第50話、エイレン収容所、再び
見る者を威圧する頑強なる建物。絶望さの象徴とも言える堅牢かつ分厚い壁がそびえる。
エイレン収容所。
以前、ジュダが仮面をつけて乗り込んだ際に、収容所は炎上したが、それで施設全てが使えなくなるような軟なものでもなかった。
見たところ、すべて元通りではないが、平常業務が可能な程度の修復はされていた。そして収容所の人事も一新されているという。
施設内に通されたジュダたちは、まずペルパジア大臣が収容所所長と会談した。そこで肝心のコントロの話を聞けば、生真面目そうな顔立ちの収容所所長は首を横に振った。
「かなり荒々しくやりましたが、当人は身に覚えのないの一点張りです。何かの間違いだ、と繰り返すばかり」
所長はため息をついた。大臣は、コントロとの面会の許可をとると、ジュダとリーレにその役目を頼んだ。
ジュダの本音を言うなら、自分から牢獄に近づくのは、いい気分ではなかった。
伝説の悪鬼、あるいは魔獣として恐れられるスロガーヴの血を引く者。国王からも目をつけられている故に、隙あらばこちらを牢にぶち込もうとしてくるのではないかと考えてしまう。
もっとも黄金の力が絡まない限りは、人間たちが仕掛けてくるなら返り討ちにするだけだと思っているが、問題は黄金を絡めて、待ち構えていた場合だ。
収容所の兵に案内されたのは、薄暗くやや広めの部屋――牢だった。分厚い扉が開くと、異臭が漂ってきた。
無機的な石壁に囲まれた牢の奥に、両手を鎖で繋がれ、膝をついている元貴族騎士生の姿があった。
「コントロ」
呼びかけた時、囚われの騎士生は閉じていた瞼を開いた。
「ふ……君か、ジュダ・シェード。……私を笑いにきたのか?」
彼は口元に引きつった笑みを浮かべた。しかし、ジュダは笑うことはできなかった。
長めの髪はぼさぼさ。殴られたのか顔にはアザがあり、コントロの細身の体、その上半身は衣服もなく、それなりに鍛えられた筋肉質な体に、無数の鞭で打たれた痕が見て取れた。下半身にはズボンが穿かされているのだが、黒ずみ汚れていた。……ついでに異臭もする。
尋問という名の拷問を受けたのは明白だった。
――……もしかしたら、俺もこうなっていたのかもしれない。
国王を暗殺、あるいは剣を交える。その戦いに敗れていたら――黄金の鎖に繋がれていたのはジュダだったかもしれない。一〇年前、母が囚われたように。
ジュダが黙っていると、コントロは口を開いた。
「それとも、今度は君が私を痛めつけにきたのか? 王子殿下に手を上げた重罪人――命令で私を引き裂きに来たのか?」
「コントロ、お前はラウディに恨みがあるのか?」
「恨み?」
ハッ、とコントロは笑った。
「そんなことを話して何になる。どうせ、君も私の言葉など信じないだろう。そうだ、誰も私が何を叫ぼうが信じてくれない! ここの兵も、父上でさえも!」
「父親?」
ジュダは小首を傾げる。コントロの顔に苦々しいものがよぎった。
「……ああ、昨日だったか一昨日だったか……父上が来たよ。王子殿下をその手にかけようとするとは何事か、と。私は無実を訴えたが、父上は信じてくださらなかった。レパーデ家の名誉を汚したと私をなじり……仕舞いには一族の縁も切られた」
「……」
「そうさ、もう私は貴族ではない。薄汚れた一般人、ただの、人間、いや罪人なのさ。私には何も無い。家族も家も、何もかも……」
どうしたこうなった――彼は染みのついた石床の一点を見つめた。その声は無感動だが、表情には現実を受け入れることを拒むような、悲痛な色があった。
「……そうね、このままだとあんたを待っているのは絞首台か、あるいは断頭台ね」
淡々とした口調でリーレが言った。
チラとその顔を見やれば、彼女の表情はぴくりとも動かず、まるで仮面でもつけているかのように冷やかだった。
これだけ痛めつけられ、絶望に打ちひしがれている同期生を目の前にしても、同情どころか、まるで道端の石ころを見るようである。……正直に言って、少しジュダも驚いている。
「王族に手を出すなんて、極刑しかないわ」
「……ふん、さすがに狂犬などと言われる女だな」
コントロは小さく、薄い笑いを貼りつけた。リーレは彼の前に片膝をつき、目線を合わせた。
「勘違いしないで。別にあんたを笑いにきたわけじゃないわ。場合によっては、まだ生きるチャンスはある」
「……?」
怪訝そうに眉を動かすコントロ。ジュダは口を開いた。
「コントロ、もう一度言う。お前はラウディに恨みがあるのか?」
「……そのセリフは、尋問官から何度も聞かれたよ。そのたびに、私はこう言った。聞きたいか? 王子殿下に恨みなどない、と。……君はあと何回、私に同じ質問をする?」
「もう聞かない。いまので最後だ」
ジュダは、リーレに合図してコントロに近づいた。
コントロは身を固めたが、両手を鎖で繋がれ、床に両膝をついている彼に逃げる術はない。
「心配するな、別に殴ったりしない」
ジュダはそう告げ、コントロの体の検分を始めた。
「見たところ、妙な文字はなさそうだが――」
「背中かしら」
リーレがコントロの左横から覗き込む。
「前だと鏡とかで気づくかもしれないし。時限式や潜伏型の魔法なら、かけた相手に気づかれないに越したことはないから」
「なるほど」
「なんだ、君たちは!? いったい何をしようとしている?」
驚き身を捩ろうとするコントロ。ジュダは眉をひそめた。
「お前が魔法で操られていたんじゃないかと思って、痕跡を探しているんだ。大人しくしろ」
「何だって?」
「あんたの無実の証拠ってのを探してるっての、わかる!?」
リーレがコントロの顎元をつかみ、その顔を睨んだ。手荒な尋問官がやりそうな行為に、ジュダは首を横に振った。
「リーレ、あんまり脅すなよ」
「……ふん」
赤毛の女騎士生は、コントロの顔をまじまじと見つめ、色々な方向から異常がないか確認していく。ジュダは肩をすくめ、コントロの背中を上から下へと眺め――
「リーレ、これアザ……じゃないよな?」
確認の意味を込めて言えば、リーレが、ジュダの見つけたそれを確かめる。
「模様、かな?。文字のようにも見えるけど……どこかの魔法文字かしら。こんなの見たことないわ」
リーレは腰のベルトから丸く研磨された魔石をひとつ取ると、コントロの背中、臀部のやや上にある青い記号のようなものをなぞった。すると魔石が光り、それに呼応するかのようにコントロの体の記号も光った。
「リーレ?」
「当たりね。魔力が反発しあってる。この記号っぽいのは、たぶんそれだわ」
リーレが相好を崩した。手掛かりを見つけた。




