第34話、サファリナは不機嫌
はぁ、とため息が漏れた。
騎士学校の最上級学年の教室。サファリナは机に両肘を付いて、組んだその手を額に当てた。
「あの、サファリナ様?」
仲のよい女子騎士生――黒髪ロングのメランが小首を傾げる。
「どうかされたのですか?」
「いえ、別に。何でもないのよ、メラン」
「そうは見えないのですが、サファリナ嬢」
言ったのはメランではなく、その隣の席のリアハだった。灰色のショートカット、生真面目な顔つき。グリーヴ伯爵家の令嬢である。ちなみにメランはアスピス男爵家の令嬢だ。
「お加減でも?」
「そうではないのよリアハ」
サファリナは否定するが、無意識のうちにため息をついていた。
「ごめんなさい。何の話をしていたのかしら?」
「先の投射魔法の授業の話です」
メランが眉をひそめた。
「あの授業って、本当に必要だったのか、私にはどうにも納得できないというか」
「納得?」
「ええ、魔石を使った投射魔法ですけど……私たちは騎士ですよ? 騎士に魔法使いの真似事をしろというのですか?」
サファリナはメランが何を言っているのかすぐに理解できなかった。リアハが口を挟む。
「魔法は騎士にとって必須ではない、メランはそう言いたいのか?」
「そうです。そりゃあ魔法が使えれば、便利なんでしょうけど、ただ投射魔法とか、今やっても無駄だと思うのです」
「何故、無駄だと思うのかしら?」
サファリナは問うた。メランは頷く。
「魔石銃があるからです」
銃――サファリナとリアハは眉をひそめた。
「銃で撃つほうが、投射魔法を使うより早く相手を攻撃できます。魔法を具現化させ、その力を制御し、敵に放つ……そんなことしている間に、魔石銃で狙ったほうが早いですよ、絶対」
「一理ある、あるが」
リアハは生真面目に言った。
「それは魔法の使い手にもよるだろう? 具現化から攻撃まで数秒あるとはいえ、本当に早い者なら物の二、三秒で放てる。場合によっては魔石銃で狙うより早いことも――」
「でもそれ、魔法に長けた使い手、つまり本職の魔法使いや才能のある人の話ですよね?」
メランは反論した。
「サファリナ様のように優れた才能をお持ちの方は、確かに魔法のほうが速いでしょう。ですが私のような魔法にかけては凡人である者から見れば、投射魔法を磨くより、魔石銃の撃ち方を学んだほうが早いと思うのです」
実は――とメランは微笑した。
「私、家で銃に触っているのです。狩猟ですけど、魔石銃の扱いは得意なんです」
「狩りと実際の戦場は別だろう」
リアハは眉間にしわを寄せた。
「そもそも騎士たる者が敵とはいえ銃を人に向けるのか? それは卑怯ではないか」
「投射魔法は卑怯ではないのですか?」
メランは言い返した。
「同じ飛び道具ではないですか」
「同じではない!」
「いや、おかしいですってリアハさん――」
口論を始める二人。サファリナは額に手を当て、何度目かわからないため息をついた。騎士道が、魔法が云々……付き合い切れなかった。
サファリナはふらりと席を立った。言い争っていた二人は、パタリとやり取りをやめた。
「少し、外の空気を吸ってきますわ」
気分が悪い。というか、何だか心の底からイライラしている感じだった。
教室を出たサファリナだが、そこで巨大な壁にぶつかりそうになって、慌てて身を引いた。
「……サファリナ?」
壁――もとい、巨漢の騎士生が小首を傾げた。
「な、マルトー……吃驚させないでちょうだい」
サファリナは胸をなでおろす。騎士学校一だろう二メータほどの体躯を誇る騎士生、マルトーが立っていた。
「どうした? おれの姿が見えなかったなんてことはあるまい?」
「ええ、あなたのような大きな者が見えないなんてことはありませんわ」
そっぽを向くようにサファリナは言うと、巨漢の騎士生の傍らを抜けようとする。
「どうした、何か元気がなさそうだが……?」
「あなたにわかるのかしら?」
言っては悪いが、思考まで肉でできていると思われるマルトーに、サファリナの繊細な気持ちなどわかるとは思えなかった。
「馬鹿にするな」
マルトーはその厳つい顔をしかめて見せた。サファリナは挑戦的な笑みを浮かべる。
「わかる、と言うのならいいですわ。私の話に付き合ってくださる?」
付いてきなさいと言えば、マルトーはのしのしと付いてきた。まるでペットになった巨人のようね――と的外れな感想を抱く。
「実は困ったことがありますの。わたくしの頭の中に、とある男のことがよぎっていますの」
「男……?」
「ジュダ・シェードよ!」
サファリナは叩きつけるように言った。
いかにあの黒髪の騎士生が嫌いであるかを、一から説明した。これまでの経緯も含めてのそれは、マルトー自身知っている話も多かったが、彼は黙ってサファリナの話を聞いた。
愛用の剣を折られたこと。不遜な態度をとられたこと。亜人のスパイ騒動の時に首を絞められたこと。
創立記念祭での亜人の襲撃から助けたくれたこと。普段やる気のないフリをして周囲を欺いていたこと。サファリナの夢の中にまであの男が現れるようになったこと――
一通り、話し終えたサファリナは、マルトーを見上げた。予想はしていたが、彼は首を捻っている。
「ほら、やっぱりわからないのではなくって?」
「サファリナよ」
マルトーは、その赤毛をぼりぼりとかいた。
「君は、ジュダの野郎が好きということでいいんだな?」
「はあぁ!?」
この脳筋。ぜんぜん人の話聞いていないではないか。サファリナは首をぶんぶんと振った。
「どこをどう取ったら、そうなりますの!?」
思わずその巨体に、拳を打ち付けていた。マルトーはびくともしないが、それでもその表情には困ったような色があった。
「いや、どこをどうって……そのようにしか聞こえなかったんだが?」




