第41話、校舎内戦闘
中庭を抜け、中央校舎に入る。そのまま階段を上がらず、通路をまっすぐ行った先に教官寮があり、教官たちの私室がそれぞれある。
「あの、ジュダ君?」
いつの間にかサファリナがジュダの背後にいた。彼女は周りを気にして声を落とす。
「わたくしに、前に出るなと言いましたわよね?」
「言った、それが何か?」
「それは、わたくしを気遣って……」
「気遣う?」
ジュダは首を捻ったが、視線は正面を警戒して離れない。
「わたくしの詠唱速度では、敵に撃ち負けているから……?」
ポツリと、サファリナは漏らした。ジュダは一瞬だけ、緑髪の騎士生の表情を見た。
元気がない。暗い。いつもの強気な、高慢な表情はそこになかった。
「……君の最短詠唱タイムは?」
「三秒くらい、ですわ」
「……早いな」
ジュダは小さく笑った。だが会話に耳を済ませていたリーレは首を振る。
「あの魔法人形相手なら三秒だと遅いわね。よくて相打ち」
「ええ……そうですわね」
サファリナは言い返さなかった。
「ジュダ君にあの時、助けてもらわなかったら、たぶんわたくしもやられていた……」
「じゃあ、盾でも持つ?」
リーレは表情ひとつ変えずに言った。
「魔法で相打ち覚悟なら、魔法戦を挑まず盾役をやったほうが何倍も役に立つわ」
緑髪の貴族生は黙り込んだ。反論せず大人しくしている彼女は実に珍しい。それだけ落ち込んでいるのかもしれない。
こういう場で感傷に浸られるのはやめて欲しいのだが。
「何のために、俺が盾役をやっていると思っているんだ?」
ジュダは振り向かなかった。
「後ろが安全に魔法を使うためだろう。相打ち? させんよ、俺が盾を持っているんだから」
「ジュダ、君……?」
「敵を見たら倒すことだけ考えろ。気持ちがグラついているのは魔法にも影響する。そっちのほうが迷惑だ。もしまだ、不安だっていうなら」
正面に敵がいないのを確認の上で、ジュダは灰色の瞳をサファリナに向けた。
「ハグでもするか?」
「は?」
サファリナはおろか、リーレもラウディも目を剥いた。ジュダは表情を崩さない。当たり前のように、まるで感情などないかのように。
「バ、バカなことを言わないで!」
真っ赤に染まったサファリナの顔。
「最低ですわ! こんな状況で、わたくしに触れようとするなんて! この下種!」
「そっちのほうが君らしいよ」
ジュダは視線を戻した。不安より羞恥のほうが勝ったのなら彼女は大丈夫だ。ここで文句の一つもでない状況なら、本当に使えない状態と見るしかなくなる。
――それだけ元気なら、サファリナは大丈夫だ。
廊下の終点に差し掛かり、教官寮は目前。敵がいないか確認。……魔法人形が二体。
「サファリナは右、リーレは左のやつを頼む。ラウディ、あなたは万が一に備えて待機。もしラウディが魔法を使うことがあれば、メイアさん。カバーをお願いします」
「サファリナでいいの?」
リーレが言った。
「ラウディ様とポジション替えたほうが」
「ラウディの投射魔法は雷系だ。攻撃速度は火や水より速い。何かあった時に即応できる」
サファリナかリーレ、どちらかが仕損じた時とか。二人ともしくじることはないだろうが、その時は――ジュダは右手に魔石を忍ばせる。
「合図したら俺が前へ出て引きつける。そうしたら投射魔法詠唱だ。……サファリナ、迷うなよ。君の詠唱速度だって充分早いんだ。いつものようにこなせば問題ない」
行くぞ――ジュダは駆けた。教官寮の入り口を固めるように立つ、魔法人形の目の部分がこちらを向いた。光る魔石。
「紅蓮!」
「水球!」
二人の少女の声――ジュダの両脇を掠めるように炎と水の弾が抜けた。魔法人形の魔石が黄色い電光を発する寸前、それらが直撃した。
先手をとれれば、サファリナと同タイムで魔法を放てようとも意味はない。ジュダの眼前で二体の魔法人形が、力が抜けたように停止した。上出来だ、二人とも。
安全確認も兼ねて、ジュダは教官寮の廊下へそのまま飛び込んだ。そこで盾を構えて止まり、後続を――
ゆらっと影のように何かが視界の端で動いた。魔法人形が寮入り口脇に待ち伏せていた。その頭部の魔石が輝きだす。
「うらぁっ!」
ジュダは左手の盾ごしに体当たり。案山子のような魔法人形がそれでグラリと体勢を崩した。その隙に魔石を持ったままの右手でロングソードを抜くと、人形の首を跳ね飛ばし、それでもなお動こうとするその両足を切り落とした。
「ジュダ!」
ラウディたちが駆けつける。ジュダは改めて周囲を見回し、他に敵が潜んでいないことを確かめた後、皮肉げに唇をゆがめた。
「ほら、剣も役に立ったでしょ?」
・ ・ ・
ヴェルジ教官の部屋にたどり着くまでに二度ほど、魔法人形と遭遇した。
正面からの魔法の撃ち合いでは、リーレ、ラウディ、サファリナとクラスでもトップの魔石魔法使いが揃っているこちら側が魔法人形を圧倒した。
とはいえ、最後の戦闘の際、背後から敵の増援が駆けつけた時は、さすがに肝を冷やした。
しかし背後を守っていたメイアが、言葉どおり盾役をこなした。それどころか、魔石短剣の投擲で人形を仕留めてみせた。
さすが、王族専属の護衛。メイドの格好をしていても、その実力は確かだった。
部屋に踏み込んだ時、そこにはメイアの言葉どおり、魔石送信機があった。事件の原因であり、肝心のヴェルジ教官もまたその場にいた。
ただ、何があったか知らないが教官殿は気絶していた。メイアが手探りで送信機の強制停止キーを探し当て、ここに事態は収束した。




