第54話、亜人集落へ
ジュダの予想ははずれ、学校側は、ラウディ王子の外出許可を出した。
王族の権力に屈したのか。ジュダは邪推する。
学校側も父親であるヴァーレンラント王に泣きつけば、ラウディの要求に首を横に触れたかもしれない。
しかし、学校側も条件を出した。
一つ、ラウディ王子が外出する際、現状危険因子であるコントロを同伴させないこと。
二つ、学校側の教官を護衛として同行させること。
ラウディはその条件を呑んだ。
結果、コントロを置いて、ラウディが出るという本末転倒な事態が現実となってしまった。彼女の騎士として守るという観点からすれば、悪くはない話ではあるが。
学校側の引率は、ジャクリーン教官が就いた。剣の腕では学校教官随一。それと同時にジュダたちの担当教官であるという人選だろう。
教官陣から難物と見られているジュダも、ジャクリーンならある程度御せるという目論見かもしれない。アシャット教官のような、ジュダに敵意を持っているような人選でなくてよかったというところだ。
かくて、翌日朝、ジュダと王子様一行は騎士学校を出発した。遠征用の幌馬車に寝食その他もろもろの荷物を積み込んで。
王室専用や要人用の馬車は使わなかった。理由をあげればカモフラージュである。
公式行事でもなく、重厚な警備がついていない豪華な乗り物など、目立つだけでいいことは何もないのだ。
ジュダはトニの背に跨り、馬車外での警備を担った。ジャクリーンも白馬に乗り、ジュダ同様警備に回った。馬車の馬を御するのは、リーレが担当した。ラウディとメイアは日差しの当たらない幌の中で涼んでいた。
「なんで、あたしに頼んだ?」
リーレがさっそく聞いてきたが、それに対するジュダの答えはこうだった。
「信用しているからだ」
馬車を使うということで、その御者が必要だったが、なにぶん内密の遠征。誰でもいいわけではない。
そしてジュダとしては、他に頼む相手が思いつかなかった、というのもある。
事実、リーレは、今回の遠征がどういうものか理解できる程度には、関わっているので、それほど間違った人選ではない。
王都を囲む城壁を抜け、一路東へ。
よく晴れた空。馬の背に揺られ、しかし容赦なく照りつける太陽に肌を焼かれた。鉄で補強された革鎧の下で衣服が汗に濡れ不快だった。
喉が渇き、皮袋の水で潤しながら、昼過ぎに人間たちの町ブラルに到着。そこで大休憩と水の補充、食事を済ませて再び移動を開始。
のんびり平原を二刻ほど移動すると、やがて視界に森が見えてきた。木々を迂回するようにやや北寄りに進むと、目的地である亜人の集落へ到着した。
獣革や骨、木材など作られたテントが不規則に並んでいた。
大きさも形もバラバラ、全体を覆っている立派な天幕もあれば、雨を凌ぐ屋根とそれを支える支柱しかないものもある。
鮮やかな赤や緑に染められた布地で覆っているものもある一方で、草木が絡みついた一種の擬装のような格好になっているものもある。
ガヤガヤと賑わうその場で交わされる言葉は、大半が聞きなれない言葉。
行き交うのは人型をしていても、人とは異なる種族。
ジュダはトニから降りる。ラウディも馬車から出て、目の前の光景に目を丸くした。
「狼亜人、猪亜人、犬亜人、熊亜人……」
目につく亜人種族をジュダは呟く。ざっと眺めて、危険性のある種族に目星をつける。
これらがすべて人間に対して敵性ではないものの、単独行動している連中の場合は注意を要する。
その大半が荒事に慣れているアウトローか、傭兵だからだ。特にロウガ人とクーストース人、アラクダ人は、敵と認識したら公衆の面前でも噛み付いてくる。
「何だか……圧倒されるな」
ラウディが呟けば、ジュダはからかうように頬を緩ませた。
「これだけの亜人を見るのは初めてですか?」
「うん」
小奇麗なローブにフードを被り、その正体を隠すラウディ。背後のメイアもフード付きの外套を羽織っているが、その下はメイド服である。
――亜人にはその程度じゃすぐ『人間』だとバレるけどな。
大半の亜人種族は、人間より嗅覚が鋭い。顔を隠しても匂いですぐに看破してしまう。
「人間も結構いるんだな……?」
言いかけて、ラウディは口をつぐんだ。
目の前を全裸の大女――大きな胸になかなか引き締まった体の持ち主が通過したのだが――そのお尻にはふさふさの尻尾が揺れていた。
馬亜人、トニと同族だ。相変わらずの裸族である。
天幕のそばで酒盛している集団がいる。犬亜人の隣で、人間の若い娘が楽しそうに笑っているが、よく見れば彼女の髪の間からひょっこり犬耳が出ていて、亜人だとわかる。
「カニス人ですね。クーストースより、人間に近い亜人です。クーストースと人間のハーフが種の祖ではないかという説があります」
ジュダはラウディに耳打ちした。当の王子様は小首をかしげる。
「……どうして小声で言った?」
「カニスもクーストースも耳がいいですからね。彼らの噂をしているのを気づかれて、睨まれたくないですから」
別の天幕の脇が騒がしくなった。亜人たちが集まり、やんやと声を上げ始める。
「……どうやら血の気の多い奴が、喧嘩を始めたようですね」
これだけ雑多な種族で溢れているのだ。この手のことは日常茶飯事だろう。その証拠に野次馬の連中を除けば、少しそちらに注意を引かれた後、元の行動に戻っている者が大半だった。
「トニ」
「なんだい、ジュダ兄」
馬の姿から人の姿になったトニが、すぐに寄ってきた。いつもなら服を着出す彼女だが、解放的な同族や、亜人種が多い場所のためか『服を着る』のをやめたようだ。
なかなか発育のよいトニの胸から視線をはずしつつ、ジュダは亜人たちの集団に顎をやった。
「話の出来そうな奴から、ウルペ人の占い師の居場所を聞いてきてくれ」
「わかった!」
そのまま健康的なお尻をふりふり、トニは離れていった。
ジュダが視線をラウディに向けると、彼女は不機嫌そうだった。
「何か?」
「……今どこを見ていたジュダ? トニの胸とかお尻とか見てなかったか?」
「見えてしまうものはしょうがないと思います」
ジュダは真面目ぶる。
「一応、忠告しておきますが、亜人たちと向き合う時は視線には気をつけてください。彼らの多くは言葉より目線の動きで、判断する者が多いですから」
「それは目を逸らすな、ということか?」
「すべてがそうとは言えないですが、とりあえず見つめられたらガン飛ばしてください。それで相手が避ければよし、荒事になったら俺が何とかしますから」
「う、うん……」
脅したつもりはないが、ラウディが顔を強張らせた。
慣れない人間は、狼や熊がすごんだだけでビクつく。簡単に視線を逸らせば、そいつらは相手を『弱い奴』と認識する。そうなると面倒なのだ、いろいろと。




