よくある異世界転移もの、のように
赤、青、黄、緑の光が複雑に絡み合っていた。それは俗にステンドグラスと呼ばれているもので、多種多様な形をしたガラスは少女が顔を伏し手を合わせる様を象っていた。聖母の姿は陽光によって一時なく印象を揺らめかせ、ガラスを抜けた鮮やかな光が僕に当たっていた。
奇妙で粗雑な音に確りと耳を傾ければ、頭まですっぽり黒衣に包む少女達の祈りであると分かる。少女達は中央に寄り集まって一処に目を向けているのだけれど、当然、信者達の見据える先とくれば本来であれば信仰対象か、類するものであるべきで。だが、此度は違った。
その視線の先は、奇天烈な幾何学模様に上に立つのは、どう見たって僕だったのだ。
教会、であろうか。
手抜かりなく毎日磨かれたであろう石床の輝きようは網膜が嫌ってしまうけれど、爛々とした無垢な数多ある瞳には至極落ち着いてはいられないのだけれど、僕はうら若き修道女より背が高い事を良い事に、取り敢えずもう一度辺りを見渡した。
僕の目にあるのは長椅子、奥に大きな扉。修道女、足元の幾何学模様。仄かに滲む残光に目を細め観察は続けたが、僕には当然さっぱり分からないのだけれど、なんとなく理解はした。とは言え、修道女達の視線から逃れんと天井のステンドグラスを再度仰ぐ。
「――――」
「……」
修道女の一人が口にした言語を、当たり前に僕は知らないもので。知らないのだから聞き取りすら出来なかったけれど、歌うような囁くような、中々に透き通った声に目を向ける。
碧眼に、金髪。
特別珍しくはないし、僕だって外国の知り合い程度は存在する。どうせ碌でもない事になるのだろうけれど、あの灰色の髪を持つ女に比べれば珍しさはないのだが、とも追記する。
追記次いでに、僕は別段現状に困憊も困窮も困惑もしてはいないのだ。なにせ知っていたし、分かっていたから。問題点は、まあ、一応、いるだろう奴の思惑に見当が付かない点だ。検討しようにも、とも言う。なんにせよ、僕は、大学生であった僕は、見知らぬ世界の片隅に今はいる。
「――――……?」
小首を傾げ、儚い印象を与える少女。えっと、言語体系が違うから分からないけれども、些末な問題だろうと僕は楽観視する。
楽観視とは言うけれど、本質的には興味がなかったのだ。
僕は見下げる先の、金髪で碧眼で、それなりに美少女な女の子にはこれっぽっちも靡けない。初恋とか、一目惚れとかも、あって良い筈もなし。是非もなく、可もなく、否とは言わないものの、少しだけ他人事のように半歩身を引く。
話していても聞き手になるべくして僕はこんな所にはいないのだし、早く日本に帰りたいし、氷菓のお使いも残っているのだ。使命感、はない。
息を絞り、口から逃がす。なんにせよ、いずれにせよ、僕は知らない街の、知り得ない世界の、知りたくもない話に立っている。そんなもんに構っていられる程に聖人でも暇人でもないし、日本が恋しい訳でもないけれど、此処には大して興味を惹かれる物事、存在はない。
関心も薄ければ期待すらしていない。今更僕がなにを期待すると宣うのだろう、縋り付きたくなる程に蚊帳の外で僕はいる。
それに、と僕は不安気で胸元で手を合わせる少女をにべたく見据える。会話なんぞした所でなんにもならないし、なり得ない。進展はあるが、論点は異世界とかより、冒険とかより、頭にあるのは氏族の長、の代理の言葉ばかり。
頭が痛くなって来る。それならいっそ僕ではなく、否乃にでも任せれば万事丸く収まって九十九折に現実は歪曲もしないだろうに、まあ、深く考えた所で今は変わらないのだけれど。どうしてこうなったのか、より、どうしてくれちゃってんの、である現在進行系に忌々しさが込み上がりそうになる。
そして、『なら断れば良いじゃん』って何処ぞの万年赤点女の軽薄な幻聴に同意しつつ、僕がそんな人間ならなと決め顔をして親指を立てる幻覚を脳裏で映す。
「……異世界ってなんで皆憧れるんだろ、僕には全く理解出来ないな」
思考を回しつつ、独り言。
「――……――?」
「……ほんとに、分からねえんだよな」
どっちにかは、ぼやいた僕をしても分からなかった。