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第147話、睨み合う二人


 不思議な展開だった。

 バルコニーに賊がいる。少なくとも城の兵士が侵入できない位置、高さにある部屋のバルコニーである。だから月明かりに乏しくシルエットだけでも、身軽な亜人であることを予想するのは容易い。


「ジュダ」


 ラウディが声をかけたが、当のジュダは、しーっ、と静かにするように合図しただけで、視線、バルコニーの賊に向けられていた。

 剣は手にある。賊が侵入すれば、応戦できる。だがジュダからバルコニーには移動しなかった。


 賊の正体は亜人。だが正確な人数は不明。城の兵が応戦している者が全員ではなく……事実、ここに一人現れたのだが、他にもまだ刺客がいるかもしれない。ラウディを残してバルコニーに出て、その隙を衝かれては敵わないのだ。


 ラウディもまた剣を手にしている。ジュダより後ろにいるが――ジュダが彼女を前に出すわけがない――、戦える。


 もっとも彼女は護衛対象だから、戦わせないにこしたことはない。仮に敵を返り討ちにしたとて、ラウディが傷を負ったり、やられては意味がないのだ。


 賊は、室内に入ってこない。外から様子を窺っている。ジュダの視力は、闇夜のシルエット、その正体を克明に映し出した。


「ヘクサ……!」


 あのウルペ人の裏切り者。以前、騎士学校で、ラウディを暗殺しようとした亜人。その彼女が忍びを思わす戦闘スーツ姿で、バルコニーにいる。きっとあちらも暗がりの室内にいるジュダとラウディが見えているに違いない。


 ――何故、踏み込んでこない……。


 理由を考えれば、彼女は囮。警備のジュダがバルコニーに出たところを、窓などから素早く室内に入るとか、あるいは仲間が近くに潜んで、機を窺っているのかもしれない。

 ならば、やはり部屋から動けない。


 しばしの睨み合い。ヘクサもまた、ジュダがいるために安易に踏み込めないのか。しかし挑発しない辺り、それをすれば陽動だと気づかれると思っているのかもしれない。


 沈黙。互いに動けないまま、時間だけが過ぎている。

 それは数秒か数十秒か。あるいは分単位か。

 しんぼうしきれなくなったラウディが口を開いた。


「ジュダ、応援を呼ぶ?」


 何だかんだここはランカム城。王子を守る兵たちがいて、その兵力差は隔絶している。侵入者と叫べば、部屋の外にいる兵たちが駆けつけてくるだろう。


「いや、それは頼りにしない方がいいかもしれない……」


 ジュダは先ほどから、廊下から人の気配がなくなっていることが気になっていた。助けを呼んでも、誰も来ない。城に侵入者がいたからと言って、王子の滞在する部屋の前の兵がいなくなることなどあり得ない。

 すでにヘクサの仲間が回り込んでいて、廊下の兵を始末してしまったか――


 ――あるいは、ミヒャール子爵が、どさくさに紛れて警備を下げてしまった可能性。


 その場合、王子警護の任を解いた子爵は、王子暗殺を企む者と何らかの繋がりがある、あるいは協力者かもしれなくなる。

 王族に絶対の忠誠をし、王家の別荘警備を任されるほどの男が裏切るとは思いたくはないが、彼の部下に刺客がいたことからも、否定する材料はなかった。


 もし子爵も敵なら、救援を呼んだら最後、駆けつけた兵たちによってラウディが後ろから刺されるなんてこともあり得た。

 すぐそばにいる者以外、誰も信用できない。ジュダとラウディは、まさしく孤立無援の状態にあった。


 ――普通に考えれば、時間が味方になるはずだが。


 城のまともな兵は、侵入した亜人と戦っている。敵が少数であるなら、常識的に考えて数の暴力で制圧できる。ヘクサとしては、仲間が兵を引きつけている間にラウディの暗殺を済ませたいと考えているだろう。

 だから持久戦になれば、むしろジュダの方が有利になる。……子爵が裏切らなければ。



  ・  ・  ・



 ――何をやってるんです、姐さん……!


 蜥蜴亜人のアルローは、壁に張り付いて下――バルコニーにいるヘクサを見下ろしている。

 室内にいる警備をバルコニーに誘き出して、不意打ちの一撃。敵の人数が多ければ、外に出した隙をついて室内にアルローが侵入して、王子を殺害する――そういう計画だった。

 だがヘクサは、バルコニーに立ったまま動かない。侵入者に、警備の奴らは気づいていないのか。


 ――あまり時間がありませんぜ、姉さん。


 ホーロウたち陽動組だって、無限に時間を稼げるわけではない。城の兵士を引きつけている今が、暗殺のチャンス!

 なのに、いつまでここで壁に張り付いていなければならないのか。


 ――まさか、びびってるんじゃないでしょうね……?


 王子の側にいる警備――ジュダ・シェードとか言ったか。それがかなり手強く、ヘクサは一度暗殺に失敗していると小耳に挟んだことがある。


 ――蛇に睨まれた蛙じゃあるまいし……。どうするんだ、これ。



  ・  ・  ・



 ――どうすればいいの、これ。


 ヘクサ・ヴァイセは、平静を装っていたが、ジュダ・シェードと対峙した時、体の底から震えが込み上げてきた。

 一度、直接剣を交えた。その時は凌いだが、後になって、とても恐ろしく感じた。彼は手強い。思い起こせば起こすほど、それを実感する。


 正直、勝てる気はしない。だが何とかなると思い込んでいた。いや、そう信じたかった。

 だが現実に、ヘクサは動けなくなった。


 改めてジュダ・シェードと向き合ったら、声も出ない。体の震えを押さえるのが精一杯で、その体も動かない。

 本人も気づいていないうちに、心の奥底にジュダ・シェードという存在の恐怖を刷り込まれてしまっていた。

 この世にいるとされるドラゴンという存在と出会ったら、こうなるのだろうか。


 ――魔王という存在が実在したら、こうなのかしら……?


 こんなことではいけない。自分はヴァーレンラントの王子を殺さねばならないのに、その護衛の騎士に睨まれただけで、体が固まってしまっている。

 呼吸を抑えることができない。冷静でならなければならないという暗殺者としての鉄則を、理解していても崩れていく。


 これまで培ってきた経験、努力が全て水泡に帰すかのように失われていく感覚。心臓が痛いほど加速する。この鼓動は緊張のなせる業か。


 ――私が小僧ごときに緊張している……!?


 冷静さが、保てない。


「お、お前は、いったい何なんだっ……!」


 ようやく出た言葉がそれだった。

次話は来月5日頃、更新予定です。

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