第153話、追い立てる者たち
「まだ発見の報告はないのか!?」
ランカム城から派遣された騎士長は、苛立ちの混じった声を発する。
城壁に囲まれた王族の別荘の敷地内。そこに広がる森はそれほどまで大きいわけでもなく、探せば数時間もかからない。
「ラウディ王子殿下に化けた亜人とその協力者は袋のねずみなのだ! 必ずここにいるのだぞ!」
「騎士長殿。それはそうなのですが、今は真夜中。この暗さではいくら大きくない森と言えども、簡単には見つかりますまい」
副官が指摘する。対する騎士長は顔を歪める。
「貴様、それを子爵閣下に言う度胸はあるか?」
「ご命令とあらば、代わりに言いますが」
それが兵隊というものでしょう、と副官は真顔で返すのである。苛立ちだけが募る騎士長である。
「代われるものなら代わってもらいたいくらいだな。だが城に戻れば、そうもいかん」
指揮官として、貴族であられる子爵と顔を合わせ、会話することが許されるのは限られる。雑兵が声をかけて許されるのは緊急の伝令くらいだろう。
「しかし、何ですな」
副官は話題を変え、視線を別荘の方向に向けた。
「王子殿下に変装して、城に乗り込むとは正気を疑いますな」
「それは違うぞ。変装したのは城内に入ってかららしい」
城の中を自由に行き来しても咎められない姿に、侵入した後に化けたという話だ。さすがに城内にいるはずの王子が外から来ては兵も怪しむ。
「それがわからんのですよ。城内を歩くなら、別に王子殿下に化けるなんて目立つことをしなくても、兵に化ければよかったはずなのに」
いくら変装したところで、王子が城内を歩けば兵の注目を集める。目の前を通られる際は姿勢を正し、敬礼して見送る。
抜かりがあってはならないから王族の前ではきちんとしなければならない。裏を返せば、視界に王族がいればその一挙手一投足を観察するものであるのだ。
「ふん、亜人の考えることなぞ、我ら人間にはわかるまいよ」
騎士長は鼻で笑う。頭のデキの悪い劣等な亜人は、王子に化ければ城内を歩いても不審がられないと考えたのだろう。この城は、王族に対する態度に関して人一倍訓練されている。王子はかえって目立つというものを、奴らは理解できなかったのであろう。
「何だ副官。貴様、何か言いたいことがあるのか?」
「……言ってもよろしいですか?」
「うむ。どうせ我々は動けない。聞いてやる」
偽物王子の発見の報告があればいの一番で駆けつけられるよう待機している。このまま報告がなければ徹夜である。
「今回の件、あまりに急過ぎませんか?」
「明瞭に」
「王子殿下の偽物が現れた、だから始末しろ。それ自体はわからないでもないですが……どうにも」
要領を得ないという副官。
「やはり王子殿下に化ける意味が、どうにも悪手にしか思えない。なのでこう、すっきりしないんですよ。暗殺する標的に成り代わるというのなら、まだわからなくもないのですが……」
「そのつもりだったのではないか?」
騎士長は遠くへと視線を投げる。
「ラウディ王子殿下を暗殺した後、姑息な亜人がそれに成り代わり、何か悪さをするための。……我々をこけにし、何食わぬ顔で王城に戻り、国王陛下を暗殺する……とか」
口にしてとんでもない手口だ、と騎士長は思った。卑劣な亜人へと怒りがこみ上げる。
「これでは子爵閣下が、我々を蹴り飛ばしてでも偽物を殺せと仰られるのも当然だ! そうとも、恐るべき陰謀を許すところだったのだから!」
「……蹴飛ばされたのですか?」
「は?」
副官の何とも言えない目に、騎士長は自分の口にした言葉を思い出す。
「言葉のあやだ。蹴られてはおらん」
騎士長は腕を組む。兵たちは森を捜索しているが、いまだ亜人の発見報告はない。
「おい、奴ら別荘に逃げ込んでいるんじゃないか?」
「哨兵は立たせてありますが、ここまで発見できないとなると、もしかしたらそちらに潜り込まれた可能性もあります」
副官は同意した。騎士長は命じる。
「待機している二個分隊を送れ。亜人どもに王族の別荘に潜伏など、させてはならん」
・ ・ ・
『城の兵どもは、まだ見つけられないようですね』
クローウンが言う。木の上に登り、下を捜索しているランカム城の兵を何度か通過するのを見送るヘクサたち。
虎亜人のホーロウが小さく笑った。
『木の上のオレたちすら見つけられないボンクラヒュージャンどもだぞ。そのジュダってヤツに守られた王子だって見つかるものかよ』
それより――ホーロウは、沈黙したままのヘクサを見る。
『いいんですかい、姐さん? この様子だと、偽物扱いされた王子は別荘に隠れてますぜ。オレらで先回りして始末したほうがいい』
『……』
『なあ、クローウン。姐さんが口を聞いてくれねえんだが』
少し傷ついたような顔をするホーロウ。素顔のわからないクローウンもため息をつく。
『城の兵士が戦っているところを、横からかっ攫うつもりなんだろう。馬鹿なヒュージャンどもが、さっさと王子を見つけてくれないとこちらも動けない』
ヘクサが指示しないので、そう推測するクローウンである。本当に何があったのかわからない。チームの二人がすでに命を失い、残るは三人。王子暗殺はやり遂げねばならないし、ヘクサも撤退を指示しないところからまだ諦めていないようだ。
だが、今の状況はよろしくないのは確かだった。
『ヒュージャンに王子の始末をさせるつもりなのかねぇ……』
ホーロウは首をかしげた。
『なあ、クローウン。オレにはわからないんだが、何でランカム城のボスは突然王子を偽物扱いしだしたんだ? しかも殺すつもりってことは、こいつは国家反逆ってやつじゃねえのか?』
『ヒュージャンが現在の国王派とそれ以外の派閥で争っているという話は知っているな?』
『何となく。よくは知らねえ』
『そういうことだ。子爵は国王派の敵なんだろうよ』
クローウンは吐き捨てるように言った。ホーロウはしかし『わかんねえなぁ』と納得できないようだった。
次話は5日頃、投稿予定。




