第144話、冷たい食事と温かな手
冷めた料理というのは味気ないものだ。
ジュダは、ラウディを見て思う。
ランカム城の王族専用の部屋にこもっている。亜人の襲撃グループは、城の兵たちが捜索、討伐にかかっているが、この城の兵の中に王子暗殺を実行した者たちがいた。
もう城内に敵はいないと思いたいが、背後関係がはっきりしていない以上、まだ敵がいるかもしれないと疑うのは当然のことであった。
心身ともに疲弊してしまっているラウディ。別荘の生き残りも皆重傷ということで面会もできず……というより誰が死んで誰が生きているのか知るのも怖くて動けなかった。
常にラウディのそばにいたメイアが、もし命を落としていたら、と考えただけで、彼女はベッドに突っ伏し、身を丸めてしまうのだ。
ジュダが代わりに見に行くというのも考えないでもなかった。だが、今ラウディのそばにいるのがジュダだけであるから、その場を離れることはできない。……どこに敵がいるか、わからない今は特に。
部屋から出ない王子のために、ランカム城側で食事が用意された。スープや肉など見た目は豪勢なのだが、如何せん全て冷めてしまっていた。
毒などが入っていないか確認したりしていると、こういうことは日常茶飯事である。だが疲れている時こそ、温かい食は活力を与えるものなのだ。
――目の前で調理できればいいんだが。
焚き火でもして、スープを作れば、毒見した後、すぐに飲める。城では、温め直せと命じたら、厨房まで遠路移動し、往復せねばならない。その上で、見えないところに移動したからまたも毒見をして……以後ループである。
正直、ラウディは食欲がなさそうだった。冷めた料理は美味しさ半減。気分が下がっている時はさらに味覚ダウン。
「ラウディ」
「大丈夫だよ、ジュダ。こういう時だから、食べなきゃいけないってことは」
王都にどう戻るかはまだ確定してないが、その時は来るわけで、体力は残しておかないといけない。気分に任せて自暴自棄になれば、本当に動けなくなってしまう。
温い、冷めた料理を、のそのそと食べるラウディ。わかってはいても、ジュダとしては彼女が無理をしているようで気分のいいものではなかった。
「ちょっと行儀悪くやりませんか?」
「というと?」
「立って」
「食事中だよ?」
ラウディが怪訝な顔をするが、ジュダは構わず立つと促した。
「立って食べましょう」
「それはとても行儀が悪いよ。立食のパーティーじゃないんだし」
首を横に振るラウディだが、ジュダは切られたパンを一つかみし、立ちながらかじった。
「立食という文化もありますし、野営気分になれば、冷めた料理も普通に感じられませんか?」
「なるほど。野戦での味気ない携帯食を食べていると思えば、こんなものかと思えるわけだ」
ラウディも席を立った。ジュダは料理を持ちながら窓まで歩くと、外の景色を眺める。
「海が見える」
ラウディも皿を手に、行儀悪く手掴みしながら窓に寄った。
「景色を見ながら、食べるのも新鮮だね」
普段なら絶対できないことをしている。そう思ったからか、ラウディの表情が少し晴れた。
「こんなの見たら、父上は怒るかな?」
「行儀が悪いって? ええ、言うでしょうね」
ジュダは顔を曇らせる。ヴァーレンラント王のことは思い出すと、母が処刑された光景がちらついていけない。
「まあ、あなたに悪いことを教えているのは、気分がいいかもしれない」
あの親父が、ラウディが悪い子になってしまったと知ったら、どういう顔をするだろう。怒るだろうなぁと思えば、ジュダの溜飲が下がった。
・ ・ ・
待機が続くというのもしんどいものだが、ラウディの精神は少しずつ落ち着いてきているようだった。
ランカム城の方では、今のところ食事以外に接触はない。部屋を出たのは湯浴みの時くらいで、ラウディの性別の問題があったからメイドなどは一切入れず、また入れないようにジュダが入り口で門番をした。
そして夜。ミヒャール子爵から特に説明や報告などないまま就寝の時間となった。
「ジュダ、ここにいて」
ラウディはポンポンとベッドを叩いた。湯浴みの間に、シーツなど変えられていたが、それはこの際どうでもいい話である。
「一人になるのは怖い」
「わかりました」
隣の控え室で休めるジュダだが、そこに引っ込むと彼女が視界から消えることになる。警戒する人間からすれば、よろしくないことだ。
ベッドの傍らに椅子を持っていき、ジュダが座ると、ラウディは頬を膨らませた。
「ジュダ、もっとこっち」
「見習い騎士が、王子様のベッドに乗り上げることになってしまいますが?」
「何なら横になってもいい」
ラウディは毛布を被る。この展開、覚えがあるジュダである。
「添い寝希望ですか?」
「私たち、一応……その――いや、それはいい」
顔を真っ赤にするラウディである。それが何かはわからない。お互い思いあっているのはそうなのだろうが、ジュダは、彼女がいわゆる男女の関係を想像したのではないかと考えた。
――それで現実を忘れることができるなら、一つの手……とか言ったら王に殺されるな。
王子と同衾したなどと。あの王は、ジュダが宿敵であるスロガーヴであることを知っている。愛娘がそんな悪魔に抱かれるなど憤死ものではないか。
――そんな予言がどうのってあったな、そういえば。
ラウディが男装して王子をやっている理由が、魔王がどうのというもの。
「ただ、手だけ繋いでてくれないかな?」
ラウディが上目遣いにおねだりしてきた。何かに触れていなければ不安なのだろう。そばに人の気配、人の熱というものを感じていたいのだろう。
「手だけですよ」
ジュダはベッドに座り、左手を差し出す。ラウディはその手を愛おしそうに触れた。
「手袋は外さないの?」
「汗っかきなもので」
スロガーヴがレギメンスに触れたら火傷で済まない。そんなことで正体バレは冗談ではなかった。
「いざという時、剣がすっぽ抜けても困ります」
護衛でいるというのは忘れてほしくない――という建前。
「というか、ラウディ、俺の手、玩具じゃないんですから、そんな色々触れまくらなくても……」
彼女は握り方を変えたり、両手で触れたりと、ジュダの手を一心不乱に堪能した。深く考えず、ただ本能のままに。指で、掌で、ジュダという存在を感じるように。
――肉欲に溺れて抱き合うというのも、こんな感じなんだろうか……?
ジュダは思ったが、それは口にはできなかった。
静かな夜。しかしそれは長くは続かなかった。
闇に響く騒音。王子に仇なす亜人の殺し屋たちが動き出したのだ。
次話は20日頃、更新予定です。