ししか存在しない、そして凡そ氏族界外で実働しているのは下位と上位を含めても半数もいないのだ。これには確りとした理由があるのだが、意外性もなく、日本に存在するブラック企業とは違うからである。有事でなければ個人を尊重するので、決められた休みもあれば不測の突発的な休暇も許容されている。
今日に至っては有事であった。あらゆる世界線と時空間を跳躍した先、中華街に似た世界に青年はいた。聳え立つ崖のような、煩雑で排気ガスらしきものが蔓延する都市に、彼はいた。くるくる巻いた髪を乱雑に掻き、気怠さを全く隠さずにいた。吹き荒れる風には二酸化炭素らしき元素と、良く分からないナノマシンの残滓が混入していた。
否乃はパーカーのポッケに両手を突っ込み、崖縁にいる。見下げれば数kmではなさそうな抉れた大地、大口を開ける深淵からは不吉な風が吹き、得体の知れぬ獣の唸りのようだ。見やれば、小さな人々っぽいなにかが箒に跨って飛翔しているではないか。水蒸気に紛れ溢れる生き物は、人に見えた。否乃も知る人間に瓜二つである、髪色も染めているとすれば不自然ではないのだが。
「ま、だよなぁ……どうすっかねえ……?」
この世界は、幾つかの上位世界から干渉された形跡がある。それ自体は問題ない、ままある事だ。神様達と呼ばれる如何なる存在がいたとして、住む生物になにをしたとして、罰する責務も罪を下す義務も、氏族にはない。傍観するべきではあったが、問題は神様達により無指名にされた宣戦布告だった。世界を幾つか滅ぼしてすらいたので、目に余るのだ。
ままある事、魔王や神や、超人や転生者とか。と、否乃は粗雑に流す。何度も繰り返した、何度も止めた、だが氏族を知り得るのは有の中でも極一部。生きる者とはより上位を大抵は悪しき者と定め、不安定な正義を掲げ打倒をせんとする。此度も例に漏れず、止事無く甚だしい話だ。全知全能唯我独尊、天上天下我が街道とばかりな生きる者とやらは減りもせず。
吹く風にフードが落ちる。濁った目で見据えるのは世界自体。干渉された形跡を辿り、懇切丁寧に反証して、細々と反論して、軽々と否定する。神の触れた箇所を修繕する、ままある活動だ。頭脳を用いる理由もなければ事態でもない。
「……つーか、アイロニーがやりゃいいじゃん……なんで俺なんだよ」
愚痴を一つ。瞬けば、世界の姿が変化する。生えていたビルが消えて、浮かんでいた天体も形を変えた。人々の話す言語も変化する。生きる人々が増えたり減ったり、変わる。早送りや巻き戻しや一時停止やフリーズや、ノイズや砂嵐を経て暗転する。また、瞬けば、其処には空を飛ばぬ人々が車に乗っていた。何処か六本木に近いなと否乃は思い出す。
ビルの屋上で気儘に容赦も慈悲もなく性質を展開する彼は欠伸をしていた。寝不足だったのだ、有事だからと氏族を率いる英雄に招集させられた。本丸たる神様達には実に平和的に英雄自ら出陣なさったので、否乃のやるべき事柄は終わったと言える。
英雄、ホレイズならば万事丸く収まるだろう。珍しく包帯を外していたのには驚いたし、どんな有事が待ち受けているのかと眠気も吹き飛んだのだが。掘り返せば単に氏族長がんなー、や、むにー、と言いながら引っ剥がしたかららしい。無意識で無自覚の変数行動に抵抗も出来ず、仕方なく裸眼での出陣をしたようだった。
ホレイズ曰く、話し合えば理解しようと言っていたが否乃はそんなに都合は良くはないと考えている。どんなに力の差があっても、だ。
そんなどうでも良い反芻をしていれば、否乃の背後から強烈な光が走った。迸る白、明るさが強く出て景色すら霞ませるそれは、荘厳に雄大に手を広げていた。薄絹の揺れは不自然で、あんまりに整った容姿は気持ちが悪い。黄金比率と言えるのに、否乃は目を一度向けた後に前に戻した、無視である。
ホレイズの前情報では話し合いをする、然る後に手を取り合い世界の保持を選択する、とあったが。どうにも後光を背負う生きる者には耐え難かったらしい、無傷であり、この世界線に移動しているとすれば敢えてホレイズが見過ごした可能性がある。問題はどう対処するかだ。
顎に手を当て、世界の状態を逐一確認しつつ。
「えっと、どちら様ですかね。ああ、俺は氏族ですんで、多分うちの堅物がお話に向かってたと思うんすけど?」
言語の壁、意思疎通手段の壁は存在しない。否乃が否定すれば世界は是とする。荘厳な生きる者は、眩い光を更に悪化させた。普通の人間ならば直視するだけで網膜が焼けようか、屋上に苔生す緑が忽ち枯れ色に萎びていた。
残った雨水が空に消えて行く。急激な熱を背に受けても、否乃は平然と振り向かない。縦令、無限の熱だろうと意味も価値もない。論理強度すら備わっていない手段になぞ、狼狽える道理がない。威圧であろうが、誇示であろうが、対等な話し合いを否乃はしない。上や下と言った話ではなく、初手で害意をぶつける輩に払う礼がないだけだ、これは個人の価値観であり意思の尊重である。否乃は挨拶しただけで悪意を向ける奴を対等に礼を尽くしたいとは思えない、英雄ならば粘るだろうが否乃は英雄ではなく氏族の中で育った兵士だ。
命令ならば従う、然し思考停止では従わない。無駄と言える問答を行い、心に昇華する。納得を前提に従い、励む。英雄が素通りさせたのは何故か、恐らくはこの存在は元々此処にいたのだろう。世界の激変によって、原因である否乃に会いに来た。だが、そうなれば否乃は侵略者扱いなのも頷けた。相手は当然、英雄の話し合いを把握していよう。同じ系譜の生きる者達だと、否乃は知っていた。
頭の中に展開される共通認識事項は英雄がリアルタイムで更新し状態を完璧に保全した揺るぎない真理で事実。認識された全てを閲覧すれば、背の存在が神とやらの一派の長、の娘であると認識出来た。名前は発音出来ない物であったが、認識はしたので問題はなかった。
「――――――、――――」
『我等に抗い争うか、誠に不敬極まる』
「……いや、話し合いしてるぜ? ホレイズならあんたらの親分と面と向かっての歓談中だ」
「――、――――! ――――!」
『馬鹿な、あの者は神を斬った。話し合いと言い騙した』
「いやいや、先に斬り掛かったのはそっちって証拠あがってんぜ? それに、ホレイズが本気なら認識すら出来てねえーんだなこれが。まあ、気持ちは分からんでもねーけど、絶対に死なないように斬ったホレイズは穏便な方だぜ?」
普通、話し合いの使者を襲撃すれば戦争だ。ホレイズは優しく堅物なので武器を切り捨て、話し合いをしましょうとゴリ押したようだった。相手が暴れる前に、攻撃する動作を手で制して、無理矢理話し合いに持ち込んではいた。彼等には剣を何時振ったのかだけは、全く認識出来なかったのだろう。否乃もアカシックレコードを辿って調べたが、剣で斬る経過だけは認識不可能だった。前後を合わせれば斬った、となる。
分からないものに怯え警戒する、それは誰であれ例外ではない。神なる者達は話し合いを認めるしかなかったのだろう。それに、裸眼であるホレイズの眼力は神すら歯牙にかけぬので精々縮こまって説教されて欲しいものである。
否乃は首を捻り鳴らすと、背後、仮称神なる娘を視界に入れた。眩しいが、否定すると真っ白な女性がいた。浮いていたりするが、宇宙のような瞳は否乃を見据えている。
「――! ――――! ――――!」
『信じられるか。得体の知れぬ権能をふりおって。邪神の系譜か』
「いや、氏族だって言ってんだろ。それにあんたらが使う権能はよくある事象操作だろ? 俺達のとは根本から違うし、源流がちげえんだなぁこれが」
ちっちっちっ、と指を振る。有世界にはあらゆる力がある。それはどんなものも例外ではなく、いずれかに属する。
事象干渉。
事象操作。
論理。
性質。
本質。
である。これらは明確で、残酷なまでに判別可能だ。
事象干渉とは、その世界の常識が分類される。その世界固有のエネルギーを用い扱われる全ての現象を指す。体内に世界固有のエネルギーを宿す者の中では、別の世界軸でも体内の世界固有を引っ張り事象干渉するケースはある。この場合も関係がなく、事象干渉だ。
規模は論点にない。彼等『神なる者』が世界を一撃で破壊可能でも、事象干渉の末である限り事象干渉であるのだ。
では事象操作とはなんであるか。あらゆる世界に共通する観念や概念が『事象操作』である。超能力、異能、権能とも呼ばれる力である。
要するに事象干渉はその世界固有の常識(科学、魔法)で事象操作は世界共通(観念、概念)であり、事象干渉者は必ず思念エネルギーを用いなければならないが、事象操作者はその制約はない。思念エネルギーを用いる者もいれば用いない場合もある。
これは規模を含まない。思念エネルギーを用い、概念を具現化したとすれば、その概念こそが世界固有の観念であり、他の世界には通用しない点だ。世界固有概念を観念にし、また概念化させる。このプロセスを経て火を発生させたり水を作ったりしているのだ。等価となる交換先があるから事象干渉であるのだが、規模を含まないとは全知全能であってもこのプロセスを経ていれば事象干渉だから、である。全知全能であっても世界固有(小さな枠組みの概念)を基礎にしているし、世界共通を基礎にする事象操作との違いだ。
事象操作は世界共通(観念、概念)であり『火を生み出す力』であればどんな事象干渉を受けても火は灯るのだ。『火を生み出す』観念を世界に概念として出力する。だからこそ、全知全能性とは強度の違いで瓦解するものだ。
真っ昼間から眩い『神なる娘』が扱う権能とて、事象操作であれど例題に出した通り『火を生み出す力』であるので、物理干渉タイプと分類されよう。中には『死を操る』とか『あらゆるものを破壊する』とか、良くあるチートも含まれる。種類によれば全知全能であるが、事象操作にも段階が存在し、神なる娘は物理型なので単純な機構をしている。
あらゆるものを燃やしあらゆるものに阻まれない火ではあっても、水を生み出す事象操作に相殺されよう代物だ。そして、否乃は否定である。性質とは力ではない、世界共通の否定に関するシステムが彼なのだ。彼=否定の観念であり概念なのである。
超能力の先に論理強度を保持するが、保持された論理強度は世界共通のシステムの力を間借りするものであり、彼はそのシステムを運営し論理強度を保証し証明する人物に当たる。
事象操作からすれば論理を経た先にある概念だが、だからこそ、享楽に欠伸をしてすらいたのだ。全知全能如き存在は、システムにより論理破綻し弾けるのだから。デッドロックし瓦解し泡沫に消ゆる、それがシステムで、下位に対しての全知全能性が揺らがない理由である。
そもそも否定から貸したシステムすら一つもないので、否乃は無意識に展開する否定防壁に完全に委ねていた。このあらゆる害を否定する防壁を貫通するには、否定に連なる性質でなければ土台から話にならない。全知全能は既に論理で至るもので、全知全能性の強度こそが氏族の論点なのだ。
どれだけ途方もない力でも、どれだけ凄くてやばくて影響する力でも、強度がなければ絵に描いた饅頭でしかない。或いは虎か、と否乃は脳裏に浮かべる。
「――! ――――!? ――!?」
『燃えろ。何故燃えぬのだ。火はいずこか』
火、すら発生しなかった。あらゆるものを燃やし尽くす火は、発生すらしなかった。対象を否乃に定めたが為に、否定防壁が世界共通を否定してしまったのだ。何度も手を振るうが、火は起きない。火は発生しようがなかった。どんな場所でも燃える火でも、燃えないと否定されれば灯りようがないのだから。
「いや燃やそうとするなよ、ドン引きなんだけど。かぁー、だから嫌なんだよなあ、神とか名乗る奴ってほっとんど話きかねえし……つーか、どうしたら良いんだ? 指示くれよ……どうすんだこの人、あ、神か……?」
神、と自称するが。神なる娘は世界固有エネルギーで構成された実体と非実体のエーテル体のようだった。竜界で述べれば魔人の中でも下位となるだろうか、勇者世界であれば超克四種族に似た種族ではあるが、基礎機能は劣るようである。単純な不老不死、竜界に君臨する魔王ならば瞬殺してしまえる不死身の超越エーテル生命体だ。
因みに、否乃の記憶にあるエーテル体の比較対象は氏族長であった。良し、マシ。と考えて、ガッツポーズ。氏族長は見ていられない、直視すると本能が拒絶する気色悪い美しさがあったが、神なる娘は耐性もあって観察可能だった。
「――――! ――――! ――、――――!?」
『なぜ燃えぬのだ。燃えぬものはないはずだ。お前、水の権能者か』
「いや、否定っつー……システム機構だぜ。おっと、否定から入っちまうのは悪癖でよ、直んねえんだ。と、も、か、く! あんた、とりあえず落ち着けよ。良かったな、俺で。この世界の住人も守ってんだぜ?」
肩を竦めた。そう、神なる娘の光は強い。この世界の生きる者達が蒸発しないように、断絶して隔離していたが為に、この屋上にしか影響がないのだ。気配りは当然だ、何回も失敗したので先回りして手を打つ。策士として氏族に所属する自負もあるので、抜かりはない。
人々の平和な喧騒を眼下に、否乃は肩を落とす。どうにも自己判断しろと言う状況は苦手だ、差し迫った問題こそないが結局の所神なる娘に対してなんら有効な手段がないのだから。こうして意思を交わしてはいるものの答えは出ないし、話し合い前提の英雄の共通認識に委ねるしかない。随時更新される事項を捏ねつつ、神なる娘の激怒を華麗に看過する。ぶんぶん振られる腕は困惑より怒りが勝っていた。
「――――! ――!」
『何故燃えぬのだ。異端者が』
「異端……ねえ。あんたらって結局なにしたんだ? 世界を滅ぼして回るのは俺みたいな、システムを恨んだりしてるからか? つっても、俺は世界を創ってないし管理もしてねえーし、なによりだ。なによりあんたらみたいに上に立とうとしちゃいねえーけど?」
「――――! ――! ――――――!」
『愚弄するか。神だぞ。我等が世界を創り上げ管理する』
「幸せはそれぞれだし、好きにすりゃいいさ。でも、あんたらの破壊した世界はうちの長が無意識に創り上げたもんだ。所有権を主張するなら、管理者を名乗りたいなら、道理や理路や論理を通せよ」
「――――! ――――――――!」
『我が父こそが神。紛いものの玉座に精々居座るといい』
「紛いものねえ……いやあ……氏族長は神様って気質じゃねえし言われたら多分怒る性格してっけど。あんたらよりよっぽど神様してんぜ? これはマジだし、否定しようがねえ事実だ」
碌な足しにもならぬ話をしていた、不意に共通認識事項が更新された。ホレイズが認識した内容だ、あまりにも悍ましい実態が明記されている。信じたくもない程に、信じたくないのに真理で真実で、抗いようのない嫌悪に気分が悪くなった。同時に、あらゆる世界線の氏族は神なる者達と敵対する。
生きる者としての死線を越えている。何故そんな蛮行が可能なのか。どれだけの罪や罰、業を重ねたと言うのか。否乃は認識させられた事実に、胃酸が競り上がる。手で口を押さえ、なんとか戻す。喉が焼けるようだ、ぴりぴりする皮膚は怒りであったのだろう。否乃は氏族の中でも新参に分類され、最も人としての価値観を有する。それはホレイズも同様だ。
人間であるから、ですらなく、人間でなくとも神なる者達が渦巻かせる業は深い。清算しようがない程に、雁字搦めで溺れるまでに。
「て、てめえら……やりやがったのか。正気じゃねえ、ああ、クソッ! てめえは間違ってる! そのふざけた正義で、なにをしたらそうなっちまうんだよッ!」
叫んだ、と同時に。神なる者達と氏族全員に認識される。
『これは正義ではない、私の心に準じ、故、大義はない。ほとほと……呆れ甚し。貴様らは……歩みよるのも好きにせよと快諾した氏族長を、剰えその好意を無慈悲にも裏切り、更には、刃を氏族長にすら向けた。最早、後退はせん。私は認識する、貴様らを敵対因子を、全てをだ』
明確な怒気は、否乃の怒りを簡単に超えていた。紫の眼光、白き英雄の絶望した声。失意により力のない宣言、だが、意思と決意は揺るぎない。何万年振りか、氏族は他勢力との戦争を開始した。抗える勢力なぞないと言うのに、友好的な勢力で戦争なぞしないのが通例であるのに、彼等は氏族の逆鱗に触れた。
心を尊重する。
神ではない。
偉くもない。
凄くはない、強くはある。
正義ではない、大義もない、意思はある。
心がある、信念がある、矜持がある。
氏族長に対して彼等はやらかした、それは否乃の本能からの感情を呼び起こす。
ああ、こいつらはもう終わりだ。と。
逆鱗だ。許す道理も理路も論理もない。
逆鱗だ。
逆鱗である。
無礼にも。
非礼にも。
触れた逆鱗の結果は、言うまでもない。
「…………下らねえなあんたらは、下らねえよ」
ごきりと、鳴る。脳味噌に走る数列は激情に伴って加速し、冷徹に、凍って行く。爪先から髪先までもが純度の高い敵意に塗り固められて行く、目前の敵対因子の完全滅却の為に最適化して行く。
「――――! ――! ――――――!」
『氏族がなんだ。神を騙るな。あのような少女に何故付き従う』
否乃の目は恐ろしく冷たい、感情の突起を削がれた眼だ。手を解し、首を鳴らす様に油断もなければ躊躇いも見当たらない。強大な力による圧殺を、氏族は是とはしなかった。対話して、譲歩して、尊重して、認め合い、繋がり、共に歩むのを尊ぶ。世界で一番必要なのは犠牲であり、犠牲を並べると正義が潜むような事態を彼等は拒絶する。
温い正義は掲げない、生温い大義なぞ背負わない。故に、揺るがない。
「分かってねえのはてめえーだよ、俺はあんたらの認識を否定する。氏族長は確かに『好きにしろ、お前の勝手だ』って言うだろうが、その言葉には『行動に伴う結果』があんだよ。あの人は自分の巻いた種でどうなろうと構いもしねえ、あんたらとの違いはそこだ」
氏族長メタロジカル・ロジックの最も尊敬出来る点は、誰に対しても上や下はなくお前と私だ、を貫く事にある。そして受け入れ許す事にも繋がる。とは言え、現実問題、有世界を支える生みの親、神がいるとするならばどうあっても神と定義出来よう存在が氏族長メタロジカル・ロジックなので、全ての母に対し子が殴るのは如何なものかと思うのは当たり前の話だ。
しかも、本人は許すだろう。しかし、有世界の支柱だ。崩れれば崩落は全てに及ぶ、絶対的な存在であり致命的な弱点。全てを巻き込み自爆されられたならば、もう、笑うしかない。
「あんたらの御託は否定する、あんたらの意思を否定する、俺はあんたらのやばさを認識しちまった。俺はもう、あんたらと対話をしねえ。対話の段階を過ぎてんだよ、あんのは族滅だ、剣を取れ、盾を構えろ、てめえの前にいんのは氏族、その一人、上位概念機構だ」
せめてもの救い、情け。彼なりの区切り。構えた拳と、落とした腰。人間の姿の青年に、神なる娘は嘲笑う。そして、不可視の一撃を繰り出した。のだが、否定されて、綺麗で美しくて完璧な顔面を否乃の拳が捉えた。血飛沫はない、目の中にある宇宙が漏れ出して、顔面を覆う肌は陶器の如く砕け散る。吹き飛びもしない、酷く地味な一撃で、全てが否定されて行く。
ぐらりとした。
否乃は、振り切った姿勢のままに口を開く。ふわふわと崩壊する神なる娘を、見やりもせずに。
「俺は、お前を……否定する」
指を打ち鳴らせば、神なる娘は忽然と消えた。初めから存在していなかったように。そうして、否乃はポケットに再び押し込んで沈む気分に微睡むような、そんな瞳で世界を見やる。
「あいつならどうすんのかな、はっ、下らねえな。俺は氏族だ、あいつだって氏族だ。其処に違いはねえよな。あー、つーかどーしてこうなんだよ……俺は別に……まあ良い」
頭を掻けば捻じれた黒髪は悪化する。苛立ちを乗せ舌打ち一つ。
「……下らねえな、戦争なんてつまんねえもんだからよ。選択肢はもっとあったろうに、いいや、たらればこそ……が、下らねえ……か」
ぽつり。
と。
世界に溶けた。
氏族は性質と呼ばれる上位概念機構に人格と人生があるので、氏族の中にも様々な種族が存在するんすよね。否乃は人間、学生だったので良くあるチート主人公っぽいかも。
でも氏族ってのは面白いのが、設定の定義上。
否乃「はぁ、下らねえな……あ、誰に言ってるか? 画面の向こうで後書きを読んでるあんたにだよ、暇過ぎねえか? 後書きだぜ?」
なんて真似を可能にするので、実に厄介な代物です。第四の壁を突破する、この第四の壁ってのがあらゆる物語の『ものすごい』を手に取った本を破くように扱えるって事なんすけども。
あ、良く分からんですか。まあ、いずれ詳細に解説するかも。知らんけど。