悲しみと動機
1000文字エッセイシリーズ
悲しみと動機
人生は悲しみの連続だ。
そして、苦しみの連続でもある。
愛別離苦。
様々な出会いと別れ、そして、病気というものが人生にはつきものです。
僕も病の中、天井を眺めて過ごし、人生の意味と云うものを考える時間がありました。
天井を眺め。
人生を諦める。
全てを諦めて、ただただ苦しみに耐えている時間。
永遠に続きそうな、その時間を生きることはかなりの苦悩が伴うものである。
ああ、生まれてこなければ良かった。
そう思い、天井を眺める。
かび臭くなってしまったベッドの中。ひたすら天井を眺める。
良いことも悪いことも人生にはある。
そして、悪いことが全て吐き出されると、また人生は向上し始めるものです。
諦めの境地。
その境地は常に襲って、右往左往して、ただただ呆然自失になっている。
死を願い、それでも死と云うものを受け入れることはできない。
そういった時間はもしかしたら誰の人生にもあるものかもしれません。
その時間は密度が濃くて、また永遠に続きそうな気がするものです。
しかし、永遠ではなく、全てのものには終わりがあり、また始まっていくのかもしれません。
絶望を感じて、苦しみに耐えている。
苦しみに耐えて、天井を眺めている。
ああ、ここで終わるのか。
これが自分の人生なのか。
そう思い。
ただ、ここから抜け出すことはできない。
悲しみとは。
人生とは。
ただ、その動機を探しているのだ。
動機を探して、天井を眺めている。
そして、全ては統合されていくのである。
統合されて、自我を取り戻して、人生はリスタートされていく。
そういった経験を僕は何度もしました。
また、始まるのか。
始まるのだ。
そう、ふとした瞬間、そっと体が軽くなり、人生が展開していく。
諦めていたものが手に入っていく。
そういった瞬間があり、運というものの本質を知るのです。
僕は悲しみとともに生き、また喜びとともに生き。
良いことも悪いこともあり。
また、僕は生きるのです。




