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第151話、秘密、隠されたもの


「なんてこと、なんてこと……!」


 ヘクサは王家の別荘、その敷地内の森に潜んでいた。

 ジュダ・シェードがラウディ王子を抱えて人間離れをした跳躍で森に消えた。それだけで信じられないものを見せられたが、ヘクサにはのんびりしている余裕はなかった。


 ランカム城の兵隊が襲ってきたからである。

 ミヒャール子爵との間のやりとりを、兵たちが知っているわけがない。見ないフリをしたが、亜人が城を攻撃している以上、彼は部下たちに殺せと命じている。事実そうなったわけで、ヘクサもジュダたち同様、森へ逃れた。


 ウルペ人の暗殺者として鍛えられたヘクサにとって、少ない足場で城壁の外を下りる芸当は難しくはない。だが――人を抱えてなど、無理!


 ――いったいアレは何者なの……?


 ヘクサの困惑は最高潮に達していた。

 ジュダ・シェードという男が只者ではないのは、刃を交えて理解はしていた。しかし今夜の立ち回りを見る限り、彼を人間の範疇に入れていいのかわからなくなる。

 人間業ではない。亜人でもああもできる者は、ちょっとやそっとでは思いつかない。探せばいるかもしれないが、ちょっと想像できないのは確かだ。

 ガサッと草が揺れ、ヘクサはビクリとなった。


『姐さん』


 現れたのは虎亜人のホーロウと、フードとマスクで顔を隠したクローウンだった。ランカム城での陽動で兵隊を引きつけた二人は無事に脱出したのだ。


『生きていたんですね。城の兵がオレたちじゃなく、外へ移動しはじめたんで、もしやと思ったんですが』


 たっぷり返り血を浴びているが元気そうなホーロウは言った。


『王子を仕留められたんですかい?』

「……」


 ヘクサは顔を背けた。何て言えばいいのか。自分がジュダ・シェード相手に何一つできず、暗殺対象に逃げられたなんて。


『姐さん?』

『ニーリスとアルローは?』


 クローウンが淡々と尋ねた。ヘクサは答える。


『死んだよ』


 どちらも姿を見ていないが、追ったはずのアルローが戻らず、ジュダとラウディが現れた時点で挟撃は失敗。さらに城の兵たちまで現れた時点でお察しである。


『王子はまだ生きているんですね?』


 クローウンは重ねて聞いた。ヘクサは僅かながら苛立ちを露わにする。


『そうだよ、生きているよ。何故か、城の兵たちから偽者呼ばわりされて追われているけどね』

『どういうことです? 偽者って何のことですか?』


 ホーロウも声が大きくなりかけたので、ヘクサは手を伸ばし虎亜人の顔を掴まえた。


『すんません、声ですね……。――あの、姐さん』

『あんたの毛並み、いいね』


 さわさわと虎亜人の毛の感触を堪能するヘクサ。それはかなりシュールな光景だった。顔は深刻そのものなのに、ヘクサの手つきは止まらない。撫でられてホーロウも変な気分になってくる。


『で、姐さん。何があったんです?』


 精神的に何かショッキングなことがあったんだろうと、ホーロウとクローウンは察した。戦場でおかしな行動をとる者のそれ、いわゆる現実逃避の行為に見えたからだ。



   ・  ・  ・



 屋敷の前に城の兵士が二人ほど警備についていた。

 ジュダ、ラウディ、トニは正面を迂回して屋敷の側面の庭へ回り込む。小さな塀があって、その出入り口に兵が一人、歩哨に立っていた。


 小石をひとつ、シュダは拾ったそれを遠くへ投げる。カンと木に当たった。――本当は枝葉に当ててガサガサと音を立てるつもりだったのだが。

 歩哨が槍を構え、物音のした方を向いた。闇の中じっと目を凝らすが、むろんそこに何かあるわけではない。森の木々、草が風に揺れた。


 ザッと音がして歩哨は振り返れば、突然の衝撃で意識を持っていかれた。気を失い倒れる歩哨を支え、塀にもたれさせるジュダ。


 ――まあ、思っていたのと違うが結果は同じだからよし。


 ジュダは塀から庭の中、そして屋敷の様子を観察して、他に兵がいないか探る。身をかがめてラウディとトニがきた。


「ジュダ。殺したの……?」

「気を失っているだけです」


 城の兵はミヒャール子爵の命令で動いているのであって、剣を向けられてもいないのに敵判定はできない。


「職務に忠実な兵は、王国の民ですから」

「そうだね……」


 ラウディは俯く。偽者扱いされ、命を狙われたことが尾を引いているようだった。直近であのような敵意をぶつけられては、ショックも大きいだろう。


 せっかくの休暇で療養していたのに、どうしてこう彼女の心をさらに傷めるようなことが起きるのか。

 別荘に来ないほうがまだよかったのではないかと思えるくらいのマイナスぶりに、ジュダも微かに怒りをおぼえた。


 しかしそれを露わにしたところで何も変わらない。ジュダは深呼吸した。


「ラウディ、集中して」

「え……あ」

「警備に見つかると厄介ですから。目の前の行動に意識を向けてください」

「う、うん。……怒られちゃった」


 ラウディは苦笑した。怒ったつもりはないジュダだが、訂正を入れる前に彼女は言った。


「今の私にはその方が気分が楽だよ」


 活を入れてくれてありがとう、というところか。ジュダは意地悪の虫がうずいた。


「そっちの趣味があったんですか? 人から叱られたい嗜好とか?」

「どうしてそうなるんだ? まあ、私に叱ってくれる人ってあまりいないから新鮮ではあるけれど。……君はいったい私に何を言わせるんだ?」


 元気が出てきたようで何より。ジュダは皮肉げに微笑すると、表情を引き締め屋敷の一角、窓からの侵入を試みる。出入り口には見張りがいると考えれば、一階の窓からの侵入は無難である。


 休暇中の夜、敷地内含めて気づかれずに動き回っていたことがここで役に立つとは。備えというのは大事だとジュダは改めて思うのだった。

 無人の室内。ラウディとトニを引き入れて、ジュダは屋敷内へ足を忍ばせて移動する。人員は最低限、それも外からの侵入に備えてのようで中には人の気配がなかった。


「さあ、つきましたよ、防護室です」

「本当にここに秘密の抜け道があるの? 私だって知らないのに」


 ラウディが不安げに聞いてきた。ジュダとて、実際にあるのかどうかは知らない。だが王族が利用する退避場として、抜け道がないはずがないと確信はしていた。


「ヴァーレンラントの王族の用心深さに賭けましょう」


 これで抜け道がなかったら、あの王を恨む理由がまた一つできるな――とジュダは勝手に思った。

次話は5日頃、投稿予定。

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