第36話、魔法の模擬戦授業
魔法人形を見た時、なんとも貧相な外観だとジュダは思った。
昨日に続き、屋外での授業。校庭の端に並んだ魔法人形たちと、それを眺める騎士生たち。
まるで鉄の棒と丸太の切れ端を組み上げて作られたような姿は、二本足の案山子のようだった。頭に該当する部分はあるが、魔石が一つ、目のように付けられているだけで表情はない。
「この人形を相手に、模擬戦を行ってもらう!」
ヴェルジは、とても晴れやかな表情だった。
「諸君ら騎士が戦う相手は、何も騎士や雑兵とは限らない。魔法を得意とする魔法使いかもしれない! いざ相対した時、魔法が使えないからという言い訳は通用しない!」
ごもっとも――ジュダは珍しく、ヴェルジ教官の言に頷いた。
「故に、魔法を使った撃ち合いの訓練を行う。昨日の授業は覚えているかな? 投射魔法をしっかり練習した者にとっては、楽な授業だ」
にやりと魔法教官は笑った。――ああ、なるほど、昨日の意趣返しか。
ジュダは悟った。昨日、魔石銃と魔法云々で激怒していたヴェルジである。それを踏まえての言い回しなのだろう。
「魔法人形は動く。ただ的を撃つだけより難しいぞ! さらに詠唱が遅いと、魔法人形の反撃が来る。やられる前にやれ。人形が魔法を撃つ前に、魔法を当てることができれば、その魔法人形は止まるようにできている――」
一通りの説明の後、昨日に引き続き、助手が騎士生たちに魔石付きの杖を配る中、ヴェルジ教官はジュダ、ラウディの許へ歩み寄ってきた。
「王子殿下、折り入ってお願いがございますが、よろしいでしょうか?」
「何でしょうか、ヴェルジ教官」
ラウディは生徒と教官の立場を意識した態度をとった。ヴェルジ教官は少し困ったような顔をして、ちらとジュダを見た。
「私めは、魔法人形と生徒たちの様子を監督しなければならんのですが、残念なことにこの授業を受けるに能力にいささか不足している生徒がおりまして」
それは俺のことか――ジュダは何となく察した。ラウディも同様だったのか黙っていた。
「それで魔法教科で優秀な成績を収められている殿下に、その生徒に魔法の基礎を指導してあげて欲しいのですが……」
「私が、指導?」
ラウディは目を丸くした。左様で、とヴェルジは頭を下げた。
「ぜひに。優秀なラウディ殿下に、そこの……ジュダ・シェード騎士生に魔法を指導してさしあげていただけないでしょうか」
「ジュダに、私が……」
王子殿下の青い瞳がこちらを向いた。ジュダは反射的にそ知らぬ方向へと視線をずらした。
「わかりました。教官に頼まれれば、断るわけにもいきません」
ラウディはその薄い胸に手を当てた。おお、とヴェルジ教官は大げさに声を上げた。
「よろしくお願いしましたぞ、王子殿下。……この場は少々暑いですから、教室などで二人で」
「二人で……」
ラウディの頬が緩んだ。ジュダの灰色の瞳は、すでに始まっている騎士生と魔法人形の魔法対決に向けられる。
騎士生が魔法を具現化させ放つ――より先に、魔法人形の電撃弾がその生徒を直撃する。威力は軽い麻痺程度のようだ。だがそれで、ヴェルジがわざわざラウディに劣等生の指導役を当てた理由がわかった。
要するに、王子殿下に麻痺とはいえ魔法をぶつけるわけにもいかないからだろう。
まあ、いいや、とジュダは思った。
太陽の照りつける下、人形とお遊びに興じなくて済むのだから。いやに楽しそうなラウディに連れられ、ジュダは校庭を後にした。
「こういうこともあるんだね」
日陰となっている校舎への通路を歩きながら、ラウディは言った。
「まさか授業中に、二人きりになるなんて」
「そうですね」
ジュダはそっけない風を装う。退屈な授業を回避できたのは悪い話ではない。ラウディの機嫌もいいのか、スロガーヴにとって苦手なレギメンスオーラの放射もほとんどなかった。
「でも君にも苦手なものがあるんだ」
「苦手?」
「魔法」
とラウディが言えば、ああ、とジュダは頷いた。
別に苦手ではない。むしろ魔石に頼らないと魔法が使えない人間とは違って、ジュダは魔石を必要としていない。不死身の魔獣スロガーヴの血は、人間のそれとはまったく違う力があるのだ。
ただ、人間が魔石なしでは魔法が使えないというのなら、その人間のフリをしているジュダも、魔石を使わずに魔法を扱うことを控えなければならない。
「俺にだって苦手なものはありますよ。ただ、魔法が苦手って印象はなかったな」
「まあ、魔法自体は誰でもできるからね」
――魔石の補助があればね。
「ただ、それが『使える』魔法かどうかは、才能に左右されるけど」
「魔法使い家系の魔法教育って、物心つく頃から始めるものらしいですね」
「そうだね。ヘタに自分の中で常識を作ってしまうと、魔法を覚えるのが大変になるって」
「実はモノがわかっていないほうが魔法を覚えやすい」
「そうそう。あれこれ深く考えてしまうと、逆に難しくなってしまうって言うよね」
雑談している間に教室に付く。誰もいないその部屋に入ろうと扉に手をかけた時、こちらに駆けてくる靴音が響いてきた。
「ラウディ様!」
「メイア?」
王子付きの侍女であるメイアが、珍しく血相を変えてやってきた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて?」
「大変でございます、校庭で行われていた授業ですが――」
「ああ、私たちのクラスと魔法人形の模擬戦?」
「その、魔法人形たちが暴走しております!」
「は?」
ジュダとラウディは顔を見合わせた。暴走、とは、いったいどういうことだ?




