第55話、マギサ・カマラ
多種多様な亜人たちで賑わう亜人集落にやってきたジュダたち。昨今の人類と亜人の関係を考えれば、得体の知れない人間の集団に対して、警戒心を抱かれるのは無理もない。
ジュダは顔をしかめる。
特に要注意なのは、傭兵をやっているようなロウガやアラクダ、虎亜人。これらは目を合わせた時点で、ほぼ荒事となるのが始末が悪い。
「ジュダ」
ジャクリーン教官が警戒感も露わに声をかけてきた。騎士鎧に外套姿の彼女は、その手に鞘に収めた長刀を持っている。何かあればいつでも受けて立つと周囲を威圧しているようだった。
これもまた無理もないところである。ジュダも気づいているが、すでに何人かの亜人が、ジュダたちに警戒の視線を向けていた。
集落に人間が完全にいないわけではないが、武装した騎士やその見習い騎士、従者と来ればこちらの出方を窺う者がいても不思議はない。
ザウラ人の戦士、アラクダ人の傭兵がじっとこちらを観察し、若いクーストース人が歯を見せ低く唸り声を上げると、隣にいた同族に頭を小突かれていた。
「ジュダ兄ー!」
トニが駆けてきた。声の方を見た瞬間、揺れる彼女の双房が飛び込み、ジュダはばつも悪く俯いた。……視線うんぬんかんぬん。
「トニ、はしたないぞ」
ラウディがたまらず言えば、トニはキョトンとして、次の瞬間小さく笑った。
「人間さんのほうが着込み過ぎなんだよ」
仕方なしに服を取りに馬車へ駆け込むトニ。中で着替えるかと思いきや、薄手のワンピースドレスを引っ張り出すと、その場で被るように着込む。
「それで、戻ってきたということは、見つけたのか? マギサ・カマラは」
「うん、ウルペさんのテントの場所は聞いてきた」
よっと、と服のズレを直して姿勢を正す。自身の尻尾の位置を確かめる褐色肌の少女。
それを眺め、たしかに亜人種も結構な割合で、人間に比べると薄着だなとジュダは思った。エクートは問題外としても、深い体毛を持つ種族もいるから、人間ほど服にこだわらないのだ。
一方で厚着している種族もいる。昼間の直射日光を嫌って天幕の影にいたり、フードを深々と被っている亜人も少なからずいた。
「それじゃトニ、案内を頼むよ。……リーレ」
ジュダが合図すると、リーレは心得たとばかりに御者台の上から頷き返した。必要としていた助手とは、要するに馬の番である。彼女を馬車の見張りに残し、ジュダたちは、マギサ・カマラというウルペ人がいる天幕へと向かう。
トニを先頭に、ジュダ、すぐ横に顔を隠したラウディ。その背後にメイア、最後尾にジャクリーン教官が続く。
先ほどより、周囲の視線が集まっている気がする。人間の商人の一団がいないわけでもないのに、何故だろうと考え――ふと、外套付きとはいえ騎士の正装をしているジャクリーンがいるせいだと気づいた。人間の騎士が亜人集落で何をしているのか、という警戒感だろう。
とはいえ、向こうから避けてくれるなら、面倒がなくていいとジュダは思う。心の底では、亜人たちからいわれのない罵詈雑言を浴びせられているとしても、だ。
やがて、目的の天幕に到着した。
ほのかに柑橘系の匂いが漂っているのは、おそらく一部の亜人種除けだろう。例えばウルペ人と関係のよろしくない犬系亜人とか。
天幕自体は、真っ黒な布地で覆われていた。大きくもないそれは、直射日光はおろか外から中の様子を窺うことも許さなかった。
ジュダは振り返る。
「あなたはどうします、ラウディ?」
ついてきますか、と問えば、王子殿下はコクコクと頷いた。
「もちろん」
「わかりました。トニ、外で待ってろ。ジャクリーン教官もよろしいですね?」
「ああ、見張ってる」
「いってらっしゃーい」
騎士教官と馬亜人の少女が答えた。侍女のメイアには何も言わなかったが、ラウディが天幕に入るなら当然同行するだろう。
ジュダは天幕の入り口を開き、中に入った。太陽の光から一点、暗闇に感じられるくらい薄暗い。天井に吊るされたランタンから、ほのかな明かりがこぼれている。
ウルペ人は、どちらかといえば暗がりを好む。マギサ・カマラは占い事をしているという話だが、どこか得たいの知れない空気を感じさせた。ラウディなどは雰囲気に気圧されたか、ゴクリと喉を鳴らす。
中の匂いは一段ときつかった。強い香水でもバラまいたのか。ジュダは鼻を押さえた。
「フロッガ・プロセン・プロキドー」
艶を感じさせる女性の声が呪文のように響いた。
ぼんやりと浮かび上がるは、夜空を溶かし込んだような不思議な光沢のある闇色のローブを身に纏った人物。
ジュダは口元を皮肉っぽく歪めた。
「ヴォル・ア・ローガ。ゲシュテゴーヴァ・ステァ」
ウルペ女が顔を上げた。
美女だった。黄金色の長い髪、頭のやや高い部分に茶褐色の獣耳――狐亜人のそれがある。切れ長の目、その黄金色の瞳は薄暗い天幕の中でも、わずかに輝いて見える。
大人の女性であるが、見ようによっては二〇代半ばから三〇代半ばと、意見が分かれるかもしれない。レーヴェンティン教官もそうだが、年齢について少し悩んでしまう外見の持ち主である。想像していたより若く見える。もちろん、実年齢についてはわからないが。
ラウディが小声で突付いてきた。
「ジュダ。何を話したんだ?」
「フロッガ・プロセン・プロキドー……『炎の神に、祈りと誓いを』」
ジュダは同じく小声で返した。
「そう彼女が言ったので、『狼の一族は、風雪神の信徒である』と返したんです」
「貴方は人間に見えますけれど――」
ウルペ人女性は、ジュダを見やりながら人間の言語を使った。
「狼人でしょうか?」
「老人?」
ラウディが怪訝な顔をしたので、ジュダは捕捉する。
「人間たちの言うところのオオカミ男か、という意味ですよ」
オオカミ男――人間に化けた狼亜人とも、狼の呪いを受けた人間とも言われる。
「かつてロウガ人に世話になった……それだけです」
ジュダは目の前のウルペ人に一礼した。
「あなたはマギサ・カマラでしょうか?」
「はい、しがない占い師をしているマギサ・カマラです」
ウルペ人――マギサ・カマラは、にっこりと微笑んだ。
「人間の方が訪ねて来るのはとても珍しいですね。ご用件は占い……でしょうか?」
笑みの中に、うっすらと警戒心を覗かせるマギサ・カマラ。もちろん、用件は占いとは別にある。……あるのだが。
「ええ、ちょっとこの方を占っていただきたい」
ジュダがすっと隣のラウディを示せば、当の本人は「え?」と目を見開いた。
「ジュダ……いきなり」
「いいじゃないですか。占ってもらえば。貴重な体験ってやつですよ」
「……それは、そうだけど」
ラウディは視線を彷徨わせた。
「あまり経験ないから、わからないな」
「気になっていることを診てもらえばいいんじゃないですか」
ジュダはそっけなく告げる。そもそも王子を演じるお姫様は、外の世界に興味津々なのだ。
そのやり取りを見ていたマギサ・カマラは小さく微笑むと、天幕の中心にある席を指した。
「どうぞこちらへ」
どきりとさせる笑みだった。一言で言うならば妖艶。マギサ・カマラの妖しくも美しい笑みに、ラウディの視線が吸い寄せられる。導かれるように座る王子に対し、テーブルの反対側の席につくウルペ人占い師。
「何を占いましょうか?」




