第61話、ひとまず学校へ帰還
手ぶらで戻るというのはばつの悪いものだ。
狐面の集団に襲撃された場所に戻れば、ラウディが顔を上げた。
「どうだった?」
「逃げられました」
正直、自分がどんな顔をしているのかわからない。ただラウディがそれ以上聞かなかった。
「お怪我は?」
話題を逸らすように、王子の身を心配して見せれば、ラウディはホッと息をついた。
「私は大丈夫だ。メイアやマギサのおかげで」
礼を言うと、ラウディ付きのメイドは面目次第もなさそうに頭を垂れ、ウルペ人の魔術師は手を振って謙遜した。
「いえいえ、つい、とはいえ王子殿下を押し倒してしまい申し訳ありませんでした」
「おかげで命拾いした。感謝する」
「いえいえ、本当に。煙に巻かれていた私を助けていただいたご恩もありますし、私の方こそ、王子殿下に感謝してもしきれません」
頭を下げるマギサ・カマラ。ジュダは周囲を見渡す。
突然の騒ぎに混乱していた通りにも、人の姿が戻り始めている。いったい何だったろう、と口々に不安やら推測が飛び交っている。
「場所を変えましょう。あれだけの騒ぎですから、そろそろ王都の守備兵が来ると思いますが」
「来るのを待つ、というのも手だ」
そう言ったのは、ジャクリーン教官だった。
「いっそ彼らの警護も加えたほうがいいかもしれない。この王都内で襲撃されたのだからな」
教官の視線は、ラウディに向く。彼女も頷いた。
「そうですね。敵は引きましたが、結局誰一人討ち取れませんでしたから」
一応教官と生徒という立場からか、ラウディはジャクリーンに丁寧に応じた。
「でも、あれはいったい……」
「幻狐」
ぽつり、とマギサ・カマラが呟いた。
「失礼。あの狐面の一団は、幻孤と呼ばれるウルペ人の影の暗殺集団です」
「暗殺……!?」
ラウディが息を呑んだ。ジャクリーン教官は小さく呟く。
「あれが、そうか」
如何にもという黒い装束姿であった。
「噂には聞いたことがある。闇に忍んで標的を追い詰め、暗殺を行う狐族の集団があると」
「そうです。ウルペ人なら、子供でも知っている伝説の集団です」
マギサ・カマラは言った。
ジュダは無言を通しているリーレ、腕組みをしているジャクリーン教官と順に顔を見合わせ、ラウディに視線を向けた。
「暗殺集団の狙いは――ラウディですか?」
ジャクリーンは唸った。
「他に、彼らに狙われる心当たりがある者は?」
順番に顔を見回す女騎士。ジュダはもちろん、リーレも、トニも首を横に振り、当然ながら、侍女のメイアも否定し、マギサ・カマラもわからないとばかりに小首を傾げた。
誰も心当たりがないとなると『ヴァーレンラント王国の王子』であるラウディが狙われていると考えたほうが自然だ。実際、彼女を狙って攻撃してきた者もいた。
「何故、ウルペ人がラウディを?」
ジュダがマギサを見れば、彼女は小首を傾げたまま。
「幻孤の行動は、私にはわかりません。そういう暗殺集団がいるというのは知っていても、それがどこの誰かまで知っているわけではありませんから」
それもそうだ。ジュダが頷けば、ジャクリーンは口を開いた。
「亜人解放戦線と通じている、とかかな? 亜人たちにとって、人間の王族は攻撃対象だ」
「そうなりますと」
メイアが口を開いた。
「亜人集落の銃撃も、幻孤の仕業でしょうか?」
「うーん」
そうかもしれないし、違うかもしれない。
亜人の集落で魔石銃を撃ってきた相手が狐の面をつけていれば確定だが、残念ながらフードに隠れてそこまで見えなかった。
「とにかく」
ジャクリーン教官はラウディに向き直った。
「王子殿下が狙われているのは間違いなさそうです。身辺警護はより厳重にするべきと存じ上げます」
「僭越ながら、わたくしからも申し上げます」
メイアもラウディに頭を下げた。
「これからの行動は、慎重にありますようお願い申し上げます。ラウディ様の御身には、この国の将来がかかっております」
「……うん」
ラウディは頷いた。
その表情は苦りきっていた。自身が狙われているという事実。そして侍女より告げられた『国の将来』という言葉に、とても重いものを感じたのかもしれない。
ラウディは何か言いたげだったが、それを飲み込んだようにジュダには見えた。
・ ・ ・
守備隊が駆けつけ、彼らの一部が護衛に付く中、ジュダたちは騎士学校に戻った。
ジャクリーンは学校教官陣へ報告に向かい、ラウディはメイアと共に部屋へ。ジュダも自室へ向かう。リーレとトニ、そしてマギサ・カマラを連れて。
もちろん休むでもなく、今回の遠征の目的である、コントロにかけられた魔法を解くという重大事案を解決するためだ。
上級騎士生であるジュダの部屋の隣、従者用の部屋を借り住まいとしているコントロは、ジュダが戻ると、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
「おかえり、と言うべきなのかな。それとも『お帰りなさい、ご主人様』なのかな?」
「よせよ、気持ち悪い」
元貴族生のコントロから『ご主人様』などと呼ばれるのは、違和感しかなかった。しかし、貴族の出だけあって背筋がピンと伸びているから、格好次第では執事なども案外似合うかもしれない。
「お前を召使いにした覚えはないぞ?」
「そうか、それはよかった、と言えばいいのかな」
コントロは、癇に障る喋り方をした。しかしその顔には苦いものが浮かんでいた。
「だが、周りはそう思っていないようだ」
「……何かあったのか?」
ジュダは察する。
「何人かの同期生が私を訪れたのだ」
ジュダは瞬時に同情に近いものをおぼえた。どう考えても、悪い予感しかしない。
「マルトーや、サファリナ。他にも何人か、代わる代わるな」
コントロは自嘲する。
「マルトーはともかく、他は私の今の立場を笑いにきた者もいたよ。もはや貴族ですらない、落ちぶれた云々――特にサファリナからはこっぴどく罵倒された」
あの巨乳娘――ジュダは手近な椅子に腰掛けた。
最近、彼女から睨まれているジュダである。創立記念祭で助けた直後こそ、好意的になったと思ったが、現状つかず離れずの位置で一方的に睨まれている始末である。
「仕返ししたいなら相談に乗るぞ、コントロ」
「ジュダは受けた仇は忘れない」
リーレが、適当に文章を読み上げるような調子で告げた。
「そういうところでは律儀だな、俺は」
ジュダは苦笑した。そのあたりも、狼亜人の影響かもしれない。彼らの種族は、一度抱いた恨みは忘れないのだ。




