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乙女な王子と魔獣騎士【WEB版】  作者: 柊遊馬


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第124話、不審な影?


 王族の別荘での生活は、非常にゆったりしたものだった。

 ジュダにとって、最初こそここではない違和感をいだいていたが、不思議と慣れるもので、こういう生活も悪くないと思える。


 ここには世間を賑わす亜人との問題もなければ、ラウディの性別云々で悩まされることもない。

 悪いことから遠ざかることが、精神の安定に繋がる。……それはジュダにとって、不思議な気分でもあった。


 ラウディは、すっかり女の子らしく振る舞うのが自然となっていて、これは休暇あけが大変なのではないかと、ジュダは思う。男装王女様は、その辺りは理解していると思いたいが――いや、今は考えさせない方向がいいのかとも思い直す。

 そのための休暇だ。


 しかし、ジュダ個人としては、穏やか過ぎるのも考えものだった。もちろん、ラウディは心の休暇を満喫すべきだ。だがジュダにとっては、多少の緊張感が必要だった。


「ジュダ、ちょっといいか?」


 黄金騎士であるラハ隊長が、こっそり声をかけてきた。ラウディがそばにいないタイミング、やや深刻さを感じさせる顔立ちは、何かあったと見るべきだろう。


「妹がいたか……」


 ラハが、トニがいることに気づき、一瞬躊躇った。あまり大きな声ではいえない内容のようだった。部外者がいては話せないのだろう。


「トニ、ちょっと席を外す」


 ジュダが言えば、トニはパンをもしゃもしゃ頬張ったまま頷いた。人型だと可愛い少女なのだから、絵になる。

 それはそれとして――


「何です、隊長」

「いや、ちょっと小耳に入れておこうと思ってな」


 そう言うとラハは、視線を走らせた。他に誰も聞いていないか確認するかのようだった。おそらく聞かれたくないのはラウディか。


「まだ証拠はないのだがな、この別荘の周りに妙な気配がある」

「気配ですか……」


 何とも遠回しな言い方だと、ジュダは感じた。

 ここは王族の別荘で、外部からの侵入が困難な場所。近くに住んでいる者はもちろん、旅人が迷い込んで入ってこられる場所ではない。

 気配というのは、十中八九、侵入者だろう。


「その気配というのは……具体的には何なのですか?」


 ここに来て日が浅いゆえの無知を披露するジュダ。しかしラハも首をひねる。


「それが要領を得ないんだ」


 確実な情報を得て動く王族の近衛にしては、何とも微妙な言い回しだった。


「警備の騎士が、不審な物音を聞いた――ような気がする」

「気がする……?」

「森の見回りが、奇妙な踏ん張りの痕跡のようなものを見つけた」

「奇妙な踏ん張り」


 ジュダはラハを真似て首をかしげる。


「……近衛への入団テストか何かですか?」

「キツイ冗談だ」


 ラハは微笑した。


「しかし私たちはラウディ様をお守りする近衛、黄金騎士だ。不審とあらばそれに対して警戒せねばならない」


 些細な兆候も見逃さず、常に警護対象の安全を確保する――それが彼女たち黄金騎士の役割なのである。


「昼間、ラウディ様に一番近くにいるのは君だ。だからまあ、用心しておいてくれ、という話だ」

「わかりました」


 ジュダは頷いた。ふと、遠くへ視線をやればトニがじっとジュダを見つめていた。距離はあるが、エクート人である彼女には、ばっちり会話が聞こえていたりする。

 そしてそのトニは、『またやったね』という顔をしていた。


 ――また、というほどやってはいないんだが。


 ジュダは表情一つ変えず、心の中で呟いた。そして昨晩のことを思い出す。



  ・  ・  ・



 本当にこの王族の別荘は、陸の孤島なのか。岬の入り口には城と城壁があって、一般人が迷い込めない場所という説明はあったが、それが本当なのか、ジュダは前々から疑問に想っていた。

 基本的に他人の言うことを鵜呑みにしないようにしているジュダである。


 だから、近衛の警備状況の確認を兼ねて、深夜にこっそり別荘を抜け出すことにした。

 三階の部屋の窓から、庭を見える範囲で確認。見えるところに警備が二人。いずれも外を警戒しているためか、建物側は見ていない。

 ただし狭い範囲だが、時々往復するので位置によっては、別荘も視界に入る。


 今日は月の隠れて真っ暗であり、普通の人間ならばおそらくほとんど見えない。しかし、王族警備の近衛である。暗闇でも見える魔法などは使っているだろう。

 その証拠に、巡回移動する騎士たちの足取りに迷いはない。きちんと見えているのだ。――ただし、その見える範囲がどこまでかは保証できないが。

 案外遠いと見えない可能性もなくはない。


 すでに開けられた窓――ここの窓は開閉音が割と響く仕様だ。侵入者が忍び込もうと窓を開けると意外に音が大きくて、警備に聞こえるかもしれないとビビらせる造りである。警備する側に音が聞こえれば、異変に気づきやすい。


 予め開けた窓から、ジュダは飛び降りた。三階である。音を立てないように注意はするが、着地と同時に、見張りの死角へ素早く移動。

 これを怠ると、着地の音を聞いた黄金騎士が振り返って視界に入ってしまう。


「……」


 ジュダから、黄金騎士は見えていないが神経を研ぎ澄ます。音に気づいただろう黄金騎士がこちらを注視しているのを感じる。僅かな息遣いの変化、方向――直接見なくても、その騎士がどの位置にいるのかわかる。


 亜人差別主義者のアジトや屋敷に忍び込んでいた時のことを思い出す。意識が研ぎ澄まされる。

 これはスリルだ。平穏に浸かって休むのは尊いが、緊張感に身を置かねば、生きている実感が薄くなるのも事実だった。


 ――これは俺にとっても、いい運動になる。


 黄金騎士が、元の位置に戻るのを感じながら、ジュダはその場を離れた。屋敷の周りも興味深いが、深夜の森の様子も気になった。


 できれば、ランカム城とその城壁のそばまで行ってみたい――ジュダは夜の庭を音もなく抜け、塀を越えると、森へと飛び込むのだった。

次話は6月20日ごろ予定です。

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