第56話、ウルペ人の占い師
目的の占い師マギサ・カマラに、ラウディを占ってもらうことになった。何を占うかとマギサと聞かれ、ラウディは聞き返した。
「何を占えるのかな?」
「お望みのままに。未来、過去、気になっている不安、願望、恋愛――」
「恋愛?」
思わずラウディが呟くと、マギサ・カマラは目を細めた。
「それでは、あなた様の恋を占いましょう」
「あ、え……?」
驚くラウディ。見守っていたジュダは噴き出しそうになるのを堪えた。この男装のお姫様の恋愛――実に面白そうな話題である。無難に将来にふっておけばよかったものを。
占い師はテーブルの上に、透明の小さな玉を置き始めた。赤、黄、緑、青、紫、黒――
「魔石ですか?」
聞いてみれば、マギサ・カマラは頷いた。
「お察しの通り、研磨した魔石です。占いのための小道具と言ったところです」
緊張の面持ちのラウディ。ウルペ人占い師が魔石を並べ終えると、テーブルに肘をつき、手を組んでラウディを見つめた。
「あなたは相当、身分の高い方と見受けます……お名前を窺ってもよろしいでしょうか? もちろん、名前を明かしたくなければ黙しても結構です」
ラウディは黙り込む。亜人たちの集落とはいえ、ここはヴァーレンラント王国。人間たちならその名前を知らない者はいない。亜人といえども――
名前を告げるか――ジュダが見守る中、ラウディは口を開いた。
「ラウディだ」
彼女が名乗ると、マギサ・カマラは笑顔を崩さなかった。
「あなたはとても真面目なお方なのですね。ラウディ様。でも、周囲との関係に苦労なさっているご様子。そう……」
テーブルの上の青色の魔石が、ほのかに光を発した。
「この魔石は、あなたの心を写します。……ラウディ様、青い魔石の輝きはあなた様の心の労を表しているのです。……何か、気になっていることはございませんか?」
「気になること……?」
ラウディは青い魔石を見やりながら考え込む。
「気になることはあるけれど……」
「気になる異性?」
からかうようにマギサが言えば、ラウディはブンブンと首を横に振った。
「いや、そういうわけでは――」
ちら、とラウディがジュダのほうを見た。
――何故、俺を見た?
案の定、マギサもラウディのその反応を見逃さなかった。
「あなたは好意を寄せている方がいらっしゃいますね?」
「う、いや……それは」
ラウディは視線を泳がせる。マギサ・カマラの凝視がラウディに突き刺さる。
「とても近いところに。けれど、周囲は別の方をあなたに近づけたい」
テーブルの上の黒い魔石がガタガタと震動を始めた。皆の視線が集まる。
「今度は何だ?」
「……黒い魔石は『外敵』を現わしています」
マギサ・カマラは初めて笑みを引っ込めた。
「どうやらあなたの身に危険が迫っているようです。それも、命に関わるような」
「どういうことだ?」
ラウディが思わず席を立てば、マギサ・カマラは首を小さく振った。
「それはあなたのほうがご存知ではありませんか?」
「……」
「本来、動くはずのない黒い魔石が動いた。それはあなたの恋愛事、いえ将来を診ることさえ無意味とするような危険な、とても危険な兆候です。病気、事故、あるいは殺人――」
愕然とするラウディ。
もういいかな――ジュダは前に出た。
「そこまでお分かりになるなら話は早い。実は、この方の身に関して差し迫った問題がありまして……つきましては、あなたのお力をお借りしたい」
「占いは、私の力を確かめる方便ですか?」
挑むような笑みを浮かべるマギサ・カマラに、ジュダはいつもの無表情で告げた。
「占ってもらったのは単なる好奇――いえ、深い意味はありません。自分はジュダ・シェード。エイレン騎士学校の騎士生です」
ジュダは名乗ると、ここを訪れた理由をウルペ人の占い師に明かした。
ウルペ人の催眠魔法。その魔法にかけられた同期生と、それによって命を狙われているラウディ・ヴァーレンラント王子の話を。
・ ・ ・
マギサ・カマラに王都へ来てもらいたいと告げるのは、正直こちらの勝手が過ぎるのではないかとジュダは思った。
そもそも、コントロを彼女の元に連れて行けば、彼にかけられたのがウルペ人の魔法かどうかはっきりし、もしそれならその場で解いてもらうことができたのだ。
とはいえ、仮にラウディを置いて出てきたとしたら、身辺警護の面で不安があった。警備を増強したとしても、敵の正体がわからない以上、その警備が操られている可能性もある。多少手間がかかろうが、ラウディがやられたらマギサを連れてきても意味がないのだ。
とはいえ、コントロを連れてこられなかった以上、マギサ・カマラに来てもらうか、何か妙案を思いつくしかない。
だが、マギサ・カマラはあっさりと王都行きを了承した。
彼女の言い分をまとめるとこうなる。
「人間の王子様にわざわざご足労いただいたのですから、応じないわけにもいきますまい。それに、ウルペの呪術で王子殿下のお命が狙われているのでしたら、その術の使い手を捕らえない限り、同じ術で操られた第三、第四の暗殺者が王子殿下を襲ってくるとも限りません。その時、わたくしがお傍にいれば、お役に立てると思います」
マギサ・カマラの指摘のとおり、ウルペ人の呪術で操られた者が他にも現れた時、近くにいてくれるとすぐに対応できる。
ジュダらが天幕を出る時、マギサ・カマラはすでに一緒だった。
驚いたことに、彼女は荷物をまったく持たなかった。
「滞在費は、自分で用意したほうがよろしいでしょうか?」
申し訳なさそうに聞いてくるマギサ・カマラに、ラウディが首を横に振った。
「大丈夫。手間を取らせるのはこちらなのだから、費用はこちらで負担する」
「本当に手ぶらで来るんですか?」
ジュダは、彼女の占い屋とも言える天幕を見やり聞く。マギサ・カマラは微笑した。
「これは借り物ですから。私がいなくても何の心配もありません」
「……そうですか」
手間が掛からないのはいいことだ。外で暇を持て余していたトニとジャクリーンを見やり、面倒事もなかったようで安堵する。
「これから王都に戻ります」
ジャクリーンに告げれば、彼女はジュダに一度頷き、マギサ・カマラに自己紹介を始めた。
一方でトニは、マギサ・カマラをしげしげと見つめていた。ジャクリーンとの会話で、ウルペ人がマギサ・カマラと名乗ると、「この人が……」と意外そうな顔をした。……想像していたウルペ人魔術師と違ったのだろうか。




