第53話、遠征すると行ったら、ついていくとお姫様は言った
ジュダがラウディに事情を説明した間、リーレはだんまりを決め込み、レーヴェンティン教官は授業があるからと去ってしまった。
コントロは気絶したまま。ジュダは、侍女を連れたラウディに一人で応対する羽目になった。
さらに間の悪いことに、話を聞きつけた騎士学校の上級教官たちがやってきて、ジュダに事の顛末の説明を要求した。
ラウディ暗殺未遂のコントロが騎士学校の敷地を跨いだことは、学校指導陣には寝耳に水だったのだ。
いくら大臣の許可があるとはいえ、蚊帳の外に置かれていることに彼らは不満だった。大臣に聞いてくださいよ、と丸投げできればどれだけ楽だったか。
ジュダは不本意ながら、教官たちやラウディに、コントロの無実の可能性とウルペ人の術による催眠魔法の件を報告した。
『事前に説明されていたら――』
『せめて許可をとってから――』
教官たちは済んでしまったことを口にしてジュダを責めたが、それらの雑音を押しとどめたのはラウディだった。
「余計な発言で時間を浪費しないでいただきたい!」
狙われている当人が教官たちに厳しく当たれば、彼らも引き下がるしかなかった。
場所をラウディの部屋へ変え、今後の行動について、ジュダはラウディと話し合った。
「マギサ・カマラというウルペ人に会いに行こうと思います」
ジュダは、丸テーブルの上に置かれた紅茶に手を伸ばした。
「コントロにかけられた魔法を解かなくては、あなたの身の安全は脅かされることになる」
そう口にした時、ぞぞぞと寒気が走った。
向かい合うラウディは顎に手を当て考え込んでいるが、その背後に控えるメイアが、殺気混じりの冷たい視線を寄越してきたのだ。その身の安全を脅かす存在を近くに招いたのはあなたですよ――と、メイアの声が聞こえた気がした。
「コントロ君が操られているというのなら、私が彼を恨むことはないな」
ラウディはそう言った。
「むしろ同情する。彼は今回の件でレパーデ家を放逐された。騎士学校にも籍はない」
「まあ、そうですね」
ジュダは小首を傾げて見せた。
正直、そちらのことについて、ジュダはどうとも思っていない。レパーデ家のことに口出しするつもりはないのだ。他所の家の話である。ただ……。
「せめて無実を証明して、彼に名誉を回復する機会は与えてやりたいと思ってます」
「……それ、君の本心か?」
ジュダが貴族生を快く思っていないのは、ラウディも察している。
「ぼっちには優しい主義なので」
ジュダは本音を感じさせない淡々とした口調で言った。
「それに今のコントロは貴族ではありません。権力のない奴をいじめる趣味は持ち合わせていませんよ」
「……私には意地悪だよな君は」
ラウディは口を尖らせた。
「私が王子だからか?」
「そのつもりはありませんが……権力には逆らいたい主義なので、そうかもしれませんね」
「はっきり言う……。気にいらないが、それが君のいいところでもある」
「どうも」
褒められた気がしないがそう応じておく。
それで――と、ラウディは紅茶のおかわりをメイアに合図した。
「君はウルペ人の占い師を訪ねる、と。……君でないといけないのか?」
「何か問題が?」
ジュダが聞くと、ラウディは「だって……」と上目づかいの視線を寄越した。
「コントロの身を預かっている以上、俺が面倒を見ないといけないでしょう。聞いた話では、マギサ・カマラは亜人の集落にいるとか。それなら亜人の言語がわかる者が行かないと」
「君ならわかると言うのか?」
「……王都に来る前、亜人の集落にいましたから」
その集落は人間によって滅ぼされたが――それを口に出すことはなかった。
「少しですが亜人語ができます。……トニもいますし」
馬系亜人の少女がいれば、カバーできる範囲も増すだろう。
「何か、不満そうですねラウディ?」
ジュダは王子の皮を被ったお姫様をじっと見つめた。彼女は少し頬を膨らませた。
「何日、王都を離れるつもりだ?」
「日帰りで戻れればいいのですが。何かトラブルがあれば一日くらい伸びるかも」
じぃー、とラウディは不満そうに見つめてくる。親とした約束を反故にされた子供のように。
「……君は私の騎士なのに、どうしてそう勝手に出かけようとするんだ……」
「何です?」
小声過ぎて聞き取れなかった。ラウディはブンブンと首を振った。
「こ、後学のためにも、王都の外に行きたいと言ったのだ。亜人たちの集落なら、なおのこと将来の役に立つ」
ラウディ様――と、メイアが眉を吊り上げた。
「僭越ながら申し上げます。公式行事でもなく、勝手に王都を離れることはお控えくださいませ。それでなくても、昨今物騒でございます」
「亜人解放戦線のことか?」
人間への敵対行動を行う亜人たち。破壊活動や要人誘拐、暗殺などを行う亜人解放戦線。横暴な人間の振る舞いに端を発した種族間抗争だが、昨今、相手が人間であれば容赦なく暴力に出てくる破壊集団と化している。……先日の騎士学校創立祭の時も、彼らは襲撃し、ラウディはそこで誘拐される経験もしている。
「彼らが襲ってきたら、今度こそ返り討ちにする!」
ラウディはその青い目に自信を漲らせる。さらわれた時は、慣れないドレス姿。ヒールの高い靴では満足に戦えなかったが、普段のラウディは騎士学校での指折りの剣術、槍術の使い手である。
レギメンスという面を差し引いても、ジュダはラウディの実力をそれなりに評価していた。
とはいえ――ジュダはラウディの話を整理する。
「あなたが赴くまでもないと思います。というか、コントロを連れて行く道中に、あなたが同行しては、到着する前に彼の体がもちません」
ウルペ人の魔法による暗殺衝動にさらされ、襲い掛かるコントロをいちいち殴るのは面倒なのである。
動けないように拘束して連れて行くというのも、余計な荷物が増えるようで、これまた面倒だ。道中、誰が彼に飯を食わせる。生理現象の始末を誰がする。……冗談ではなかった。
「なら、彼を置いていけばいい」
おかしいな――ジュダは閉口した。
記憶違いでなければ、コントロに施された魔法を解くために王都を離れる話をしていたのだ。その当人を置いて、王都を離れるというのは本末転倒である。
「とにかく、ジュダが王都を離れるというなら、私も行く。私を一人にするな」
ラウディが力強く言った。ジュダは視線をそらし、メイアへと向ける。ラウディは一人にするなといったが、ジュダがいなくても、メイアが付いていると思う。
――どうします?
無言の問いは、メイアが首を横に振るという仕草で返事となった。処置なしである。
確かに、コントロを連れてジュダがラウディから離れている間に、別の刺客から狙われたらどうしようもない。多少手間でも、コントロを置いて、ラウディを連れてでも傍にいれば、万が一も守ることはできる。
「……わかりました。でも外出許可はご自身でとってくださいね」
そう口にして、学校がラウディを王都の外へ出す許可をするとは思えないことに気づいた。
王子を預かっている立場からしたら、王都の外、それも亜人の集落へ出かけるなど冗談ではないはずだ。……万一何かあったら、国王陛下に何と申し開きをすればいいのやら――そうなったら、ジュダもただでは済まないが。
――まあ、いざとなった俺は、プッツンできるからいいけど。
スロガーヴの悪評のまま大暴れして、すべて清算できるから、まだジュダには救いがあった。
もちろんそんなことになったら人生崖っぷち確定ではあるが。




