第46話、容疑者に会えず
ライ・フランベル騎士生は、食堂でラウディを襲った時、ジュダによって殴り飛ばされて意識を失った。
その結果、彼は警備兵による監視の下、医療室送りとなった。
ジュダは面会を求めたが、応対したのは騎士科最上級学年主任教官であるグライフ・アシャットだった。
普段から神経質そうな顔立ちの騎士教官が眉をひそめたのを見た時、ジュダは嫌な予感がした。……前々から、この教官との相性はよくないのだ。
「ジュダ・シェード、ここは貴様の来る所ではない。午後の講義の時間だろう。さっさと教室に戻れ」
「午後の講義は自習となりましたが?」
「自習とは、その時間中に、学校内をぶらつくことを言うのではない!」
頭ごなしに怒られた。
教官の言い分はもっともではあるが、ジュダが苦虫を噛み潰していると、リーレが例によって反抗的な目でアシャット教官を見上げた。
「教官殿、ジュダは上位騎士生です。上位騎士生には自習中でもある程度の自由が認められているはずですが?」
「上位騎士生」
アシャット教官は、不愉快そうに唇を歪めた。
「上位騎士生をサボりの口実にするのは関心しないな。それにそれを言うなら、一般騎士生である貴様は何だというのだミッテリィ騎士生」
「……」
リーレの緑色の目が、凶暴な色を見せ始めた。
狂犬などと言われるような彼女だ。基本的に、教官に対してそのような態度に出ることはないので、アシャット教官は知らないのかもしれない。
ジュダは、嫌な空気をまといはじめた赤毛の騎士生に先んじて口を開いた。
「昼間のラウディ……いえ、王子殿下襲撃の件がらみでここにいるわけで、もし何でしたら、王子殿下に直接お伺いを立てていただいても結構ですが」
「ラウディ殿下の要請か?」
アシャット教官は真面目な顔つきになった。
「いったい何をしようというのだ貴様は? 問題の騎士生は貴様が暴力的に排除したためにいまだ意識不明だ。調べようにも本人に聞けないありさまだが?」
随分と嫌味な言い回しだった。
「ある疑惑に関して」
ジュダは事務的な口調で言った。
「フランベル騎士生が催眠魔法の類で操られていたのでは、という疑惑があります。それを調べさせていただきたい」
「催眠魔法だと」
ふん、と主任教官は鼻を鳴らした。
「貴様、我々を馬鹿にしているのか? それならすでにこちらでも調べた。魔法担当のヴェルジ教官にフランベル騎士生の身体を調べさせたが、魔法の類はなかった」
「なかった……?」
ジュダは目を瞠った。アシャット教官は「当然だろう」と意地の悪い笑みを浮かべる。
「他になければ、もうここには用はないな。まさか、魔法担当の教官が見つけられなかったものを見つけられるなどと自惚れてはいまいな? さあ、わかったら教室に戻るんだ。上位騎士生なら上位騎士生らしく、他の騎士生たちの模範になるよう振る舞いたまえ」
結局、アシャット主任教官に追い返される形になった。
教室へ戻る中、リーレは苛立ちも露わに吐き捨てた。
「ヴェルジなんてペテン師に何も見つけられるもんか!」
「おいおい、リーレ。仮にもヴェルジは教官だ。ペテン師呼ばわりはひどいだろ」
「だってジュダ!」
リーレは、なおも怒りが収まらないようだった。
「あいつ、イベリエ魔法国で魔法を学んだとか言ってたけど、魔法に関しては実技もしょぼければ知識も半端なのよ! ちょっと難しい質問したら、適当に煙に巻いて逃げるようなのが魔法科教官なんて、ペテン師以外の何者でもないでしょ!」
「わかったわかった。落ち着け」
同伴者をなだめつつ、ジュダは思考を切り替える。
「これからどうする、ジュダ?」
リーレが聞いてきた。
「調べられないんじゃ、催眠魔法かどうかわからないわ」
「アシャット教官は、魔法の痕跡はなかったと言った……」
「診たのがヴェルジというヘボ教官だってことを考えれば、見落としている可能性は大いにあると思うけど?」
「そう、それだ。実際に俺たちが調べたわけじゃない。だからまだ疑惑を否定できない」
ジュダは小さく首を傾け、隣を歩く女騎士生を見た。フランベル騎士生を調べられないとなると――
「ラウディは二度襲われた。つまり、この件には、もう一人調べを受けている人間がいる。そいつに当たろう」
しかし――ジュダは同時にある危惧もおぼえる。
会おうとしている彼が、逮捕されたのが一週間前。果たして今も無事なのか、つまり証言がとれるような状態であるかどうかについて大いに疑問だった。
何せ、その人物は、この国の未来の王である人物に刃を向け、反逆者の烙印を押された男だからだ。
「あ」
リーレが唐突に声を上げた。見れば、通路の反対側に、豪奢な緑髪の女子騎士生の姿があったのだ。
サファリナ・ルーレベルケレス。ジュダ、リーレと同じクラスにいる貴族出の騎士生であり、高慢な性格の美少女だ。
ついでに、クラスでも一番の巨乳の持ち主であるが、そのサファリナは、ジュダとリーレの姿を見つけると、途端に眉をひそめた。
ジュダの顔も曇る。
元々彼女はジュダに対して敵対的だったが、先週の創立記念祭の直後は、別人のように好意的になったのだ。何せ、処女をあげてもいい、なんて口走るくらいに。
しかし、せっかく関係が改善したかと思えば、ここ数日、元の関係に戻っていた。
ぷいっとそっぽを向くように、サファリナはもと来た道を引き返した。
どうやら口も聞きたくないようだった。あまり人のことは言えないが、自習の時間に教室の外で何をやっていたのだろうか。
「ねえ、ジュダ。最近、サファリナがあんたばかり見てるけど何かあるの?」
リーレが聞けば、ジュダは首を横に振る。
「さあ? 俺にもわからない。様子が変だとは思ってるが。告白じみたやり取りとか」
「何それ、初耳。告白じみたって……?」
赤毛の少女は不思議そうな顔になった。
「処女をあげる云々」
「……? それって告白?」
リーレは真顔で考え出す。そんな彼女にジュダは呆気にとられる。女性にとって大事なものだろうに。告白とは違うのか――と考え、そういえばジュダはサファリナのその申し出を断っていることに改めて気づく。
――要するに、俺はサファリナの告白をフッたのか? 教室で、皆が見ている前で?
それで怒っているのか? しかしそれまでのこと振り返れば、あまりに態度が変わり過ぎたし、突然過ぎた。いままで不仲だった相手から突然告白されても困るというものだ。
また教官に見つかるのも面倒だし――と、リーレが教室に戻ると言った。
ジュダは教室には戻らず、ある場所へと足を向ける。外出許可が必要になる。




