第33話、魔石魔法の才能
「どうしたんですか、ラウディ?」
魔法の実技授業を受けていたラウディが、エスケープしていたジュダたちの元へ来た。何故がご機嫌斜めの様子で。
「別に」
男装のお姫様は口を尖らせた後、その青い瞳をリーレに向けた。
「気分が悪くなったんじゃなかったのか、リーレ? ずいぶんと調子がよさそうだけど」
「別に嘘はついてませんよ。気分が悪くなったんです、あのヴェルジ教官の言い草に」
「気分が悪くなったって、そういう意味か」
ラウディは納得したように頷いた。
「確かに、教官はジュダに対して偏見持っていたな。不良品の魔石が当たっただけで、ジュダは何も悪くないのに」
「……聞いたかリーレ」
ジュダは意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺は魔法を使っていない。そう、ラウディの言うとおり、魔石が不良品だったからだ」
ふいっ、とリーレがそっぽを向いた。ラウディは怪訝な顔になる。
「何の話だ?」
「大した話では。……それにしてもラウディ。あなたが魔法が使うところを見ましたけど」
「な、何かな?」
ラウディが緊張したように背筋を伸ばした。
「呪文が一単語なんて、久しぶりに見ました。それであの威力、大したものです」
「そ、そうかな」
王子様は頬を朱に染めた。
「いっぱい練習したからね。その、父上が、魔法は一単語で、と強く言っていたから」
ああ、そういえば――ジュダは、創立記念祭の亜人騒動で、国王が『電撃』の一言で攻撃魔法を発動させているところを見ていた。
「父親譲りというわけですか。大したものです」
「いや、そんなことは――」
ラウディが凄く嬉しそうな顔をした。ジュダは意外に思った。この程度の世辞など、彼女なら聞き飽きているだろうに。
父親が褒められたとでも感じたかもしれない。それならジュダとしては複雑な心境である。
「充分凄いと思いますよ」
リーレが口を挟んだ。
「実戦を想定したら、呪文は短いほうがいいですし。相手に防御や逃げる時間を与えるようなものです」
「そう、そうなんだ!」
ラウディが声を弾ませた。
「君の火魔法もよかったけど、最短詠唱はどれくらいだ?」
「……二秒くらいですかね」
なぜか少し間があった。ラウディはリーレに顔を近づけた。
「ほとんど一瞬だな! 魔法使いで中々そこまで早撃ちはいないぞ」
「撃つだけならそれくらいの人いると思います。威力があるかどうかは別ですけど」
リーレは頬を赤らめ、視線を逸らした。
「その、ラウディ様……顔、近いです」
「あ、これはすまない」
目と鼻の先まで肉薄していたことに気づいたラウディが身を引いた。
あのリーレが赤面している様は珍しい。美形の王子様に迫られて、さすがのリーレも緊張したのかもしれない。……王子様の中身は女の子だが。
「ジュダ・シェード!」
女の声で呼ばれた。
見れば、豪奢な緑髪の美少女騎士生がやってくるところだった。
サファリナ・ルーベルケレス。
貴族出の騎士生。やや吊り目だが美麗な顔立ちで、クラス一の巨乳の持ち主である。
ジュダは眉をひそめた。先日の創立祭での襲撃の直後、彼女はジュダに対し好意的になったものの、今までが今までだっただけに警戒する。
「ジュダ君……」
「やあ、サファリナ」
改めて『君』付けしてきたサファリナに対し、ジュダは一応、無害な表情をとった。
「何か用か?」
「用というほどでは……」
すっ、とサファリナの視線が泳いだ。
「その、あなたに言っておくことがあって」
「……うん?」
ジュダは首を傾げる。……先日の処女をあげるなどと言われた後だ。今度は何を言い出すつもりなのか。
「はっきり言いますわ。いい加減、落ちこぼれのフリをするのはおやめになったら?」
何の話だ、とジュダはじっとサファリナを見やる。どうしてかわからないが、彼女の顔は次第に赤みを増していく。
「あなた、風の魔法を使いましたわよね?」
「……」
「あー、サファリナ。ジュダなら、魔法使ってないわよ」
リーレが不満そうな顔をジュダに向けた。
「こいつ、魔法を使ったことをあからさまに否定したんだから」
「いや、ジュダの魔石、不良品だったから使えなかったんじゃ……」
ラウディが言った。しかしサファリナは首を横に振る。
「それが落ちこぼれのフリだと言っているのです!」
サファリナは腰に手を当て、その顔をズイっとジュダに近づけた。
「魔石ひとつを完全に潰すなんて、その中の魔力をすべて無駄なく使いきった、いえそれ以上に物体を構成する要素まで魔力に変えてしまったのです。そんな芸当、高位魔法使いでも早々できません!」
「え、不良品……」
自分の話を聞いてもらえなかったと思ったのかラウディが言う。しかしサファリナはジュダを睨んだまま。
「誤魔化しても駄目ですわ。わたくし、あなたが風の魔法を使っているところ、見ているんですから」
サファリナは、すっと離れた。
「堂々としていればよいのです。教官に言われたら言い返せばよろしい。こんなところで拗ねているなんて……」
別に拗ねていないのだが――ジュダは皮肉っぽく口を引きつらせた。
「それとも、魔石を潰してしまうことを恥じてらっしゃるの? それなら加減を覚えればよいのです。そうすればあなたは、すぐにでも一線の魔法使いになれる素質があると思いますわ」
あれ――ジュダは不思議に思った。リーレが口を開く。
「サファリナ……あんた、ジュダのことを褒めてるの?」
「は?」
緑髪の騎士生は目を剥いた。
「何故わたくしが、この男を褒めるなど――」
「いや、どう聞いてもジュダを励ましているよね、それ」
ラウディも口を揃えた。サファリナは頬に手を当てた。
「そんなはずは――」
その視線がジュダを向き、怪訝に見返している灰色の瞳に気づき、サファリナは慌ててその場を去ってしまった。
「何だったんだあれ?」
ジュダの言葉に、赤毛の騎士生と金髪の王子様は顔を見合わせるのだった。




