第148話、伏兵たち
「お前は、いったい何なんだっ……!」
ヘクサ・ヴァイセは叫んだ。ジュダは自分に向けられたその言葉に、一瞬何だったのだろうかと思った。
「いきなり、ご挨拶だな。自分の方からやってきておいて」
剣を構えたまま、ジュダは場を動かない。ラウディの側を離れない位置取りである。
「らしくないじゃないか。初めて会った頃のあんたは、もう少し余裕たっぷりだったぞ」
小憎らしいほどに。それがいきなり大声を出すとは。
「王子暗殺にしくじり、後がなくなったか? 同情はしないぞ」
なりふり構わず、いや、ああやって声を出すことで、ジュダを部屋の外へ引っ張り出そうという挑発かもしれない。
――だとすれば、いるな。もう一人か二人。伏兵が。
ジュダは、控えているラウディを一瞥する。
「移動します。控え室の方へ」
警備や従者用の部屋が隣接しているゲストルームである。ここならバルコニーに出ることなく、移動しつつ、そこを経由して廊下に出られる。
普通に下がって、部屋の扉から出ることも考えたが、もしかしたらそこに敵が待ち構えているかもしれない。
ジュダの脳内には、自分たち以外に味方はいない状態が想定されていた。
ラウディもまた剣を手に、油断なくヘクサを見つめながらゆっくりと控え室へと移動する。常にその前にジュダはいて、彼女に飛び道具が迫っても庇えるように位置していた。
「逃げるの? 脇から!」
ヘクサは声がどこか上ずっているようだった。しかしわざとらしいそのセリフは、仲間に、ジュダたちの動きを伝えているのだろう。
――伏兵はいる。だがそいつはこちらの姿が見えない位置にいる。
だから、それを教える役が必要なわけだ。しかしそれにしても、ヘクサがまるで別人のように見える。付き合いがあるわけでもなく、彼女のことはほとんど知らないが、以前は、もっと冷静で、こんな芝居の下手な女ではなかった。
実に、気にいらなかった。
「ジュダ」
ラウディが呼んだ。ジュダは控え室の扉を蹴飛ばした。そこに敵が伏せていたらと考えたが、幸い、そこには誰もいなかった。
「逃げるの!? ジュダ・シェード!」
「喚くだけか、ヘクサ?」
『姐さん、何をやってるんです!?』
聞こえてきた亜人の言葉。すっとトカゲ頭の亜人が、彼女の傍らに落ちてきた。やはりいたのだ、伏兵が。
ラウディが控え室に入った。ジュダは亜人を注視し警戒する中、彼女は控え室内に敵が潜んでいないか、剣を構えつつ素早く見回した。
「こちらにはいない!」
ラウディの報告を受けて、ジュダも控え室へ入った。
『くそっ!』
トカゲ頭――ザウラ人のアルローは、ベランダから室内に突入した。
『姐さん、どうしちまったんだ……!』
見す見す暗殺対象を逃すつもりか。室内に侵入したアルローだが、やはりヘクサはそこから動こうとしなかった。
呆然としている、というか固まってしまったような。邪眼で固められてしまったわけでもあるまいに。
迷いはわずかだった。アルローは暗殺任務を優先し、ジュダたちを追って控え室へと飛び込んだ。
『!?』
入った直後、扉の脇に潜んでいたジュダの剣が振り下ろされた。アルローはとっさに反応し、毒の塗られたダガーでそれを防ぐ。
金属の跳ねた音がしたと思ったら、アルローの体を何かが通過した。
足元まで下りた剣を、引き戻すジュダ。アルローは呆然と、自分の体が裂かれていることに気づいたが、全てが終わった後だった。
『バカな……防いだはずだ……ぞ――』
薄れゆく視界の中、手にしていたダガーの刀身がなくなっていることに気づいた。今の一振りで金属ごと両断したのだ。
恐るべき剛力。それがわかった時、アルローは絶命した。
まず、一人――
ジュダは、ヘクサが追撃してくるのに備える。まだ視界にあの狐人の暗殺者は現れない。
と、その瞬間、背後でドアの取っ手を動かす軋みを、耳が拾った。誰かが廊下側から控え室に入ろうとしている。
ラウディ!――振り返ったその時、扉が勢いよく開き、犬亜人の戦士が飛び込んできた。
両手に牙のような形をした短剣を持ち、一直線にラウディに襲いかかる。だが――
「嘗めるな!」
ラウディは剣を奮い、亜人は瞬時に足を止めてガードした。狙い澄ましたかのようなラウディの横薙ぎは、カニス人の右手の剣をその手から吹き飛ばした。
「私だって、騎士学校で学んでいる!」
ラウディは間髪を入れず、素早く剣で切り返す。犬亜人は左手の短剣で、それを防いだが怯んだ。暗殺者にあるまじきことだが、暗殺対象の王子から完全なタイミングで逆襲されるとは思っていなかったのだ。
カニス人の暗殺者――ニーリスにとっては、ラウディという王子は、か弱いと聞いていた。だから反撃は完全に想定外だった。
しかしニーリスとて、昨日今日暗殺者になった素人ではない。その嗅覚を以て、敵を追い詰め、そして殺してきた。
「学校に通ったくらいで、騎士気取りか!?」
声を荒らげるニーリス。騎士学校に通っている王子の技など、所詮はなんちゃって武術。人間の身分制度のおまけでしかない。本物の殺しの術に敵うわけがないのだ。
ニーリスは扉まで後退する。王子は己の非力さをカバーするために大振りで、武器を弾いた。カニス人の握力があまり強くないことを知っているのかは知らないが、大振りながら当てたところは褒めてやってもいい。
「だがそういう大振りは!」
扉の枠が邪魔になって切れない。剣が枠に刺さり、動きが一瞬止まったところで逆襲に転じる。その細い首筋に短剣を突き立て、一撃で仕留める!
ラウディは開け放たれたままの扉の前で止まった。渾身の剣を叩きつけて、身動きできなくなるという愚を犯さない程度には、周りが見えているらしい。
だが、動きが止まった。
ニーリスは足に力を入れて、懐に飛び込むべく前傾になる。カニス人の俊敏さを甘く見てもらっては困る。
猟犬のような犬種が先祖であるというカニス人の戦士は、敵の喉元を一撃で食らいつき倒すことに長ける。王子を殺す――瞬時に飛びかからんとした時、ラウディの左手に紫電が走った。
「電撃……!」
王子が握っていた魔石が稲妻を走らせ、ニーリスの体を貫いた
次話は20日頃、投稿予定。