第137話、防護室へ退避
屋敷の中に退避したラウディとジュダ。王子暗殺を図る敵は複数いて、果たして安全な場所があるのか。
黄金騎士のミーラは言った。
「ひとまず、防護室へ!」
王族が万が一の状況の際に立て篭もる特別な部屋へと、彼女は誘導した。ラウディは心持ち眉をひそめる。
「大丈夫かな……」
「防護室は、物理的攻撃、魔法双方に対する防御があります。ここならば――」
「いや、そうじゃなくて。……入るとそこで封鎖はできるけど、その間、外の方は大丈夫?」
ラウディは自身の身よりも、近衛や従者たちのことを心配した。襲撃してきた亜人の戦士は、厳重な防衛網を突破してきた猛者だ。果たして鎮圧できるのか。
「王室警備の黄金騎士をご信用ください!」
ミーラは胸を張る。自信が漲り、彼女としては大真面目なのだが、普段が普段だけに、ジュダもラウディも首をかしげてしまうのだ。
「ご、ご信用くださいよ! 大丈夫ですって!」
ドーンと、遠くで大きな破砕音が響いた。ジュダは何とも言えない顔になる。
「大丈夫ですって?」
「だ、大丈夫だよ、ジュダ君! ……大丈夫じゃないかなー」
派手な轟音が聞こえてくれば、現在進行形で大変なのはお察しである。ラウディは顔を向けた。
「ジュダ、退避するより、賊を討ちにいくほうがよくないかな?」
え、とミーラが目を丸くした。ジュダは、ラウディを見つめ返す。
「その格好で、ですか?」
普段着用とはいえスカート丈の長いドレス姿の彼女である。まさか自身も防衛に加わるとか、黄金騎士たち真っ青なことをするつもりはないだろうな、とジュダは思った。
「狙われているのは王子ですが、今のあなたはどこかのお姫様。襲撃者たちから狙われる可能性もあります」
つまり、大人しく防護室で守られているほうが安全だ。
「敵は複数ですが、数も定かではありません。下手に動き回るのは危険かと」
「ジュダ君の言うとおりです、姫!」
ミーラが背筋を伸ばした。どこで敵が聞いているかわからないから、敢えて『姫』と強調したように思えた。
「ここは、我々にお任せください!」
「……」
ラウディは無言である。どこか信じていいのか確信が持てないような目だった。ここしばらくの彼女を取り巻く事件を思い起こせば、黄金騎士や警備に絶対の信頼を寄せることに不安の感情を抱かせるに充分だった。
「防護室へ行きましょう、姫」
ジュダは促した。警備が不安というのであれば、なおのこと防護室に入るべきだ。
ここには当面、籠城できるだけの設備と蓄えがある。非常用の安全場所としての機能が確保されているのだ。
屋敷にきた時にジュダがラハ隊長から聞いた話では、万が一、警備が全滅するようなことがあっても、防護室で籠城するならば、ランカム城から大部隊が駆けつけることになっている。
たとえ敵に屋敷が包囲されて外部と連絡がとれなくても、定時報告がない時点でランカム城の兵が動くようになっているのだ。
では、先にランカム城が陥落しているような事態だったなら? その時は、防護室に秘密の抜け道があって、要人を海から脱出させるようになっていた。間違っても、防護室にこもるのが袋のねずみという事態にはならない。
「わかった」
ラウディは渋々了承した。
「ミーラ、後は頼んだよ」
「お任せください! ジュダ君、姫をよろしく!」
「はい」
当然のように防護室組なのか、とジュダは思ったが、顔には出さなかった。ミーラが残って、自分が賊退治に回るつもりでもあったが――
ジュダは、先達の顔を立てることにした。
「お気をつけて」
「君もね!」
ミーラの見送りを受けて、ラウディ、そしてジュダは防護室に入った。外から分厚い扉を閉鎖。仕掛けを発動させた上で一度閉めれば、中から解錠しない限り、外から開けることも破壊することもできなくなる。
――絶対破壊されないとは、俺も思わないが。
どんなものでも絶対はないと、ジュダは考えている。
防護室の中は、王族の私室という雰囲気で広く、小さめだが遊技場があって十数人規模で、籠城が可能であった。
王家の別荘ともあって、利用するのは王族の数人程度が基本だろうが、特別なパーティーで人を呼んだ際にも、そういったゲストも入れるように備えていたのだろう。
「……」
ラウディがまた難しい顔をしている。外の襲撃のことで、自分のせいだとか、あるいは何かするべきだったのではないかと、グルグルと思考を巡らせているに違いない。
「二人っきりですね」
ジュダは淡々と言った。ラウディが首をかしげる。
「う、ん……そうだね。二人っきりだ」
「中から開けなければ、誰も入ってこられないらしいですね」
「そ、そうだね、そのはず」
「じゃあ――」
ジュダは、すっとラウディに近づいた。彼女の緊張度合いがレギメンスオーラとなって、ジュダの肌をヒリヒリさせた。
「俺とあなたがここで愛し合っても、誰にも邪魔されないわけですね?」
「え、あっ、ジュ、ジュダ!?」
ラウディがビックリして一歩下がったので、さらに距離を詰めれば彼女はさらに下がって、ソファーに足をひっかけて転びかける。
「危ない!」
ジュダは、とっさに彼女の背中に手を回して支える。ギリギリで転倒を阻止した。
「すみません、冗談が過ぎました。お許しを」
「え、あぁ……、冗談、ね……」
怖がっているように見えたが、実はそんなこともなく、少しラウディは惜しそうな顔をした。言動が一致しないというものかもしれない。嫌がる素振りだけで、本当はもっとしてほしかったというやつ。
「このまま押し倒してほしかったって顔してません?」
「し、してなんか……ないと……思うけど」
ラウディの目が泳いだ。
「でも、今は非常時だし。でも、ジュダなら……ジュダなら――」
顔を真っ赤にしながらラウディは言うのである。ジュダはそこで渾身の真顔になる。
「何を言ってるんです?」
「っ! 馬鹿、知らない! 何を言わせるんだ!」
そのまま自分の足で立つラウディ。ジュダが彼女の背中から手を放すと、名残惜しそうな声が漏れたが、すぐに腕を組んでそっぽを向いた。
少しからかいが過ぎた、とジュダは少々反省する。中から外のことはわからないが、非常時なのは変わりなく、どうしたものかと考えるのだった。
次話は来月5日の更新予定。




