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乙女な王子と魔獣騎士【WEB版】  作者: 柊遊馬


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第42話、貴族令嬢のため息


 お騒がせな魔法人形暴走騒動は終わった。


 魔法人形の数は四十体。制圧の段階で撃破したのは二十七体。うち八体は、ジャクリーン教官が一人で破壊したのだという。


 呆れたことに彼女は愛用の魔断刀『舞風』一本で接近戦を演じ、人形どもを斬り倒した。何でも飛来した麻痺弾をその刀で叩ききったとか。


 ひどい騒ぎとなったが、死者は出なかった。麻痺した際に転倒したとか、打ち所が悪かったなどで軽傷者は出たが、いずれも大したものではなく済んだ。


 今回の騒動を起こしたヴェルジ教官ではあるが、厳重注意を受けたものの特に大きな責任問題へと発展することはなかった。


 彼の証言によれば、手配した魔法人形の数は八体のみで、残る三十二体には心当たりがないと言った。


 暴走の際も、すぐさま装置を停止させようとしたが、何者かに襲われたのだという。外部の者による何らかの介入があったとして、ヴェルジ一人の責任ではないと判断した。結局のところ、学校指導陣は内々に処理するつもりなのだ。


「ねえ、ジュダ」


 騎士学校の教室。隣に座るラウディがジュダを小突いた。


「サファリナが君を睨んでる」

「……そのようですね」


 視線を向ければ、緑髪の騎士生はじっとジュダのほうを見つめていた。顔が赤く見えるのは気のせいか。


 彼女はジュダが見ていることに気づくと視線を逸らした。まるで見られるのが嫌というか、拒むように素早さだった。ひょっとして怒っているのだろうか。だとしたら何に?


 しばらく眺めていると、ちら、とサファリナが振り返った。やはりこちらを気にしているような素振り。


 だがジュダが見つめていることに気づくと、またも顔を逸らし……結局、何度か似たような行為を繰り返すことになる。


 ――いったい何だってんだ。


 先に痺れを切らしたのは、サファリナのほうだった。彼女は顔を真っ赤にして、席を立つとつかつかとこちらへと歩いてきた。


 またヒステリックに怒鳴り散らすつもりか、と思っていたら、サファリナは唐突に足を止め、引き返すとそのまま教室を出て行ってしまった。


「何あれ?」


 怪訝な声をあげたのはリーレだった。彼女は前の席から振り返り、ジュダを見上げる。


「ジュダ、あんたサファリナにまた何かしたの?」

「また、とは何だ」


 俺は何もしてないぞ、と言えば、リーレは肩をすくめて。


「あんた、サファリナを抱くとか言ったでしょ。……あれ、さすがにどうかと思うよ」

「そ、そうだぞ、ジュダ」


 ラウディが吠えるようにジュダに言った。


「お、女の子に向かって、それは、デリカシーに欠けるぞ!」

「語弊がありませんか? ただハグというだけで、別に本気では――」


 ジュダとしては、消沈していたサファリナを短時間で奮起させるよう荒療治に出ただけだった。


「ああいう状況でなければ言いませんよ」

「ああいう状況なら許されるとでも!」


 ラウディが顔を紅潮させる。できるだけソフトにしたつもりだったのだが、そう言われると、他にも何か言い方があったかもしれない。とは思うが、その他の何かと言われて、ジュダはすぐには思いつかなかった。


「うーん」

「そこ、悩むところ?」


 リーレが笑いながら姿勢を戻して、読書に戻った。ジュダは考え事に戻ると、ラウディが、もじもじしながら口を開いた。


「……ね、ねえ、ジュダ。ジュダってさ、やっぱり胸の大きな子が好みなのかな?」

「はい?」


 ジュダは隣の席の金髪王子様を見やる。胸の大きな――目の前の王子の皮を被ったお姫様、その胸は矯正されているとはいえ平坦で。


「俺に、女性の胸の好みを聞いてどうするんですか、王子様(・・・)


 いつもの皮肉の虫がうずいた。


「まあ、たとえお姫様だったとしても、答えませんけどね。……デリカシーがないと言われたばかりなので」



  ・  ・  ・



 言えなかった。


 サファリナは、熱い吐息を漏らした。血液が沸騰しているかのように熱い。身体中が熱い。心臓が飛び出てきそうなほど鼓動している。


 どうしてしまったの、わたくしは――サファリナは唇をかむ。


 あの男のせいだ。ジュダ・シェード。

 大嫌いだったあの男。彼のことを考えただけで、このざまだ。


『何のために、俺が盾役をやっていると思っているんだ?』


 ジュダの後ろ姿がサファリナの脳裏をよぎる。


『……相打ち? させんよ、俺が盾を持っているんだから』


 ドクン、と心臓が跳ねた。


『気持ちがグラついているのは魔法にも影響する。そっちのほうが迷惑だ。……もしまだ、不安だっていうなら』


 胸を――サファリナは無意識のうちに触れていた。ビクリと、全身に電流のような刺激が走ったようだった。サファリナの唇から、切ない吐息が漏れる。


 嫌い。大嫌い。大嫌いなのに、わたくし……。

 呼吸が荒らぶる。


『……君は、ジュダの野郎が好きということでいいんだな?』


 少々困った顔でマルトーがそう言ったのが甦る。サファリナは口を引き結んだ。


 ――馬鹿言わないで。わたくしが、あんな野蛮人を好きになるなど……。


 二度も助けてくれた。一度は創立記念祭で、亜人の手から。そして二度目は先日の魔法人形との戦いで。


 ――このわたくしが! サファリナ・ルーベルケレスが! あんなどこの生まれかもしれない者に! 


 ぐっ、と口元が歪む。


 ――いままで散々彼を馬鹿にしたし、罵倒もした。そう、彼もそんなわたくしのことを嫌っていたはず。ええ、そうに決まっているわ。彼だってわたくしのことが大嫌いなはずよ!


 それなのに――何故か目に涙が浮かんでくる。創立記念祭からもう数日が経つと言うのに、心の中で熱くたぎっている気持ちが鎮まることはない。むしろ、魔法人形騒動でより熱く、強くなっている。


 サファリナは自身の首元に手を当てた。かつて、彼にここを絞められたことがある。亜人だったことを隠して同期生を演じていたクラスメイトをスパイだと責め立てた時、ジュダによって……その指で、この首を――


 身体が震えてきた。まるで血に飢えた魔獣のような目、それを目の当たりにサファリナは心の底から恐怖を覚えた。この人には逆らえない、逆らったらいけない、そう思わせる目。


「ええ、嫌いよ。あなたなんて大っ嫌い……」


 口には出すものの、心の中の願望はそれとは違っていて。……もっと触れ合いたい。触りたい、触って欲しい。声を聞きたい。それが優しい言葉でなくてもいい。もっと近づきたい。


 でも言えない。本当のことなど言えない。助けてくれた相手に、お礼のひとつも言えない自分。創立記念祭の時も、彼にお礼を言いに行ったはずなのに覚えていない。たぶん、お礼は言ってない。そして今回も――


 いや、前回よりも性質が悪い。何せ、ジュダのそばに行くことすらできなかっだから。


 ただ一言「ありがとう」すら言えないのだから。


 怖いのだ。サファリナは思う。あの男から嫌われているとわかっていながら、それでも拒まれるのが怖い。いまさら、好きになってくれなどと言えるはずもない。どの面下げて、お友達になりましょうね、などと言えるものか。


「ああ、もう……」


 胸の焼くような気持ちに焦がれながら、それを表に出すことができず、サファリナは苦しむ。


 黒髪で無表情で、礼儀をわきまえない、嫌味な態度の騎士生。嫌いだったあいつ。……好きになったあいつ。


 自分がもっと素直であれたら、こんなに苦しい想いをしなくても済むのに。


 サファリナ・ルーベルケレスは、今日も深いため息をつくのだった。

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