第43話、暗殺未遂、再び
コントロ・レパーデという男がいる。
王都にほど近い場所にあるレパーデ領。その領主たるレパーデ伯爵家の三男坊だ。
レパーデ家は、代々王国に仕える由緒ある家であり、目立つことはないが国の大事とあらば剣を取り戦ってきた。
その伝統は、コントロもまた例外なく、領主の後継ぎである兄とは別に、王国や領地を守る騎士となるべく、王都の騎士学校に入学した。
騎士生としてはほっそりしている方だが、長身であるためか、ひ弱な印象はない。レパーデ家の伝統を汲んだ銀甲冑をまとった姿は、なかなか様になっている。
彼は典型的な『貴族』だった。生まれや家柄を重んじ、目下の者にはとことん高圧的なのだ。
だが、間違っても、王家に刃を向けるような人物ではなかった。
過去の北方戦役やその他の紛争で、貴族の中には王家に不満を抱く者もいたが、レパーデ家は財政が苦しくなろうとも、王家の味方であり続けていた。
コントロもまた同じだった。
しかし、そんな彼が、ラウディ・ヴァーレンラント王子に刃を向けた。
エイレン騎士学校での創立記念祭。騎士と姫の舞いの後――お姫様の仮装をするラウディ王子を短剣で殺害しようとしたのだ。
この凶行は、王子の側にいた騎士生に防がれ、コントロは警備に取り押さえられた。
その時、コントロはふだんの彼らしからぬ形相で叫んだ。
『王国万歳っ! ヴァーレンラント万歳ッ!』
逮捕されたコントロは厳しい取り調べを受けることになる。それは尋問と呼ぶに憚る痛みを伴うものだったが、彼は一貫して『無実』を主張した。
自分には身に覚えがなく、王子殿下に刃を向けるなどあるはずがない、と。
しかし創立記念祭の折り、コントロが短剣を手にラウディ王子に迫ったのは多くの者が目撃しており、彼が凶行に走ったのは覆し難い事実だった。
彼が投獄されてはや七日、つまりラウディ王子暗殺未遂が起きたちょうど一週間後、再び事件は起きた。
・ ・ ・
昼の学校食堂である。
目の前で起きたことを説明するとこうなる。女にも見える美麗な顔立ちの王子が、騎士生に飛び掛かられ、その細い首を絞められた。
だからその不届き者の騎士生を、王子の近くにいた騎士生が殴り倒した。
それがジュダだ。咳き込む王子を落ち着かせるべく手を伸ばしたら、その手を握り締められて、ジンジンとした痛みに苛まれて――
ジュダ・シェードは、自らに流れるスロガーヴの血が恨めしく思った。
不死の魔獣といわれるスロガーヴは、常人を凌駕する力を持つ。だが一方で、黄金が苦手という弱点があり、レギメンスという黄金の力を持つ人間は、天敵も同然の存在だった。
そのレギメンスの血を引く王子――ラウディ・ヴァーレンラントはいまだ混乱していた。
突然、騎士生から首を絞められたのだ。無理もない。彼女は荒い息をついて、何とか気を静めようとしていた。
「……あの、ラウディ?」
たまらず声をかければ、見目も麗しい王子は、改めてジュダを見た。
「ありがとう、ジュダ。……また、助けられた」
「ええ、それはいいんです、それは」
ジュダは渋い顔のままだった。いい加減、握られている手が痛くてかなわない。
「手、離してもらっていいですか?」
「あ……っ」
ラウディは自分が、ジュダの手を強く握っていることに気づき、慌てて手を引っ込めた。
襲撃された緊張と恐怖、その感情がレギメンスのオーラを自然発生させ、それが黄金の力を苦手とするジュダには、燃え盛る炎の中に手を突っ込んだような痛みを与えていた。
――……痛い。
ジュダはひりひりとする手をさすりながら、視線を転じた。
その先には、凶行に走った騎士生が床に倒れている。同級生では見ない顔なので、下級生だろう。ジュダに思い切りぶん殴られ、そのまま机に後頭部から激突、意識を失ってしまったのだ。……加減できなかった。ラウディが目の前で襲われていたから。
あの騎士生は何と口にしていたか。確か――
『王子に死を! 死、死、死ッ!』
その狂える形相は、とても正気とは思えなかった。ジュダは小首をかしげ、同時に既視感をおぼえる。
そう、あれは一週間前、騎士学校の創立記念祭の時。プリンセス役で女装していたラウディを突然襲ったクラスメイト、コントロの姿だ。
あの時も、今の騎士生同様、狂気をはらんだ顔をしていた。
騎士学校の警備兵が食堂に駆けつける。運び出される騎士生を見やり、ジュダはラウディへと顔を向けた。
少し落ち着いたか、レギメンスオーラは先ほどより弱くなっていた。しかし幾分か顔は青ざめ、その薄い胸元に手を当てている。
何か声をかけるべきだろうか。ジュダが考えるより早く、ラウディ付きの侍女であり護衛官であるメイアが姿勢を正し、主であるラウディに頭を下げた。
「申し訳ありません、ラウディ様。私が彼を通さなければ、このようなことには――」
「いや、メイア」
ラウディは、もう大丈夫とばかりに小さく笑みを貼り付けた。
「あなたに責任はないよ。あれは誰がやっても止められなかった」
「は……」
メイアは一段と頭を下げた。表情は見えないが、主人に危険が及んだことで、より強い責任を感じているようだった。
確かに、騎士生や職員でない者が近づけば、事前に取り押さえることもできた。しかし学校の生徒、それもジュダとラウディが食事をする席のそばを通りかかっただけでは、反応も対応も遅れてしまうのも無理のないことだった。
ジュダはため息をつく。昼食時である。せっかく机の上に、羊肉のステーキと野菜スープがあるのに騒ぎのせいで、冷めてしまった。
ちら、とラウディを見やる。
「……大丈夫ですか?」
食事中だった。リラックスしているタイミングでの暴力沙汰。しかも被害者なのだ。果たして食事を再開できる精神的余裕があるかどうか。
ラウディは心なしか顔が青ざめていた。冷静であろうとしているが、我慢しているのがジュダにはわかった。
昼時の食堂とあって騎士生が多い。しかし先の騒ぎのせいで大半が腰を上げ、ラウディと連れ出される騎士生のどちらかを見ていた。
ラウディが未来の王として、ヴァーレンラント王のように振る舞いたいなら、何事もなかったようにできれば最高ではある。
ただ、理想と現実は違う。いざ死に近いところにあれば、恐れもするし、思った通りに体が動かないものだ。
「恥ずかしい話なんだけど」
ラウディは絞められた首を手でさすりつつ、声を落とした。
「……手が震えてしまって」
なるほど――ジュダは改めて察した。手の震えを首をさすることで誤魔化していると。
王子を演じていても人間。増して女の子だ。ヒステリックに喚きたてたり泣き出さないだけ充分に頑張っている。
「何事もなかったように振る舞うって、案外難しいと思う」
ラウディは引きつった笑みを浮かべた。
「君の豪胆さが羨ましいよ」
「まあ、俺が襲われたわけじゃないですから」
当人でないだけ余裕はある。この手の修羅場は慣れている。
「気休めかもしれませんが、またあんなことがあったら、お守りします。俺は、あなたの騎士ですから」
「え……?」
ラウディは目を丸くしが、すぐに小さく顔を綻ばせた。
「うん。……でも、できれば次はああなる前に守って欲しいな」
「善処します。可能なら」
レギメンスのオーラはほとんど感じられないくらい微弱なものになっていた。ピリピリと肌に伝わる痛みがなくなり、ジュダは小さく肩をすくめるのだった。
ここからは幻の2巻が始まります。




