第52話、魔法の鑑定
「すまんな、コントロ。レーヴェンティン教官は、あまり外出を好まれない」
ジュダは幾分か声を落とした。
「こっちから出向かないと」
「配慮痛み入る、ジュダ・シェード」
コントロは険しい顔のまま言った。目の前のエイレン騎士学校の門は、まるで壁の如く彼にプレッシャーを与えた。
「恥さらしとは言ったが、避けて通れない道だ。無実を証明するためなら、恥辱にも塗れよう」
「あー、もしもし」
ずっと黙っていたトニが、背負っていた荷物に手を突っ込んでゴソゴソ。
「フード付きのローブあるけど、これ被る?」
少なくとも顔を隠せる。中々いいアイデアだとジュダは思った。しかし当のコントロは、トニに対し小さく笑みを浮かべて首を振った。
「ありがとう、お嬢さん。だが無用だよ」
とても優しい表情だった。
騎士生として実に模範的な態度である。この慇懃無礼な元貴族生にも、あんな表情ができるのかとジュダは少し感心した。
しかし、現実として、周囲の視線は厳しいものがあった。
戻ったのがちょうど授業の合間の休憩時間だった。タイミングとしては悪い。校庭での授業に向かう騎士生の一団とすれ違った時、視線はやはりコントロに集まった。
ジュダがいる前だったから、面と向かって罵声を浴びせたり、声をかけてくる者はいなかった。
しかしひそひそと仲間たちと話し合う姿は、多分に陰口が含まれているようで、当人であるコントロはもちろん、付き添うジュダにとっても気分のいいものではなかった。
・ ・ ・
学校図書館のレーヴェンティン教官は、広大なる本の森の中にその姿を没していた。休憩時間だからこそ、図書館にいるのだが。
次の授業が始まれば、レーヴェンティン教官もそちらに赴くために、あまり時間がなかった。
トニを外で待たし、ジュダはさっさとコントロの体にある魔法文字を魔法教官に見せた。銀髪眼鏡の女教官は、しげしげとそれを観察する。
「……おそらく、ウルペ人の幻術」
「ウルペ人……」
狐系亜人の名前が出た。
ウルペ人といえば、かつてジュダたちと同じクラスで学んでいた女騎士生――シアラ・プラティナの種族だ。彼女は幻術で亜人の特徴である狐耳や尻尾を隠して学んでいたが、正体が発覚した後はジュダの助けで学校を離れた。
「おそらく、っておっしゃいました?」
ジュダはもちろん、リーレも首をかしげた。
「……他種族の魔法体系すべてに精通しているわけではない。……そもそも、世の中にあるすべての魔法を把握している人間などいるだろうか?」
ワタシにもわからないことはある――とレーヴェンティン教官は答えた。
「……おそらく傀儡の魔術だろう。任意の相手を操り、暗殺者に仕立て上げる術があると聞いたことがある。……条件付けの一種だ。暗殺対象が一定の距離に近づくと魔法が発動して、その者の意志を奪って対象を攻撃する。……術をかけられた本人は、自分が暗殺者にされていることにまったく気づいていない。しかし対象が近くにいると――」
「突如として襲い掛かる」
リーレが言えば、コントロは青ざめ俯いた。自分の知らない所でかけられた魔法。それのもたらした結果と現実を思い、感情が渦巻いているようだった。
ジュダは口を開いた。
「では、この魔法の解き方は……?」
「……ワタシは知らない」
実にあっさりした口調だった。同時にジュダにとっては思いがけない言葉でもある。思わず唇を噛んだ。……専門家に頼ればすべて解決すると思い込んでいた己の迂闊さ。
「……とはいえ」
レーヴェンティン教官は顔を上げた。
「……ここは本の森。探せば、ウルペ人の術に関するものもあるだろう。……レパーデ君もずっとそのままというわけにはいかないだろう」
コントロの体にある魔法文字がウルペ人の催眠魔法であるなら、そのターゲットは、ラウディである。その彼女がいる騎士学校に、魔法効果が持続しているコントロがいるということは、どう考えてもよくなかった。
絶対に、ラウディとコントロが遭遇する事態は避けなくてはならない。
ジュダは学校にコントロを連れてきたを後悔しはじめていた。
「……おや」
銀髪の魔法教官は小首をかしげた。
「……レパーデ君の様子がおかしいな」
ジュダは振り返る。コントロは焦点の合わない目で一点を見つめていた。心ここにあらず、といった感じで、無表情。
背後で人の気配がした。同時に聞きなれた女のような声が聞こえてくる。
「――ジュダ、どこにいる?」
ラウディだ。ジュダは思わずため息をつく。何故、ここにいる――その思いはリーレも同じようで、やれやれと首を振った。
「あ、ジュダ」
本棚の端から、ひょっこり金髪碧眼の王子様が顔を覗かせた。
その直後、コントロがにんまりと顔に不気味な笑みを浮かべて動き出し――リーレの回し蹴りを食らって、その体は本棚に叩きつけられた。
あ、と硬直するラウディ。コントロは気を失ったらしくピクリともしない。
「どうやらウルペ人の魔法で間違いなさそうですね」
リーレが呆れ混じりに呟く。
「……そうね、間違いない」
レーヴェンティン教官も頷いた。
「……魔法の解き方について調べてみよう。……けれど、期待しないで」
教官は本棚を眺めながら言った。
「……ワタシが解き方を見つけるより、ウルペ人の魔法使いに頼んだほうが早いかもしれない」
「ウルペ人の魔法使い?」
ジュダは目を丸くした。……なるほど、ウルペ人の術なら、同じウルペ人、その魔法使いに聞いてみるのが一番手っ取り早いかもしれない。
「その魔法使いに、心当たりはありますか?」
「……ワタシの知り合いにマギサ・カマラというウルペ人の占い師がいる。彼女は呪い解きもこなす術者。レパーデ君にかけられた術も解けるのではないだろうか」
「わかりました。そのマギサなる人物に当たることにします」
ジュダは頷いた。
「で、そのウルペ人の魔法使いはどこにいますか?」
「……王都の外だよ。亜人の集落」
レーヴェンティン教官がそう言ったところで、「ジュダ」とラウディの声が割り込んだ。
彼女はズカズカと歩み寄ってきて、昏倒しているコントロを一瞥すると、ジュダを睨んだ。
「話の腰を折ってすまないが、どういうことなのか説明してくれないかな?」
騎士学校にコントロを連れてきたところを、他の騎士生に目撃されている。それは噂となり、瞬く間に学校中に広がったのだろう。そしてラウディの耳にも。
どう告げたものか――ジュダは悪戯を咎められた子供の如く、ため息をついた。
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