第39話、パワーアップする魔法人形
「メラン!」
リアハ、そしてサファリナが動いた。だから勝手に動くなと――
「ジュダ、屋根の上!」
ラウディが声と共に、魔石銃を撃った。迸る青い魔法弾はジュダの頭上を飛び抜けて、被弾した魔法人形を屋根から落下させた。
敵は、こちらの死角をついてきたということか――!
「ラウディ、下がって!」
銃を構え、引き金を引く。放たれた赤い光弾が反対側の建物の屋根にいる魔法人形の胴体に吸い込まれた。痺れたような振動をさせつつ、動きが止まった魔法人形が地面へと落ちる。
「壁に張り付け! 死角に入れ!」
ジュダが叫ぶ一方、倒れた仲間の許へ駆けたリアハとサファリナの前に、魔法人形が三体ほど現れる。それらはほぼ同時の目である魔石を光らせ――
「サファリナ嬢、私の後ろに!」
リアハの盾に、敵の麻痺弾が吸い込まれる。
「下がれ、二人とも!」
ジュダは魔石銃を撃った。ラウディもそれに習い、リーレも炎の投射魔法を放つ。
「!?」
思わず目を疑った。魔弾を浴びた魔法人形だが、その歩みは止まらず前進を続けたのだ。その魔石の目を光らせつつ、麻痺魔法は最前線にいるリアハに集中する。
「どういうことだ?」
「ジュダ、魔石銃が効いてない!?」
ラウディが叫んだ。王子のそばにいたリーレが鋭く敵を睨みつけ――
「なら、これでどうよ!? 紅蓮!」
赤毛の騎士生が威力を増した炎弾を投げた。魔法人形の細い足を炎弾が砕き、転倒させる次いでに胴体を燃え上がらせる。
――そうするしかないか。
何故かわからないが、タイラル式魔石銃の魔弾の威力程度では、魔法人形は止まらなくなったようだ。
そうなると、ジュダが手にしている武器は、玩具同然だ。リーレがやって見せたように威力をあげた魔法をぶつけるか……物理的に破壊するしかない。
ジュダは魔石銃から魔石を無理やり取り外した。タイラル式には二つの魔石が取り付けられている。……魔石は魔石、ないよりマシだろう。
「ラウディ、魔石銃は駄目です! 魔法に切り替えてください!」
「でも魔石は!?」
ラウディが声を張り上げた。ジュダは使い道のなくなった魔石銃を持ち上げて見せる。
「そこについてるでしょう!」
あ、そうか――と声が聞こえた気がした。彼女は盾を構えるマルトーの影で、魔石銃に取りつけていた魔石をはずし始める。その間にリーレがもう一体、魔法で人形をしとめた。
だが、さらに現れた増援の魔法人形の麻痺魔法が飛んできて、マルトーの後ろに身を隠す。
ジュダは正面を見据える。増援が現れたせいで、側面を突かれたリアハが麻痺弾に倒されていた。
メランを運ぼうとしていたサファリナが無防備になる。さすがに人形が迫る中、彼女も魔法で応戦しようとしたが
馬鹿野郎が――ジュダは駆け出していた。
狼脚――足に魔力を与え、獲物に飛び掛る獣のごとく加速する。
「水球、砕けッ!」
サファリナが水の投射魔法を放つ。それは彼女を狙った魔法人形の魔石が光るのと同時だった。つまり――
ジュダはサファリナに飛び掛り、彼女を押し倒した。ジュダの背中を敵の麻痺弾がかすめる。一方、サファリナが撃った水弾は敵の頭部を強打したらしく、その一体を転倒させた。
「な、何をしますの!?」
サファリナの非難がましい声が耳に響いた。ジュダは顔をしかめる。
「ギリギリ過ぎる! 相打ちする気か!?」
「なっ?!」
目を剥くサファリナの身体にのしかかったまま、ジュダは右手に持っていた魔石を指で撫でる。
まだ敵が二体。爆裂するイメージを注ぎ込み――緑髪の騎士生が抗議の声を上げる間もなく、ジュダは魔石を放り投げた。
きらりと光った魔石は魔法人形の正面で、その秘めた魔力を開放した。一体は爆発に飲まれ、もう一体も衝撃と破片でぼろきれのようになって崩れた。
「あなたいったい――」
「早く立て!」
ジュダはサファリナを無理やり立たせると、遮蔽の何もないその場から離れ、壁際へと張り付くように下がった。
身を低くして、周囲を警戒。他に魔石人形の姿はなし。リーレたちが仕留めたか。いつの間にか荒くなっている呼吸を静めながら、ジュダは思った。
「いつまで手を握っているつもりですの!」
サファリナがジュダの手を振りほどいた。
――ああ、俺、女の子の手を握ってのか。気づかなかった。
思わずジュダは苦笑してしまう。それをサファリナは見逃さなかった。
「何がおかしいんですの?」
「いや、別に」
「なら、ニヤニヤしないでくださいな」
ぷい、とそっぽを向くサファリナ。ジュダは改めて立ち上がる。
「ちょっと見張ってくれると助かる。俺は向こうを見てくる」
ジュダは告げると、注意を払いながら、ラウディらの許へと足早に向かった。
「そっちは無事……ですか?」
眉をひそめる。マルトーが壁にもたれかかり、引きつった笑みを浮かべている。
「お前、やられたのか?」
「ああ」
マルトーはかすかに首を動かした。それが限界らしい。
「ラウディ殿下は守り通したぞ」
「……よくやった」
労いの言葉をかけつつ、ジュダは視線を転じる。ラウディとリーレは無事だった。
だがこれで、残っているのはジュダを含め四人。……ジャクリーン教官や隣クラスの連中も敵と遣り合っているとはいえ、あとどれだけ人形が残っていることやら。
「魔法人形の能力が上がった?」
リーレが言えば、ジュダは頷く。
「魔石銃が効かなくなった、ということはそうなんだろう」
「あの魔法人形に、そんな思考……っていうと語弊があるわね。自動的に魔法ダメージ判定を変更できる仕様なのかしら?」
「タイラル式魔石銃程度の衝撃なら止まらないようになっていた……わけないな。だったら最初から効かなかったはずだ」
「最初は効いていた」
リーレは言えば、ラウディも同意した。
「それが途中から効かなくなる。そんなことってあるだろうか?」
さあ、とジュダは肩をすくめた。足音がしたので、振り向けば、メイド服姿のメイアが駆けてくるのが見えた。ラウディは相好を崩す。
「ちょうどいいところに。メイア!」
「伝令に参りました、ラウディ様」
王子付きの侍女は一礼した。
「魔法人形の対魔法衝撃レベルが変更になったようで、魔石銃が無効になりました。フォレス隊、ハーラン隊、学校警備隊とも攻撃力を大幅に失い、現在態勢を整えるため後退中です」
「うん、今ちょうどその話をしていたんだ」
ラウディは頷いた。教官たちのグループも難儀しているようだった。




