第35話、タイラル式とブロンピュール式
メランとリアハの論争は、教室にいた騎士生に届いていた。それはジュダのところにも。
「魔石銃と投射魔法、どちらが早いか」
ラウディが腕を組めば、ジュダの前の席に座るリーレが振り返った。
「それってあれですよね。詠唱が早いか、銃を構えて引き金を引くのが早いかっていう」
「早いほうが勝つ、ということだろう」
ジュダはあまり興味が無かった。特に騒ぐほどの話題でもない。
「魔法が得意なら魔法、不得意な者には魔石銃、それでよくないですか?」
「魔石銃が安定して供給できれば、という条件での話だろう」
ラウディは首を傾げた。
「魔石銃が人数分揃わないとなれば、魔法が得意不得意なんて言ってられない」
「でも、銃がなくても弓とか他にも武器はあるじゃないですか」
そう言ったのはリーレだった。
「へたくそに魔石魔法使わせたって、戦力になりませんよ」
「それを言ったら、武器全般に言えることじゃないか? 弓を使ったことがない人間にいきなりやれと言っても、当てられるものでもないし」
ラウディが言えば、ジュダは頷いた。
「確かに、魔石銃なら素人でも扱いやすいですね。弓より遥かに構えやすく、力もさほど必要としませんから」
「実際、弾速もね」
リーレが頭の後ろで手を組んだ。
「タイラル式魔石銃だと、撃ったらほぼ直進するから下手でも当たる」
「とはいえ、タイラル式は威力に難がある」
ジュダはすかさず言った。
「一般的な量産モデルだと魔石が小さく弱いから、命中精度と引き換えに威力がほとんどない。木の盾でも防げてしまう代物だ。騎士の鎧を貫通することも不可能だ」
「ブロンピュール式なら、鎧を撃ち抜ける」
ラウディは言った。
一般的に魔石銃と呼ばれるものは二種類がある。
魔石の魔力を変換して魔法弾を放つタイラル式と、発射する弾自体に魔石の加工を施したブロンピュール式だ。
タイラル式は二種類の異なる属性の魔石を接触されることで発生する魔力を放つ。光弾や電撃弾など、魔法に近い形で飛び、弾道が安定しているため命中率が高い。
だが魔石自体の魔力が威力に影響するため、小型化が可能である一方、殺傷力が低い傾向にある。一般的なモデルとなると、害獣撃退や護身程度のものがもっぱらだ。
充分な威力のある魔石を備えたタイラル式銃は素晴らしい性能を発揮するが、その魔石自体で豪邸が建つほどの高級品。おいそれと手に入れられるものではない。
対してブロンピュール式魔石銃は、軍などの兵器として配備が進んでいる。先日、ラウディがフランの森への遠征授業の際に携帯した魔石銃がこれに当たる。
雷石と火石を強く接触させることで、弾を飛ばすブロンピュール式は、雷石をハンマーに、火石で加工された弾丸を撃ち出す。放たれるのは実体弾なので殺傷力は高い。
近くで撃てば薄い鉄の盾や鎧すら貫通するのである。しかしタイラル式に比べ連射が利かないという不利な面もある。一発撃つごとに弾を装填しなくてはいけないのだ。
つまり――と、リーレが指を立てた。
「タイラル式なら防御さえ整っていれば恐れるものはなく、ブロンピュール式なら最初の一発さえ避けられれば、相手が装填しているうちに、魔法をぶつければいいってことね」
「銃の弾を目視でよけられる動体視力と反応があれば、だけどな」
ジュダは補足した。一度でも敵の弾さえやり過ごすことができたなら、その隙をつくことも可能だろう。言うほど簡単ではないが。
「魔法の使い手側にも求められる要素はあると思う」
ラウディが唇に指先を当てる。
「魔石銃と一対一で撃ち合うなら、呪文詠唱は二、三秒以内。あと魔法のイメージを的確に具現化させ、それを相手に当てる技量も求められる。銃を向けられた時、イメージがそちらに引き寄せられることなく、魔法を的確にイメージし続ける集中力が必要だ」
「ハードルが高いですね、それ」
リーレが机に肘をついた。
「一般的な術者なら、大体五秒から十秒。へたくそはイメージに加えて呪文で魔法を補強しなくてはいけないので詠唱が長くなる……ブロンピュール式の装填作業とどっこいですね」
加えて――ジュダは口を開いた。
「一対一なんて状況ばかりでもないでしょう。複数同士で戦うなんてことになったら、魔法、魔石銃どちらにしろその連携が重要になってくると思います」
「そうなってくると」
ラウディは組んだ手の上に顎を乗せ、難しい顔をした。
「いくらここで仮定の話を繰り返しても無意味ということになるのか?」
「条件次第で、如何ようにも変わると思います」
ジュダは、いつもの淡々とした調子で言った。
「たとえば、大雨の日だったら――」
そこでゴホンと、わざとらしい咳払いがした。
見れば教卓脇に魔法科目のヴェルジ教官が立っていて、騎士生たちを睨みつけていた。
「いつまでお喋りを続けているのかね、諸君。もう講義は始まってるぞ!」
話し込んでいた騎士生の何人かが、慌てて自分の席へと駆ける。休み時間は終わり、先の魔法科目の続き、座学が始まった。
・ ・ ・
魔石銃と魔法、どちらが有利か。それを質問された時、イーサス・ヴェルジは自身の顔が紅潮したのを覚えている。
何たる愚問。高邁な精神から生み出された『魔法』と、所詮道具に過ぎない魔石銃、どちらが優れているかなど、比べるまでもない。
魔石銃など、撃つことしかできない飛び道具。対して魔法は術者のイメージに合わせて様々な形、行動を可能とする力だ。そんなものが同列に並び立つはずもない。
もっとも、これに関しては、ヴェルジ自身の誤解も多分に含まれている。騎士生の質問は、魔石銃と『投射』魔法の対比であり、魔法全般のことを聞いたわけではなかった。
にも関わらず早とちりして、怒鳴り散らした魔法教官に対し、質問した騎士生は面食らっていた。
騎士生たちがどこか呆れ顔になっていたのをヴェルジは覚えているが、何故そうなのか本人は気づいていなかった。ただ、生徒たちは魔法を侮り、銃などという道具に関心があるのだと、ヴェルジは思い込んだのである。
これは魔法教官として、ぜひ教育してやる必要がある。騎士生たちには、魔法がいかに強力な力となるか、少々痛い目を見るべきだ。
ヴェルジの私室。そこに置かれた魔力送信機――イベリエ魔法国製品の改良がなされたこの魔法機械は、簡単な作業を行う魔法人形を遠隔操作する。
装置の中央に設えられるは巨大な合成魔石。天然モノでここまで巨大な魔石が存在したら城ひとつ買えてしまう。魔石に触れ、させたい作業のイメージを送り込む。それで複数の魔法人形が、与えられたイメージに従い休み無く行動するのである。
この、イメージし魔力に送り込むというのは、魔法における基本であるが、複数の対象にそれぞれ間違いなく命令を実行させるだけのイメージを送るというのは、なかなかに集中力を要する。少し気がそれただけで、台無しになることもざらだ。
故に高度な教育を受けた、才能がある者でなければ使いこなせない。だからヴェルジは胸を張るのだった。――私のような魔法使いでなければな!
「お気に召しましたかしら、ヴェルジ様?」
背後からしっとりとした女の声がした。振り返れば、長い金髪をなびかせた美女がいた。商売女特有の艶やかさと媚びるようなそのしぐさに、ヴェルジは鼻の下が伸びるのを自覚した。
「いやいや、ヴァルゼさん。よくこのような装置が手に入りましたなぁ」
「お客様のお求めの品は取り揃えて見せるのが、アサルリー商会の誇りですから」
ふわっと、濃厚な香りが充満した。ヴァルゼと呼ばれた金髪美女が手を伸ばし、ヴェルジの顎をなでる。
「魔法人形を求めたら、このような大掛かりな装置があるとは……あなたに頼んでよかった」
「私としても買い手がついて助かっていますのよ? 何せ、この手のものを正しく稼動させられる方は非常に少なくて。……それこそ偉大なるヴェルジ様のような魔法使いでなければ」
「イーサスと呼んでいただけませんか?」
ヴェルジは、伸ばされた美女の手をとった。
「今晩、お時間はありますか?」
「あら、私のお相手をしてくださいますの?」
美女はヴェルジにぴたりと身体を寄せた。その豊かな胸が押し付けられ、ヴェルジは思わず天を仰ぐのだった。
「それでは、こちらも目一杯のサービスをしてさしあげませんと……ね」
美女の唇が邪な形に吊りあがる。しかし身体を密着させているヴェルジは、彼女の表情の変化に気づかなかった。




