第65話、対策と反発
「ある程度、というのは?」
対抗策がある、と提案するマギサ・カマラにリーレは尋ねた。ウルペ人の術者は眉を下げる。
「時間をかければ、新たに術を書き換えることができるのです。ただ、書き換えには並みの術者なら長時間――半日から一日はかかりますから、そう簡単にはできません。つまり――」
「敵が騎士学校に潜入して、仮に騎士生に術を施そうとしても、半日以上かかる術の書き換えは難しいということか。当然、騎士生が半日も姿を消せば、騒ぎになるしな」
「消えた生徒が戻ってきたとしても、真っ先に調べられますからね」
なるほど、いい考えだ――ジュダは思った。
ジャクリーン教官は尋ねた。
「その対抗術を、騎士生全員にかけられますか?」
「一人一人、かけていくとなりますと……かなり時間がかかるでしょうね」
マギサ・カマラは少し考える素振りを見せる。
「対抗術自体は難しくないのですが、学校全体の人数となると……」
「背に腹は変えられません」
金髪碧眼の騎士教官は、姿勢を正して頭を下げた。
「どうか、お願いできないでしょうか。騎士生たちの安全のためにも、王子殿下のためにも」
「そうまで頼まれては断れませんね」
マギサ・カマラはにっこりと微笑んだ。
「大仕事ですが、私でお役に立てるなら。そのためにここにいるのですから」
ですが――マギサ・カマラは小首を傾げる。
「もし、私がこの学校で騎士生たちに対抗術を施していると知られれば、幻孤が阻止すべく私を狙ってくるかもしれません。いえ、すでに呪術を解いている者がいると、敵も気づいていると思います。この学校で対抗術を使えるのは私だけ……当然、敵からすれば私は邪魔者です」
「ご安心を。あなたの身の安全は、学校側が――いや、例え私一人でも必ずやお守りします!」
ジャクリーン教官は力強く告げた。学校教官陣の中でも、もっとも実戦派であり、剣の達人である彼女なら、狐面の襲撃者たちにも後れを取らないだろう。
「では、早速、教官陣に報告します。事は急いだほうがいい――」
「わたくしも同行しましょう。ウルペ人の立場から説明したほうがいいこともあるでしょう」
「助かります。何せ、私は剣はともかく魔法のことは専門外ですから」
ジャクリーンに続き、マギサ・カマラが部屋を出て行く。
とんとんと話が進んでしまった感は否めなかった。取り残される形になったジュダたち。最初に口を開いたのは、リーレだった。
「彼女、ああは言ったけど、対抗術といっても魔法の類よね? 騎士生全体に魔法をかけてくなんて、結構ハードじゃないかしら」
「体力がもたない、ということか?」
ジュダが言えば、神妙な顔をしていたメイアが口を挟んだ。
「確かに人間が魔法を行使するには魔石の補助を必要とします。魔石に含まれる魔力を取り出し、奇跡の力とする――しかし引き出して、形とするには術者の力が鍵となります」
「忘れていないか? マギサ・カマラ殿は亜人だ」
コントロが言った。
「……ああ、もちろん今のは差別的な意味ではない。ウルペ人は魔術に秀でた種族と聞く。困難かもしれないが、彼女が言ったからには可能なのではないか」
というより――コントロは事務的に告げた。
「いまは、マギサ殿にやってもらうしか手は無いと思うが」
「……それもそうね」
リーレも同意した。そこでふと気づいたとばかりに顔をしかめた。
「でもさ……対抗術かけられる騎士生たちはどうかな?」
「どう、とは?」
「こんなこと言いたくないんだけど……」
赤毛の騎士生は、トニを見やる。難しい話は苦手なのか、彼女は居眠りしていた。どうりで静かだったわけだ。
「マギサ・カマラは亜人。騎士生の中では亜人を毛嫌いしている連中がいる。そいつらが素直に対抗術をかけさせてくれるかしら?」
「……」
コントロは押し黙った。彼も察したのだろう。
昨今、人間と亜人との間の関係は微妙である。特に亜人解放戦線による破壊活動には、一部騎士生たちは怒り心頭だったし、先の騎士学校創立記念祭の襲撃の影響で、亜人に対していい感情を抱いていない者も多い。
「そこは学校側次第じゃないか」
ジュダは、思ったことを口にした。
「そもそも、ジャクリーン教官はマギサ・カマラに頭を下げたが、まだ正式に教官陣が認めたわけじゃない」
「対抗術が却下される?」
「その可能性もある……が、現状、他に手がないなら、結局は認められるんじゃないかな」
教官たちが『認めた』なら、騎士生の大半もそれに従うだろう。なにより騎士生の安全と、王子殿下を人質にとられているような状態だ。
亜人がどうこうなどと言っている場合ではないだろう。そうであるなら、騎士生の好き嫌いはある程度無視される。
「それでも、頑強に拒む者もいるだろうな――」
ジュダは、そこで閃いた。
「でもその人数はそう多くない。敵の術が通用する者が少数なら、監視するのも難しくない。……むしろ、何人か拒んでくれないかな」
自然と意地の悪い笑みが浮かぶ。
「そうすれば、そいつらを標的に、敵が動いてくれるんじゃないかな」
・ ・ ・
解散となった時、外はすっかり暗くなっていた。
部屋に夕食を持ってこさせて、リーレやコントロとさらなる打ち合わせをしようと思っていたジュダだったが、あいにくとメイアによって呼び出された。
というより、解散となった直後、メイアに声をかけられた。
「ラウディ様のお部屋までご同行いただけませんか?」
時間も時間なので、ラウディの食事のお供だろうか――そう思ったら案の定、メイアは部屋に残る者たちを見回すとそっけなく告げた。
「皆様は皆様で食事を済ませてください」
最近ではよくあることなので、誰も文句は言わなかった。かくてジュダは仲間たちと別れて、ラウディの部屋へと向かう。途中、珍しくメイアが口を開いた。
「貴方には苦労をかけます」
「何です?」
「ラウディ殿下は、貴方にそばにいて欲しいと思っています」
「……そのようですね」
私の騎士になってくれ――そう言われてお姫様、もとい王子様の側に従い、授業はもちろん、食事もほとんど一緒だった。マギサ・カマラに会うために王都を離れるといった時は、わざわざついてきたくらいだ。――うん。
「悪い気はしませんね」




