第１５９話、不審な影
いったい姐さんはどうしちまったって言うんだ。
虎亜人のホーロウは、ずっとアンニュイな表情を浮かべているヘクサ・ヴァイセの様子を眺める。
任務は継続、つまりはラウディ王子暗殺の任務を続けるということだが、ホーロウたちはすでにランカム城の城壁を越えて、外に脱出していた。
城の兵は何やら王子の偽物を追って王族の別荘を包囲しているという意味のわからないことをしている。
これに対してはヘクサは、城主ミヒャールの狂言だと言った。偽物ではなく本物の王子で、どさくさに紛れて暗殺しようとしているのだと。
ならば、ホーロウたちも屋敷を見張るべきだ。だがヘクサは王子は城の外だと言ったのだ。
理由を聞いたら、ジュダ・シェードがわざわざ袋のねずみになるようなことはしない、という答えだった。ホーロウにはよくわからなかったが、リーダーであるヘクサがそういうのであればそうなのだろう。
難しいことはよくわからない。考えるのは他の者たちに任せる。
今、気になっているのは、ヘクサのことともう一つあって――
「……」
何やら怪しい影がうろついている。はじめはこちらが追跡されているのかと警戒したが、どうも違うようだった。
先回りされているのかとも思ったが、こちらを見ていない。別の何かを見ている、そんな感じだった。
「薄気味悪い奴だ」
仮面で顔を隠している。人型――体型などからおそらく人間の女。人間によく似た亜人の可能性もなくはないが、獣の耳や尻尾などそいう特徴は見られない。つまりは、それ以外のことはよくわからないということだ。
「カタギでねえのは間違いないんだが」
同業者の臭いはする。しかし何を追っているのか、しかも何故自分たちの前にいるのかが皆目見当もつかない。
ヘクサ以外に唯一残った仲間であるクローウンが、伝書の家に入っていく。ここはのどかな亜人の小集落である。
ただしホーロウとヘクサは集落の外の林の茂みに身を潜めている。堂々と入ればいいのに、ヘクサが何やら亜人と言えど目撃されないように振る舞っているせいだった。まるで、自分たちがやってきたことの痕跡を残さないようしているように。
用心深いのは結構だが、たぶんに慎重すぎる。何にビクついている、とホーロウは半ば呆れていた。
「ん……人間？」
伝書の家からクローウンと入れ違うように男が出てきた。若い男――間違いなくヒュージャンだ。旅人の装いで、腰に剣を差している。
ヒュージャンが亜人の集落で何をしているのか？ しかも伝書の家のことをただの人間が知っているとも思えない。亜人と交流が深い人間か、あるいは亜人勢力に味方する人間のスパイの可能性はあった。
「姐さん……？」
ホーロウは振り返るが、近くにヘクサはいなかった。森の中を見ているようだが、その横顔は心ここにあらずといった始末だ。仕方ないのでホーロウは視線を戻す。
先ほどの黒髪の若い男は、フードを被っていた人物と鞄持ちの少女に合流した。三人組――鞄持ちの少女は尻尾があるようで亜人だった。だが残りの二人は人間のようだった。
「こんなところで人間か」
亜人を連れていて、人間にしても雰囲気は悪くなさそうに見えた。これがもし亜人を虐待するような人間だったら、ちょっと小突いて、いや腕の一本も切り裂いていたかもしれない。
――オレ様が出て行くことはないな。
ホーロウが見守る中、三人は連れだって移動する。そして森の中にいた人影もまた移動をするのを見やり、虎亜人はピンと張ったヒゲにくるものがあった。
「あいつ、あの連中を追っていたのか」
どういうことだ、とますますわからなくなる。あの三人組はただの旅人ではないのか？ 監視されるような何かだとしたら――
「いや、でもオレ様たちには関係ないか」
王子暗殺と関係のない者たちだ。しかし何か引っかかるものを感じた。これは野生の勘というものかもしれない。危険というか、重大な見落としをしている時に感じる緊張感がホーロウの背筋を伸ばさせるのだ。
「姐さん、ちょっと集落に行ってもいいですか？」
ホーロウが確認すれば、ヘクサはゆったりとした仕草で振り向き、好きにしろと合図した。
虎亜人は森から集落に入った。
・ ・ ・
その日、ランカム城に一人の来訪者があった。フードを深々と被ったその人物は、門番にこう告げた。
「ミヒャール子爵にお会いしたい」
門番はいくらかその男と話した後、開門を告げて、その者を城内に入れた。その門番は、同僚たちに後を任せると、フードの男を奥まで招き入れた。子爵の居住する中央塔に案内すると、子爵の執務室の前で警備の兵に二、三話をした。
ノック音が響き、ミヒャール子爵は答えた。
「入れ」
王族の別荘を包囲する部隊からと思ったミヒャールはその者の入室を許可した。
「王子の件は？ その後、進捗があったのか？」
そう問いかけたミヒャールだが、返事はなかった。机から顔を上げると、連れてきた門番は退出し、フードの人物だけが部屋に残されていた。
「誰だ、貴様は？」
思いもしなかった人物だった。そもそも何者かもわからない。どうして兵はこの得体の知れない人物を通したのか？
警備の兵を呼ぶべきか、と立ち上がった瞬間、フードの人物は言った。
「私が誰か。それは顔を見ればわかるのではないかな」
「お、あ、あなたは――っ！？」
フードを取り、現れた年配の男の顔。それを見てミヒャールの表情から血の気が引いた。
「ペ、ペルパジア大臣閣下！ 何故、こちらにっ！？」
心臓を鷲づかみにされたような恐怖に襲われるミヒャール。王の側近、王都にいるはずの大臣が、何の予告もなく来訪したのだ。
ペルパジアは鷹揚に告げる。
「私の忠実なるしもべが知らせてくれたのだ。王族の別荘で、いささかトラブルが発生しているとね。……君が身柄を預かっている王子殿下は、元気にしているかね？」
次話は５日頃、投稿予定。
