第58話、集落大騒動の謎
亜人たちの集落がどうなったか知る由もないが、少なくとも危機は脱した。
ジュダはトニの背の跨り、周囲の平原を見張っていた。
王都への帰途である。このまま進めば夕方には、王都城壁に到着できるだろう。
「ジュダ」
ジャクリーン教官が馬を操り、傍らにやってきた。
「何とか無事に戻れそうだな」
「ええ、幸いなことに」
そう答えるジュダに、金髪碧眼の女教官は難しい顔になった。
「集落の襲撃だが……お前はどう思う?」
「どう、とは?」
「襲撃者だよ」
ジャクリーン教官は眉をひそめた。
「広場の端から魔石銃を撃った奴だ。騒ぎの根源。奴は、私たちを狙っていたと思う。フィーリエ人を狙ったわけではあるまい?」
「あのでかい的をはずす、とは考えにくいですからね」
皮肉の笑みがこぼれる。
襲撃者の銃は魔石銃。弾道がほぼ直線のために、その命中精度は高い。よっぽど射撃手の腕がへぼでなければ。そもそも、あのタイプの銃では、フィーリエ人に致命傷は無理だろう。
「そうなると、問題は相手の正体と狙いだ」
ジャクリーンは視線を彼方の地平線へと向けた。
「狙われたのは王子殿下のようだったが……あの時、王子はフードで顔を隠していた。王子の身分を示すものは何もつけていなかったし、この集落へ来ることを知る者はほぼいなかった」
「狙われたのは人間の、どこかの金持ち貴族だったから、ということですか?」
「そうも考えられるな」
メイドと騎士と連れた、小綺麗なローブをまとった人物――亜人でも、それなりの身分にある者だと判別できるだろう。
「亜人解放戦線ですかね?」
人間を標的にする過激派暴力集団からすれば、金持ち人間は標的に打ってつけだ。
「そうかもしれない。だが違うかもしれない」
ジャクリーン教官は眉間のしわを深めた。
「亜人の多い集落で騒ぎを起こす意味は? むしろ亜人解放戦線なら、集落の外で襲うのではないか? それなら野盗に見せかけることもできる」
「なるほど」
ジュダは相好を崩した。
「今の話で、襲撃者が盗賊や強盗の可能性は薄れました。あんな場所で騒ぎを起こすメリットがありませんからね」
しかしそうなると――ジュダも難しい顔になった。
「亜人たちの集落で銃撃し、騒ぎを起こす……ひょっとしたら、襲撃者は亜人ではなく、人間かもしれません」
「ジュダ、襲撃者の顔は見たか?」
首を横に振る。天幕の影になっている部分に潜んでいた相手だ。黒っぽいフード付きのマント――当然ながら、顔は隠れて見えなかった。亜人、人間とも、どちらもあり得る。
「人間の貴族だから撃たれたのか、あるいは、ラウディの正体を知って撃った暗殺者なのか」
「暗殺者か」
ジャクリーンは気にいらないとばかりに鼻を鳴らした。
「確かに王子殿下の身辺に怪しい影が蠢いている。こうして私たちが護衛につくくらいだ。ただ、先にも言ったが、王子がここへ来たのはお忍びで、しかもそれとわからないように擬装していた。王子を狙う暗殺者なら、どうやってこの行動を掴んだんだ?」
「大いなる謎、ですね」
ジュダは視線を滑らせ、馬車に近づく存在がないか見張る。
「王子の行動を知る者はわずかです。ここにいる俺たちと……あと誰がいますかね?」
「騎士学校の上級教官が何人か」
ジャクリーンは口をへの字に曲げた。
「ただ今回の遠征に反対していたが。……あとは王城、王とその側近くらいじゃないかな」
「国王陛下に報告したのですか? 王都を出る話」
「当たり前だ」
女騎士は苦虫を噛んだような顔になった。
「できれば国王陛下に、王子殿下の暴挙を止めていただきたかったのだが……何の沙汰もなかった。結局、学校側は王子に押され、このありさまだ」
いまさら言っても仕方がないが――ジャクリーンは小さく肩をすくめた。
「ともかく、この限られた人間の中から、王子が王都を離れる話が漏れるとも思えないが」
「学校の教官陣か王の周りに間者がいるかもしれない……という説も出てくるわけですか」
「まさか」
女騎士は疑わしげに眉をひそめる。
「教官の中に、王子殿下を狙う不届き者がいるのか?」
「そうかもしれませんし、あるいはその周りの人間かも。教官たちの話を立ち聞きした騎士生とか。あるいは王城で、同じように誰かがラウディの困った行動に対する愚痴をこぼしたのを耳にしたとか。……考え出したらキリがありませんね」
「頭が痛くなってきた」
「頭痛ですか?」
「違う」
ジャクリーン教官はうんざりした顔になった。
「少数だと思っていた疑わしい者が一気に増えたのだから、考えるだけ無駄な気がしてきたのだ。襲撃者が何者かわかれば、この手の問題も解決するんだがな」
「逆ですよ、教官」
ジュダは淡々と告げた。
「何者かわからないから、調べるんです」
・ ・ ・
日が沈む。ジュダたち一行が王都を囲む城壁が見える位置までたどり着く頃には、魔石灯の明かりが灯され始めていた。
地平線に没していく太陽とは正反対の方向に目をやれば、濃い紫色の空に、おぼろな緑色の魔力光が立ち上っていくのがと見えた。夜ともなれば、王都の出入り口たる城門が閉じられてしまうため、少し急ぐ必要があった。
王都を囲む長大な石壁は、外敵の侵入を拒む。盗賊などはもちろん、夜には危険な獣が徘徊する。それらから人々を守るために、王都全体を城壁で守っているのだ。
その壁の中、王都へ出入りするには、東西南北、四方向にある大城門を利用する。そこには守備隊がいて、ヴァーレンラント王国の中心たる王都を出入りする者をチェックしている。
東門に到着したジュダたちは、簡単な審査を受ける。ジャクリーン教官が代表して門番とやりとりをした。
マギサ・カマラへ会いに行くという旅目的は、騎士学校の遠征授業の一環という建前だったので、門番の審査も簡単な問答のみで済んだ。すでに王都に出る前に審査を受けていたので、その時に発行された通行証を渡すことで面倒な手続きは回避できるのだ。
「今日、最後があなた方でよかった」
そう言った門番の兵士が敬礼すると、ジャクリーン教官も答礼する。
「ご苦労。……交代の時間か?」
「ええ、これから酒呑んで帰ります」
城門の跳ね橋の鎖が巻き上げられる音が響く。城門が閉ざされ、王都と外界は隔絶されるのだ。
「酒か。気持ちはわかる。が、やり過ぎるなよ」
「はい。……お気をつけて」
門番に見送られ、幌馬車は王都を進む。
帰ってきた。後はエイレン騎士学校に向かうだけだ。




