第67話、王子様との関係?
「何をいまさら。今までだって散々招いたよ」
ラウディは肩をすくめた。それはそうだが――ジュダは真面目ぶる。
「そういう意味ではなく、同じ部屋に寝泊りすることです。周囲から要らぬ反発を招く恐れがあります」
「私が、君を贔屓にしている、と?」
ラウディは眉をひそめた。
「それこそ今さらね。私にとって君は特別。贔屓して何が悪い?」
「他の騎士生たちの嫉妬を買うのでは……?」
「君が周囲のことを気にするなんてね」
ラウディは皮肉っぽく言った。
「いつものように関係ないね、と言って欲しいな」
「俺のことなら、まあそうなんですが、俺が心配しているのは、あなたの評判です」
「へえ、君が私のことを心配してくれるなんてね。ちょっと気分がいいな」
「真面目な話なんですが」
ジュダは淡々と告げた。
「俺は皮肉屋の暴れん坊で嫌われ者でも構いません。でも、あなたはいずれこの国の王となるお方。悪評となることは避けられるほうが賢明かと」
「君といることが、どう悪評になるというの?」
拗ねたようにラウディは言った。
「忘れた? 君は父上や私を救った英雄なんだ。勇敢なる未来の王国騎士――それのどこが悪いというのかな?」
「……ああ、そうでしたね。でも英雄なんてごめんです。自分が英雄などと思ったことは一度もありません」
ジュダは眉間にしわを寄せた。――そうともペルパジア大臣からも言われた。英雄にはなるな。スロガーヴである自身の身を考えるなら。
「それにあなたはレギ……王子である以前に、中身は女性です。……その、心配じゃないんですか、同じ部屋で男が寝るというのは」
「それは、その……」
ラウディは驚いたような顔になった。
「君が、別の意味で私を襲うということ?」
「……」
「そう……まあ、うん」
彼女は顔をそらし、俯いた。
「まあ……その、何。考えないでもないけど……むしろ、ジュダなら襲われてもいいかな……なんて」
「はい?」
「な、何でもないッ! 何にも言ってないからっ!」
喚きたてるラウディに、ジュダはわざとらしく身を引いた。
「まさか、厭らしいことを考えたのですか?」
ジュダは真顔だった。……心の底で、意地悪の虫が疼いたのだ。
「王子様のふりをしているお姫様が、魔獣の如き男とベッドの上で重なり合う様をご想像されたのですか?」
「なっ、そんなわけないでしょ! そんな破廉恥なこと、考えるわけっ!」
その顔は真っ赤である。例え考えていなかったとしても、今は考えたな、とジュダは思った。
正直に言えば、ジュダも今考えた。あの細いラウディの体を抱きしめる自分の姿を。
――ないな。それはない。
レギメンスとスロガーヴだ。両者は敵同士。
スロガーヴがレギメンスの体に直接触れることは、自殺行為以外の何物でもない。裸で接触しようものなら……全身大火傷なんてことになるかもしれない。
衣服ごしに触れただけで痺れたり、レギメンスのオーラで肌が刺激されたりするのを考えても、あまり愉快な予感はしなかった。
それで万が一スロガーヴであることがバレては、元も子もない。
「まあ、そんなことはないので心配していませんが」
「……そ、そうだね。ジュダがそんな厭らしいことをするはずがない」
どこか残念そうに聞こえたのは気のせいか。ジュダは続けた。
「男と女の関係はともかく、男と『男』としての関係を勘ぐられる恐れがあります」
「どういう意味?」
理解できなかったようで、ラウディが小首を傾げた。
「それは俺が男であり、あなたも、一応『男』であることです」
「……?」
「公式では、あなたは王子です。男です。そんな人が、自分の部屋に同じ年頃の男を寝泊りさせるわけです。……これ、端から見たらどう見えます?」
ジュダは表情には出さなかったが、内心では冗談ではないと思った。
「え、普通に友だちとか親友とか……」
「ええ、普通なら。ただ王族とか貴族だと少々事情が変わります。同格の相手ならともかく、下の身分のものを寝泊りさせるとなると……」
ジュダは一拍間を置いた。
「ラウディ王子殿下は男色――そう思われるかもしれません」
「……言われてみればそうかもしれない」
しかしラウディは取り乱すことはなかった。それどころか腕を組んで考え出した。
「でも、そう思われたほうが将来的にいいのかもしれない」
「はい?」
ジュダは呆気にとられた。ラウディは真面目ぶった。
「だってほら、私は公式では『男』でしょ? そしてそのわたしが女性より男性に興味がある――と思われたら、縁談話も減るかもしれない」
「縁談……?」
「王族も忙しいんだよ」
ラウディは、うんざりしたように肩をすくめた。
「政略的なものもあれば、世継ぎのこともある。でも困ったことに私は『女』だから。どこかの姫に結婚を申し込まれても、子供が作れない」
「男同士でも子供は作れませんよ」
ジュダは至極真っ当な意見を言う。ラウディも頷いた。
「うん、父上も含めて、私の性別については頭を悩ませている」
「でも、どのような理由があったとしても」
ジュダは少し考える。
「あなたを『男』と偽らせたのはあなたのお父上である国王だ。あの人が悩むのは自業自得というものでしょう」
「……父上のことを悪く言うんだね、君は」
ラウディは神妙な顔になった。
「そういえば、恨んでいるって言ってたよね……私の父のことを」
「恨んでいた、ですかね」
ジュダは言葉を濁した。
恨んでいるかどうかといわれれば、言葉どおり、少し前まで――つまり今は殺してやりたいほど思っていたりはしない。
もっとも、ラウディがいるから、という大前提であるが。これが崩れた後は、どうなるかわからない。
「たしかに、父上が私を男として育てた」
ラウディは言った。
「それに対する責任は、あの人にもあると思う。けれど、だからと言って丸投げにはできない。だって私の人生だから。私にだって選ぶ権利はある」
あるよね? と自信なさげにラウディが見つめてくる。
「とはいえ、いつかどうにかして決着をつけなくてはいけない。でも、今じゃない」
「でも、だからといって男色なんて噂、俺は嫌ですよ」
ジュダは露骨だった。ラウディは笑う。
「考えすぎだよジュダ。他の騎士生たちも、きっと私の警護に呼ばれたとしか思ってないよ」
「だといいのですが」
不承不承のジュダ。ラウディは、はしたなくベッドに転がった。
「それに未来を語るにしても、今をどうにかしないと。……私を狙う敵がいる限り、未来のことを心配してもしょうがないわけだし」
「そうですね」
ジュダは同意した。
「あなたの身は、お守りします」
「ありがとう。君がいてくれるだけで、私は安心していられる」
ラウディは寝転がりながら、頼もしそうにジュダを上目づかいで見つめた。




