第68話、眠れない王子様
食事の後、軽く会話したが、ジュダから見て、ラウディの様子はいつも通りに見えた。
外には黄金甲冑の近衛がいて、部屋の中にはラウディ以外にはジュダとメイアがいる。
少なくとも、彼女にとってリラックスできる場があるのはいいことだ。襲撃に脅え、震え上がっていたとしても仕方ないと思っていた。だから、ラウディが平常どおりならジュダにとっても悪いことではなかった。
やがて就寝の時間となった。
基本、騎士学校では消灯の時間ともなると騎士生たちは寝るのだが、一部貴族生や、上位騎士生には、授業に差し支えない範囲なら多少の夜更かしも許されていた。
もちろん、王子であるラウディも夜更かしが許されているが、彼女は就寝を選んだ。
メイアが部屋の明かりを消し、隣の控え室に下がると、真っ暗となった部屋にはジュダとラウディの二人だけになった。
「ぜったいに、ベッドに入ってこないでね、ジュダ」
「入りませんからご安心を」
さっさと自身のベッドに潜りこむ。黄金衛士が部屋の外を警備している。それは扉の外だけに留まらず、騎士生寮の窓側の庭、屋上にも人員が目を光らせていた。窓のそばにジュダのベッドが置かれたのも、窓を破って侵入してくる敵に備えてのものだろう。要するに障害物だ。
しかしジュダ自身はさほど心配していなかった。むしろ、来るなら来い、である。
――でも、あっさり寝てしまうかもしれないな。
メイアからはラウディを安心させるためと警護のため、同じ部屋で寝てくれと頼まれた。だが正直に言って、出番があるとは思えなかった。近衛も無能ではない。とはいえ、ラウディを差し置いてさっさと寝てしまうのもどうかと思うのだ。
「ジュダ、起きてる?」
「ええ、まだベッドに入って間もないですから」
暗がりの中、ちらと見やればラウディもベッドに入り、天井を見上げていた。
「私が寝るまで、起きててくれる?」
「わがままなお姫様だ」
ジュダは小さく笑った。ラウディは挑発には乗らなかった。
「……こういう時、どんな話をするものなのかな?」
「こういう時とは?」
「同じ年頃の、親しい者同士が一つ屋根の下で寝る前とか」
「寝るんじゃないですか。話とかせずに」
幼い頃のロウガの友人たちはそうだった。ひとたび寝ると決めたら寝る。話がしたいなら横にならない。そういうものだった。
「明日がありますから、ベッドに入ったらさっさと寝るものです」
「……寝れない」
ポツリ、とラウディは呟いた。ジュダは苦笑する。
「いやだって、まだベッドに入ってすぐじゃないですか」
「眠くない」
「じゃ、なんで消灯してベッド入ったんですか?」
「就寝の時間だからかな……」
ラウディは自信なさげに言った。
「いちおう……規則だから?」
なるほど。さすが王子様。真面目な優等生である。
「メイアから聞いたけど、あなたも普段はまだ起きているんでしょ?」
「……何を聞いたんですか?」
この部屋に来る前に、メイアから魔力眼なる力で、夜に抜け出しているのがバレていたことを聞かされた。俄然、気になった。
「部屋を抜け出して……剣術の練習やトレーニングをしているとか」
おう……。そりゃ見られてたよな――ジュダは思わず右手で顔を覆った。ラウディはくすくすと笑った。
「隠れたところで努力しているんだ、って思った。……強いはずね」
――いや、努力とかそうじゃなくて。
ジュダは閉口した。単に、昼間の運動量では訛ってしまうから、夜に足りない運動をして体を維持しているだけである。
亜人集落にいた頃、野原や森を駆け回り、それは自然と身体能力を鍛えた。夜に剣を振るうのもその頃に、ジュダが従事した師匠の影響だ。スロガーヴの能力は常人離れしているが、だからと言って何もしなければ強くはならないし、鍛えられない。
「ねえ、ジュダ……」
「何です?」
「今この瞬間、国にいる人々、一人一人何をしているんだろうって考えたこと、ある?」
唐突な話だった。ジュダは考え、首を振った。
「いいえ、ありませんね」
「私はある」
ラウディは言った。
「ベッドに入りながら考えるの。いま父上は何をしているだろう、何を思ってベッドに入っているだろう。母上や妹は? ペルパジア大臣は? 他の臣下たちは? ……ジャクリーン教官や、騎士教官ひとりひとり、クラスメイト――」
すっとラウディはこちらを向いた。
「ジュダは、何を考えているのかな、って」
「……まあ、いつもなら、部屋を抜け出して剣を振ってます」
ジュダは冗談めかした。
「何も考えてません。ええ、ただ剣を振るいます。……違うな、考えてはいます。けれど、剣の型とか技とか……そういうことを」
「君って、そっけないよね」
ラウディの声はどこか拗ねていた。
「たまには他の人のことも考えたらどう?」
「関係ないですね」
ジュダはそう言って、唇の端を吊り上げた。
「それとも、あなたのことを考えている、と言ったほうがよかったですかね?」
「私のこと?」
ラウディの声が一瞬戸惑った。
「な、何を考えているのかな?」
「言えませんよ」
「なんで!?」
ガバッと、ラウディがベッドから身を起こした。
「言ってよ。気になるじゃない!」
「だから、言えませんよ」
ジュダはそっぽを向くように彼女に背を向け、窓へと視線を向けた。
「隠さないで。……それとも口では言えないようなことを、考えてるの……?」
何故、そこで声を落とす――ジュダは思った。
「また、如何わしいことでも考えました?」
「違う、バカっ!」
バッと毛布を被った音が聞こえる。ベッドに潜ったのだろう、多分拗ねた顔で。
「意地悪……本当、ジュダって意地悪」
「よく言われます」
小さく言ったが、返事はこなかった。
沈黙。本当にヘソを曲げてしまったのか、あるいは聞こえなかったのか。
どちらでもいい。さっさと寝てくれたほうが、こっちもあれこれ気を回さなくて済む。
どれくらいそうしていたか。本当に寝てしまったのか、そう思い寝返りを打てば、ポツリとラウディの声が聞こえた。
「……私を狙う者は、いま何をしているだろう」
暗殺者のことか。やはりジュダが部屋にいるからといって、おいそれと済むものでもない。ラウディは『敵』のことと自身の立場を考えて、中々眠れないようだった。
「暗殺を企てた者は、今も私をどこかで見ているのかな。私をどうやって殺そうか、考えているのかな……?」
「さあ、ベッドに入ってぐっすり眠っているんじゃないですか」
ジュダは、深く考えずに言った。
「暗殺者は、狙うタイミングを選べますからね。守る側は常に警戒していなければならないですが、狙う側は無理と見ればすっぱり諦めて次の機会を窺います」
経験者だけに、ジュダは迷わなかった。ラウディもじっとジュダを見つめ、聞き入る。
「相手も生き物であるなら、疲れもするし寝もします。警戒を強められて嫌なのは、向こうも同じです。……もしかしたら、近衛隊がガッチリとガードしているので、暗殺者も困っているかもしれませんよ」
ラウディが小さく笑んだように見えた。ジュダは続けた。
「油断はすべきではないですが、過剰に不安がることもありませんよ。そうやって疲れてしまうのが、敵にとって思う壺です。あなたがもやもや考えて寝れない間、暗殺者はぐーすかイビキをかいて寝ているかもしれません」
「それは、何だか頭にくるな」
ラウディは頬を膨らませた。ジュダは皮肉な口元を歪めた。
「もしかしたら逆かもしれませんね。暗殺者のほうが、ラウディが守りに安心してぐっすり眠っているかもと、ヤキモキしているかもしれない……」
「敵を困らせているなら愉快だけど」
そうあって欲しいとラウディは呟く。ジュダは視線を天井に向けた。
「外には近衛隊、部屋の中には俺がいます。あなたは何の心配なく眠ればよろしい」
「ふふ、頼もしいな君は」
ラウディも天井を仰いだ。
「あなたがいてくれてよかった……本当に」
ぽっと胸の中が温かくなった。ラウディの口からすっと出てきたその言葉、ジュダの心に入ってかき乱す。……そういうところは、彼女は卑怯だと思った。
だからこそ、守ってやりたくなるのかもしれない。ジュダは背中を向け、窓の外、カーテンからこぼれるわずかな月明かりを注視するのだった。




