第40話、送信機を断て
暴走した魔法人形が、強くなった。にわかに信じられない話だが、現実は受け止めなくてはいけない。
ラウディは、伝令にきたメイアに問う。
「いま交戦している魔法人形なんだけど、スペックはわかるかな?」
「イベリエ魔法国製、訓練用標的人形」
メイアは事務的に告げた。
「やや型が古いですが、兵教練などに用いられたものと思われます。搭載した魔石動力で活動しますが、魔石を用いた送信機から術者のイメージを送り込むことで、複数体を同時に稼動させることも可能です」
へぇ、とリーレが感嘆の声を上げた。
「ヴェルジって、あれを一度に操られるだけの能力持ってるんだ……」
「常に操っているわけではありません」
メイアが首を小さく横に振った。
「一度、命令と言う名のイメージを与えれば、人形はそれを沿って繰り返します。今回の場合だと『武装した騎士生』か、『魔法を使う行動』に対し、『麻痺弾を撃つ』というものです」
「あと『魔法やそれに類する攻撃を受けたら停止する』ですね」
ジュダが付け加える。ただ、メイアの話を聞くに、あの案山子は外部のものや行動を認識していることを意味する。イベリエ魔法国の高度な魔法技術、恐るべし、だ。
メイアは続けた。
「命令は魔石送信機から変更が可能です」
「……それってつまり」
ラウディが口を開いた。
「その送信機とやらを使って制御できれば、魔法人形たちも止められるってことかな?」
「ご賢察のとおりです」
侍女はさりげなくだが、小さく笑みを浮かべた。ラウディはジュダを見た。
「その送信機、どこにあると思う?」
「普通に考えたら、ヴェルジ教官が持っていると見るべきでは」
ジュダは会話しながらも、周囲の見張りを怠らなかった。
「授業で騎士生と魔法の撃ち合いをさせるつもりだったわけですから。模擬戦が終了したら、人形を止めたでしょうし、手元に置いておくか持っているのが普通です」
「あれ、でもそれおかしくない?」
リーレが口を挟んだ。
「魔法に対する攻撃を受けたら停止するって命令、いまは変わってるわよね? たぶんだけど魔石銃程度の魔法弾は無効化するってやつに。魔法人形は暴走しているんでしょう。何で命令が変わるのよ?」
「ヴェルジ教官が止めようと悪戦苦闘しているんじゃないか?」
ジュダが思ったことを口にした。
「うまく送信機が働いていないのかもしれない。止めようといじっていたら余計壊れたとか」
「ありそうで嫌だわそれ」
リーレが舌を出した。もしかしたら――と、サファリナが話に加わってきた。
「魔法人形側の命令が消えたのかもしれませんわ。『魔法を受けたら停止する』という部分の命令が欠落したとか」
「暴走している、という点から見ても、その可能性はありますね」
メイアが頷けば、ラウディは顔をしかめる。
「送信機が壊れてるんじゃ、魔法人形を止められないってことか。いい考えだと思ったのに」
「……いえ、そうでもありません」
侍女は自身の細い顎に手を当てる。
「私の記憶違いでなければ、あの魔法人形は送信機が二つあります。一つは制御用、もう一つは魔力供給用」
「魔力供給用?」
一同は怪訝な顔になった。メイアは表情を崩さなかった。
「はい。魔法人形の稼動に使う魔石動力の魔力自体は実はあまり多くありません。しかも今回のように手当たり次第、麻痺魔法を連発している状態では。それがいまだ止まらず稼動しているのは、別場所にある魔力供給用の送信機から魔力を受けているからです」
「制御用の送信機が駄目なら、供給用の送信機を押さえればいいと?」
ラウディの言葉に、メイアは頷きで返した。
「供給用送信機から強制終了命令を発することも可能です。万が一、命令を受け付けなかった場合でも、供給機の稼動を止めれば、さほど時間もかからず人形側も魔力を使い切って停止するでしょう」
「そうであるなら手は二つですね」
ジュダは指を二本立てた。
「ヴェルジ教官を探して制御機を押さえる。……それか供給機を止めるか破壊する」
「暴走している現状を考えれば」
ラウディは眉をひそめ、考えを口にする。
「供給機を押さえたほうがよさそうだな。ヴェルジ教官が制御機を持っていたとして、いまだ暴走していることを考えると、使えないと考えたほうがよさそうだ」
「……供給機はどこにあるんだろう?」
ジュダは疑問を口にした。おそらく――メイアは言った。
「ヴェルジ教官の私室あたりではないかと。仕様違いでなければ、供給機は数人用のラウンドテーブル並の大きさです。毎日、学校内を見ておりますが、そのようなものはオープンな場所に置かれてはいないのは確認済みです。となれば、プライベートな部屋くらいかと」
「そうとわかれば」
ラウディは居並ぶ同期生たちを見回した。
「今から教官の部屋へ行こう」
「一度、他の教官方と合流したほうがよいかと存じますが」
メイアが具申するが、ラウディは不敵な笑みを浮かべた。
「冗談だろう、メイア。教官寮は中央校舎に隣接している。そして中央校舎はいま私たちがいる中庭の目の前。……私たちが一番近くにいるということだ。なあ、ジュダ?」
「そうですね。そうなります」
ジュダはマルトーが使っていた鉄盾を拾う。
「それに今の主戦場は校庭に近い騎士生校舎側。中央校舎に魔法人形が入り込んでいたとしても数は少ないでしょう」
やるなら早いほうがいい。他の隊が後退したのなら、魔法人形の位置も変わるかもしれない。
「前衛を引き受けます。魔法人形が現れたら、ラウディ、リーレ、サファリナは俺の後ろから魔法を使う」
「囮役なら、あたしもできるわよ」
リーレが威勢良く言った。
「盾は持たないけど、かき回すくらいならできるわ。魔法人形の麻痺弾なら避ける自信あるし」
「じゃあ複数を相手にした時の遊撃役を任せる。ラウディとサファリナは絶対に俺の前に出ないこと。あとメイアさん」
ジュダはラウディ付きの侍女を見た。
「できればもう一枚盾が欲しいのですが。……もちろん、ラウディのガードに」
「それならば謹んでご同行申し上げます」
メイアは淡々と応じた。
「ラウディ様の警護が私の役割でございます。……あと盾役を申しつけられましたが、別に魔法人形を破壊してしまっても構いませんね?」
「できるなら、構いません」
王子付き侍女にして警備担当。はたしてその実力は如何程のものか。
ジュダにはわからなかったが、メイアの口ぶりからして頼りにしてもよさそうだ。口先だけで王子付きなどやれるはずがないから。
「……マルトー。メランとリアハを見てやれ」
「おう……と言っても、おれも動けないけどな」
麻痺した騎士生を残し、盾を持ったジュダを先頭に、一行は前進を再開した。




