第62話、呪術の正体
「それはさておき、まずコントロ、お前の魔法だ」
ジュダが振り返って合図すると、トニの横で成り行きを見守っていたマギサ・カマラが前に出た。
被っていたフードをとると、狐の耳がぴょこりと現れる。
「彼女が、例のウルペ人――」
コントロが言えば、マギサ・カマラは自己紹介とともに一礼した。コントロもぎこちなくだが頷いて応える。
「あの、ジュダさん」
マギサ・カマラは真顔になった。
「さっそくこの方にかけられている呪術を確認します。呪い解き専門ですので、大抵の呪術なら解けると思いますが……」
ウルペ人の魔術師は上目づかいになった。
「できれば、集中したいので、部屋の外で待っていてくださると助かるのですが」
「……わかりました」
ジュダは頷き、部屋に残るコントロを見た。
「君は亜人は苦手か?」
「接点はないが、まあ人並みだよ」
コントロは緊張を隠せないようだった。ジュダは意地の悪い笑みを浮かべた。
「亜人差別主義者じゃなければ割とどうでもいい」
よろしくお願いします――ジュダはマギサに告げると、隣の部屋へと移動した。
「あーあ、どんな魔法使うか見たかったのにぃ」
そう言ったのはトニだった。好奇心が旺盛な彼女らしい発言である。ジュダは唇の端を吊り上げた。
「そういう野次馬を排除したかったんだろうな」
集中したい、と言うのなら邪魔してはいけない。ウルペ人の呪術がどんなものかわからないが、それなりに高度な技と集中力が必要なのだろう。
「専門家に任せるのが一番だ」
「むしろ専門家だから――」
リーレが壁にもたれる。
「人前で魔法を使いたくないのかもね。自前の魔法があるなら、おいそれと使って、盗まれるのも嫌だし」
「お、さすが魔法も得意な優等生」
「うるさい」
リーレが小さく舌を出した。
「とにかく、魔法使いってのは他人の術には興味丸出しなのに、自分の魔法になると途端に専有したがるものなのよ」
「そういうものか」
「人より魔法が使える、人が使えない魔法が使えるっていうのは、それだけで有利なのよ」
赤毛の少女は鼻を鳴らした。
「だから魔法使いって人種は傲慢な奴が多い」
なるほど――ジュダはリーレの言い分に納得した。
「魔法の技術化なんて言ってるけど、根っからの魔法使いはそれを嫌っているのも多いわ。当然よね、自分の仕事がなくなっちゃうかもしれないわけだから。……まあ、完全に魔法使いの仕事を奪うのにそれが何年、何十年先かはわからないけど」
どれくらい時間が過ぎたのか。あれこれ話をしている間に、隣の部屋から、マギサ・カマラが声をかけてきた。
「終わりました」
「……どうでした?」
部屋に戻りながらジュダが問うと、マギサ・カマラは微笑んだ。
「呪術は解除しました。彼は、もう大丈夫です」
「それはよかった」
ジュダは相好を崩すとコントロを見た。
「おめでとう、と言っておこう」
「ありがとう、と返しておく」
コントロはそう言った後、姿勢を正した。
「今回のことで私は君に礼を言わねばなるまい。何から何まで、君の世話になった。君が必要なら何でも言ってくれ。私もできる限り、それに答えよう」
殊勝な心がけだとジュダは思った。本心から感謝しているというなら、悪い気はしない。
「なら、早速だが、君にも協力して欲しい。ラウディの命を狙っている奴がいる。そいつを突き止めるのに手を貸してもらいたい」
「願っても無い」
コントロは頷いた。
「私を暗殺犯に仕立て上げた者に、ぜひ裁きを下してやりたい」
それで――と、リーレがマギサ・カマラを見やる。
「コントロにかけられた魔法は、やはりウルペ人の呪術だったのですか?」
「はい、ウルペ人の暗殺集団が用いる呪術でした。人を操り、獲物が近づいた時に攻撃を仕掛ける術です」
「ウルペ人の暗殺集団」
リーレはジュダに視線を寄越した。狐面のウルペ人集団――幻孤。
「例の狐面の襲撃者ですか?」
「おそらくは――」
マギサ・カマラは視線を下げた。ジュダは首を動かした。
「そうなると……コントロ、覚えていないか? 君に魔法をかけた相手を」
「残念ながら」
コントロは口元を引き締めた。
「私の中で創立記念祭の前後の記憶があいまいだ。誰かに会った気がするが、はっきりと思い出せなかった」
「思い出せなかった?」
ジュダが聞き返せば、コントロは頷いた。
「そうだ。だが、君は言ったな、狐面と。それは狐を模した仮面のことか?」
「……ああ」
ジュダは身を乗り出した。
「会ったのか? 創立祭で、狐面に?」
「ああ、たぶん。会ったと思う。……すまない、記憶に靄がかかっている
ようなのだが、狐の仮面だけは、印象に残っている」
「なら決まりね」
リーレが語気を強めた。
「あんたに魔法をかけた奴はウルペ人で、ラウディ王子の暗殺を企んでいるのもウルペ人……あの狐の仮面の連中で」
「ウルペ人め」
コントロは吐き捨てるように言ったが、すぐに近くにウルペ人の女性魔法使いがいるのを思い出し、気まずくなった。
「あ……申し訳ない、マギサ・カマラ殿。あなたの種族全体を悪く言うつもりは――」
「ええ、わかってますよ。貴族だったあなたの人生を壊してしまった相手が私と同じ狐人ですから、暴言の一つや二つは聞き流します」
マギサ・カマラは穏やかに応えたが、かえってコントロは萎縮してしまった。
「本当に申し訳ない。あなたは恩人だ。そんなあなたの種族を貶めるなど……短慮でした。お許しください」
本心から謝罪しているようなので、ジュダはとくに口を挟まなかった。
亜人を差別する者がいる。種族全体が悪と決め付ける者もいる。そこにいる一人一人、いい者もいれば悪い者もいる。人間も他の種族も、肌の色も血の色も毛の色の違いも関係ない。
その時、戸がノックされた。返事をする前に、扉の向こうから侍女のメイアの声が聞こえた。
「お話中失礼します、ジュダ様。コントロ・レパーデ騎士生の魔法は解かれましたか?」
「ええ――」
ジュダはコントロを見やり、次にマギサ・カマラを見やる。それぞれ頷きで返した。




