第63話、警備態勢の強化
碧眼の王子は、一度ジュダの姿を確認してから、コントロを正面からじっと見つめた。
当のコントロは、王子の姿を目にしても以前のようにおかしな状態になることはなかった。
呪いはきちんと解かれているのだ。コントロは、深々とラウディに頭を下げた。
「王子殿下。数々の無礼、誠に申し訳ございません。このコントロ・レパーデ、一生の不覚。お許しいただけるとは思っておりません。この身、王子殿下の気の済むままに、如何ようにも」
ラウディにしてみれば、コントロに殺されかけた。とはいえ、それが操られての結果である以上、彼ばかりを責めるのも酷だとジュダは思う。
しかし、王族暗殺未遂をしでかしたことは覆しようのない事実。操られていたから許されるというものではない。
操られる方が悪い、と言われてしまえばそれまで。事実、ラウディにはそれを言う権利がある。
コントロとて打ち首死罪も覚悟しなくてはならない。……いや、コントロは覚悟しているだろう。
もう、彼には失うものは、本当に自分の命くらいしかないのだから。
「私は、君に罪は問わないよ、コントロ君」
ラウディは事務的に告げた。責めるでもなく、しかし表情はやや硬い。
「君が剣を向けるのは私ではなく、私の敵であることを祈る。……そうあってくれるな?」
「!? ……もちろんです、殿下! ああ、なんと……慈悲深い」
コントロがその場で膝をつき、歓喜に震える。
「殿下、このコントロ、決して貴方様に逆らいません。我が剣は、貴方様のためのもの。貴方様の敵は、必ずや我が剣で撃ち滅ぼしてみせます!」
「期待している」
ラウディは微笑した。肩の荷が下りた、と言いたげな、ちょっと油断した表情である。……やはり内心では、コントロと正対するのが少し怖かったんだな、とジュダは思った。
「なんだ、ジュダ」
どこか不満そうな顔のラウディ。
「にやにやして、私の顔に何かついているのか?」
「いいえ、別に」
どうやら、気づかないうちに頬を緩ませていたらしい。ジュダが真面目ぶると、ラウディも部屋にいる一同を見回した。
「さて、コントロ君も元に戻ったところで、今後の話をしたいのだが……よろしいかな?」
・ ・ ・
コントロにかけられていた呪術は解けた。
また第二の王子襲撃者となったライ・フランベル騎士生もマギサが診断した結果、同種の呪術がかけられていたことが判明した。
ただちに術は解かれたわけだが、しかし、事件は解決したとは言えない。
何故なら、コントロやフランベル騎士生に呪術を施した犯人はいまだ捕まっておらず、狐面の集団『幻孤』はラウディを狙っているからだ。
だが、それに対する周囲の反応と行動は、実に緩やかだった。
ラウディの父親であるヴァーレンラント王は、近衛である黄金騎士団の一部隊をエイレン騎士学校に派遣して警護に当たらせたが、それ以上の行動はとらなかった。
ウルペ人の代表と面談して今回の件に対する質疑をするなど、外交的なこともまったくしなかったのだ。
おそらく、無駄だからだろう。
ウルペ人の影の暗殺集団――その行動をウルペ人の代表に問い質したところで、彼らがそれに答えるだろうか?
王子暗殺を指示したか、と聞いたところで知らぬ存ぜぬと答えるのが関の山であり、実際、本当に知らない可能性も十分にある。
仮に指示をした、などと答えれば、これはヴァーレンラント王国に対する宣戦布告であり、ウルペ人と戦争に突入するだろう。
亜人種との協調路線を行くヴァーレンラント王にとっては一種族とはいえ、亜人種との戦争は避けたいところだ。
それは黄金騎士団の警護の派遣理由である『襲撃者に対する備え』という文面からも見て取れる。ウルペ人の暗殺集団には一言も触れていないのだ。
仮にウルペ人を『敵』と宣言すれば、国内に蔓延る亜人差別主義者に大義名分を与えることとなり、事はウルペ人以外の亜人にも波及、大戦争に発展する恐れさえあった。
ジュダがペルパジア大臣に聞いたところでは、確実に『敵』だと判明するまで、一部の種族を敵視する姿勢はとらない、というのが王の判断なのだそうだ。
ウルペ人の暗殺集団が動いている、という事実があってもなお、王が行動を躊躇うのは、ひとえに『動機』が不明だからだ。
ペルパジアが言うには、『狐面をつけているからといって、それが本当に幻孤なのか?』ということらしい。
ウルペ人のゴロツキや、亜人解放戦線が、種族間戦争を起こすべく仕掛けた策略の可能性を否定できなかったのだ。
『そもそも、ウルペ人が王子を狙う理由はなんだ?』
その謎が解けない限りは、状況証拠に過ぎない。言いがかりをつけて、亜人解放戦線や、亜人差別主義者に口実を与えるのもよろしくなかった。
では、どうすればいいのか。
現状、ラウディの命は狙われたままである。手をこまねいていれば、取り返しのつかない事態に陥るのではないか。
それに対するペルパジアの指示は明確だった。
『襲撃者から全力で、王子を守り、そしてその襲撃者を捕らえるのだ。素性が明らかになれば、こちらも必要な対応ができる』
つまり、ラウディを守りながら、敵が『幻孤か否か』はっきりさせろ、ということだ。
実にわかりやすい。相手の出方を待つ故に、対応が後手に回らざるを得ないのが歯がゆいが。
エイレン騎士学校に、小部隊とはいえ正規の騎士団が派遣され、さらに騎士学校側も警備を増強することで、未来の王の守りが固められた。
ラウディが学校から出ないことでその守りはさらに磐石となり、襲撃者も簡単には踏み込めないのでない。
しかし、襲われないことはいいことなのだが、敵が手を出さないことには捕まえようもない。結局、いつまでもラウディを狙う敵が存在するわけで、事件は解決しない。
こう言う時、狙う側というのは実に有利だとジュダは経験上思う。
時間さえ許すなら、相手が無防備になるその時まで待てばいいのだ。相手が襲撃はもうないだろうと気を抜くまで、遊んだり勉強したり他のことにうつつを抜かしていても、こちらが焦らなければ何とかなってしまうものである。
一方で、狙われている方は、絶えず緊張に晒される。それで疲れてくれるのを待つのも、襲撃者にとっての利点でもあるのだ。
だが『敵』は思いのほか、早く手を打ってきた。
決して失念していたわけではない。しかし、油断はあった。
敵は、騎士学校の内部に『襲撃者』を放ったのだ。……そう、かつて危惧した通り、コントロらに変わる、新たな襲撃者が再び騎士生の中に現れたのだ。




