第152話、抜け道はどこだ?
ジュダは防護室に戻ってきた。トニは初めて入る地下に驚いている。
「ふつーにお屋敷みたい」
地下室なんてもっとそっけなく、無機的なものと思っていた彼女である。温かみのある調度品の数々は、圧迫感を感じさせないゆったりとした空間を提供する。
いざこの部屋を使う時、どれくらい籠城するかわからないから日々ストレスがかからないよう配慮が行き届いているのだ。
ラウディは腕を組み、以前一度使った室内を見回した。
「パッと見、ここに秘密の出入り口があるようには見えないけれど……」
「だから秘密なんですよ」
ジュダは目配せした。
「そう簡単にわかるようにはなっていないでしょう」
ただ退路は確保しておくもので、出入り口が一つしかないというのはいざという時の備えを怠っているとしか言えない。
「とりあえず、俺が抜け道を探すので、ラウディ……」
「うん?」
「お茶を入れてもらっていいですか?」
「お茶……?」
ラウディは唖然とした。
「こんな時に?」
「こんな時だからですよ」
亜人の襲撃を受けてからそれなりに動いているが、それから水分を摂っていない。
「何かつまめるものがあれば、つまんできていいですよ。ここから脱出したら、しばらく野宿でしょうし、腹に入れられるうちに入れておきましょう。……キッチンの場所、わかります?」
「馬鹿にして。この前、私がお茶をいれてあげたでしょう?」
ラウディが歩き出す。
「うーんと苦いもの飲ませてあげる!」
「美味しいのでお願いします」
「贅沢言うな!」
「ここにある贅沢品を美味しく使わないのは、素材に対する冒涜ですよ」
ラウディを見送りつつ、ジュダはトニへ視線を寄越した。
「君もキッチンに行って食料保存庫を見てきてくれ。当面の食料をバックに詰めて……後は言うまでもないな」
「ウン!」
トニとは、トタトタとラウディの後を追った。
――さて。
ジュダは改めて室内を眺める。秘密の抜け道はある――と口にしたところで、あくまで推測に過ぎず、実際にあるのかはわからない。それを見つけるというのは、手掛かりがない分、簡単ではないのだ。
――抜け道を作るとしたら、どの方向だ?
周囲の地形を考えれば、海の方向に伸びているとは考えにくい。そうなるとランカム城の方向か。あの城壁の下を潜って抜けるパターン。
――だが城にも地下の設備がある。それとぶつからないようにとなると、相当深く、注意深く掘ることになるが……。
地下牢や地下の貯蔵庫など、城は表に見えているだけでなく、地下もまた大きいことが多い。その間、もしくは地下を通すのは簡単ではない。
――しかし普通に考えると、城と直通の地下道とかありそうなものだが。
だがそれはない。あれば別荘の警備の人間も知っていただろうし、ランカム城の増援も地下からくる者たちもいただろう。それがなかったということは、直通通路はない。
この場合はなくてよかった。ミヒャールが裏切っている現状からすれば。
――別荘から脱出するだけの範囲でいいなら、海方向もあるのか。
しかし別荘に敵が押し寄せてくる状況で、そこから出るだけの短い抜け道でいいのだろうか? 別荘が襲われる、すなわちランカム城も陥落していると想定するなら、もっと遠方に通じる抜け道でないと安全を確保できないのではないか。
――いや。
「方向は気にせず、とにかく探そう」
推測や思い込みで視野が狭くなれば見落とすこともある。先入観を捨てる。
ジュダはまず手始めにこの防護室の構造を思い描き、他の部屋と被っていない方向の壁、床から捜索を開始した。
見た目で隠れているなら、家具や絨毯といったものの裏側なども怪しい。しかしいざやってみると、こんなちょっと家探しすればわかるような所に抜け道を作るだろうかという疑問も浮かぶ。
――緊急脱出用なら、それもあるか。
あまりに入るのに手間がかかる仕掛けだと、即応性に欠けて逃げる前に捕まるなんてこともあるかもしれない。だからそんな馬鹿な、と思いたくなるような単純なものの可能性もあった。
「見つかりそう?」
ラウディがトレイにお茶を乗せてやってきた。王子殿下がやることではないな、と思いつつ、ジュダは目礼した。
「ありがとうございます。さすがにそう簡単に見つかるようなものではないですね。さすがはヴァーレンラント王家」
思い切り皮肉である。ジュダとしては、あの国王の一族に関して、ラウディ以外は褒めるつもりなどなかった。
「私も探すよ」
「お願いします」
ランカム城から追っ手がかかっているに違いない。そしてちょっと頭が働く者なら、別荘――そして防護室に逃げ込んでいるのではと考える。入り口は閉め、易々と入ってこれらないとはいえ、あまりのんびりもしていられない。
行儀悪く、お茶を啜りながら眺め、時に壁を叩いて音の違いを確かめる。
「ねえ、ジュダ」
「何です? 見つけましたか?」
「そうじゃないんだけど……前から気になっていたんだけど」
そう言ってラウディは天井の一角を指さした。
「あそこで、何か開きそうじゃない? あの四角」
確かに四角く溝があって、取っ手などがあったら開くのでは、と思える。しかし天井が高いため、大きめの踏み台がなければ届かないし、仮に届いてそこが出入り口だったとしても梯子などがなければ無理だろう。
即応性の点ではよろしくないが、どうにか入ることができれば追っ手をしばらく追ってこさせない、つまり時間稼ぎはできそうに思える。
考えても仕方がない。先入観は捨てて、まず試してみることだ――ジュダは壁際のテーブルを引き寄せると、その上に立った。指先で溝のあるその天井を触れ、少し押してみれば。
「開いた」
ぽっかりと暗闇が広がっていた。ただの換気口か、それとも秘密の抜け道か。ジュダは指先に力を込めて、自身の体を持ち上げた。
次話は20日頃、投稿予定。